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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第13章】鮮やかな記憶と置き去りの記憶
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13−40 その答えがあれば十分

 人生で初めて参加した、聖夜祭。人生で初めての、柔らかい記念日。

 聖夜祭ならではの翡翠ガラスのランプの穏やかな灯火は、光を漏らしている間はシルヴィアの心をスッポリと慰めた。しかし夢のような輝きが消えて、いつもの夜が戻ってくると……シルヴィアは1つの現実に打ちのめされた事を思い出しては、楽しい時間の余韻さえも味わえずに、ただぼんやりと白く輝く月を眺めている。


(あの日もこんな風に、綺麗な月が私を照らしてくれていたっけ……)


 今の部屋よりは格段に広いけれど、あからさまに簡素すぎたグランティアズ城の寝室。王女だというのに、それらしい扱いも受けられないまま、父王の命令に盲目に従って愛を渇望した日々。だけど……彼女が愛を得ることは、1度もなかった。

 その理由は分かり切っている。かつての自分の見た目が人間として認識されていなかったことと、妹という愛の矛先が存在していたから。

 しかし、誰よりも人生の安寧を保証されていたはずの妹は……フェイランの腕に人形の姿で抱かれて、シルヴィア以上の人ならざる物として最期を遂げたらしい。不気味な姿に変わり果てても尚、シルヴィアに高圧的に接していたものの。あの姿を見せつけられれば、ジルヴェッタが少なくとも人としての一生を終えたらしいことは、イヤでも理解できる。ジルヴェッタはシルヴィアが知っている姿ではもう、この世には存在しない。


(私はどうして、こんなにも悲しくないのかしら? やっぱり、ジルの事が嫌いだったから? それとも……)


 自分が人間ではないからだろうか。

 仲が良くないどころか、自分に注がれるはずの愛さえも横取りしていた妹を憎み、疎ましく思うのは……ある意味で、仕方がないのかも知れない。片や偽姫と罵られ、片や姫様と愛され。嫌悪にも似た不遇を強いられれば、誰だって優遇されている方を妬ましく思うだろう。それでも……ジルヴェッタは紛れもなく、シルヴィアの双子の妹なのだ。そんな血の繋がった、たった1人の妹の非業を見せつけられたというのに。どうしてこの瞳は涙1つ、流せないのだろう。


(やっぱり……私が精霊の血を引いているから?)


 無論、シルヴィアとて精霊が邪悪なものではないことくらいは、知っている。現に、見せつけられた事実に困惑していたシルヴィアの話を聞いて、きちんとその背を摩り、温めてくれたのは……他でもない、精霊落ちと呼ばれている院長先生だった。それに……。


「ん……? ん……」

「あぁ、そうよね。そろそろ眠らないといけないよね。心配させて、ごめんね」


 ルームメイトのメイヤが心配そうに赤い瞳をこちらに向けては、シルヴィアの寝巻きを引っ張る。きっと、言葉はないなりにも気を遣ってくれているのだろう。紛れもなく「人ならざる者」のメイヤの優しさに絆され、ようやく頬に微笑みを取り戻すシルヴィア。そうだ。ここで生活していくのには、自身の出自はもう関係ない。「孤児院の方に帰りたい」。その答えがあれば十分だと、あの時……確かにアーニャも言ってくれたではないか。


***

 自分と同類らしい特別ゲストとの歓談を思い出しながら、ホゥとややお疲れ気味のため息を漏らすプランシー。ここ最近は自分の記憶を探す余裕もないまま、ただ漠然と「院長先生」をしているが。真っ白な雪景色に何かを思い出しかけてからと言うもの……自分の中で記憶が空回りし始めているような気がして、プランシーは人知れず焦っていた。そんな中で、アーニャが最期の記憶を思い出したらしいと聞かされては……いよいよ、取り残された気分になってしまう。


「……プランシー様、少しいいですか?」

「おや、ネッドさん……いかがしましたか? こんな夜更けに、こちらに“戻って”いらっしゃるなんて」

「急ぎ伝えなければならない事がございまして、戻ってまいりました。実は……こちら側でも、襲撃者への対策を分厚くしようという事になりまして。……人員配備について、ご相談したいのです」


 普段であれば、夜間は向こうで「魔力の補給」をしているはずなのだが……どうやら、神界側も今日の襲撃に思うところがあったらしい。孤児院の「従業員」がお揃いで身につけている仕事熱心さを遺憾なく発揮して、舞い戻ってきたネッドが粛々と懸念事項を呟く。


「あぁ、なるほど。しばらくの間とは言え、彼女がいなくなってしまうと……このままでは、将軍様の追撃には耐えられませんものね」

「えぇ、その通りですわ」


 明日から、しばらくアーニャがいなくなる。しかも、追憶越えの試練にどのくらいの期間がかかるのかは、未知数。しかし、フェイランの実力の片鱗を垣間見た今となっては、貴重な戦力でもあるアーニャの不在は、極めて危険な状況だ。

 おそらく、その事もしっかりと念頭に置いていてくれたのだろう、ネッドは「人手不足」も報告ついでに相談してくれた様子。そして……天使長の許可は得られなかったものの、居合わせた大天使4人に代替要員の派遣を承認してもらえたと言う。


「重ね重ね、ご配慮をいただきまして……。本当に天使様達には、何とお礼を申し上げていいのやら……」

「いいえ、いいのです。私も実際にフェイランに対峙しましたが、正直なところ、彼女は想定以上の相手でした。今回は大した被害もなく、事なきを得ましたが。……本来であれば、死亡者を出している事態となっていたでしょう。緊急事態に備えるのは、当然ですわ」


 本来であれば、出ているはずの死亡者……それはきっと、ジャーノンの事を言っているのだろう。その彼もまた、天使様方の「奇跡」で救われていたものの。間違いなく、本当は失われてしまうはずの命だったに違いない。


「それで……明日から私達の他にもう1人、こちらに派遣させていただく事になりました。勝手に決めてしまって、申し訳ありませんが……彼女の方も心得ているようですので、是非によしなに願います」

「えぇ、えぇ。もちろんですとも。本当に何から何まで、ありがとうございます」


 天使達の提案を断る理由は何1つ、ない。寧ろ、こちらからお願いしなければならない内容だ。それなのに……その増員に別の意図を勘繰っては、胸が苦しい錯覚に溺れるプランシー。彼女達もまた、自分を疑っているのだろう。自身でさえ確信を持てない記憶が掘り起こされるのを、今か今かと待っているのは……何も、本人だけではない。

 漠然としていて、それでいて、確固たる違和感。確かに自分の中に眠る「記憶の不一致」に、いよいよ焦り始めても、尚。その時のプランシーには……ただただ、ネッドに朗らかな笑顔を向けるのが、精一杯だった。

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