13−38 脆い作りをしているクセに
泣き顔のメイヤとシルヴィアを慰めるついでに、色々と事情を理解したのだろう。その上、孤児院に帰還した私は明らかに惨劇後の血塗れ姿である。そんな状況に、必要以上に勘も鋭いプランシーが、何も理解しないはずもなく。そうして、折角ですから……と、院長先生が気を回してくれた結果。あれよあれよという間に、孤児院ではドン・ホーテンと彼の使用人までを含めたメンバーで、聖夜祭のひとときを過ごす事になっていた。
私が悪魔であることも、ネッドやザフィが天使であることも……そして、シルヴィアの「生まれ」についても。その他諸々を一切合切、一旦はなかった事にして。落ち着かないなりに、賑やかな一時を過ごした後。ご馳走もシュトーレンもしっかりと堪能した子供達を寝室に引き揚げさせて……私は自室へジャーノンを連れ出していた。
「アーニャ。……その」
「いいの……それ以上はもう、何も言わないで」
そんなひっそりとした孤児院の一室で、ようやくジャーノンとゆっくり話す時間を持てたものの。……何をどこから話せばいいのか、分からない。
「……君は私が怖くないのか? 私は……」
「別に? あなたがフェイランの息子だったとしても、怪物でもなんでもないじゃない。現に……さっきまで、死にかけていたのだし。そんな脆い作りをしているクセに、何が“怖くないのか”……なのかしら?」
それもそうか……と、いつもの穏やかな表情で嬉しそうに笑うジャーノン。しかし、平穏に笑って見せても……彼が自分の境遇に落としどころを見つけられていないのは、目にも明らかだ。きっと、気を紛らわせる意味もあるのだろう、ジャーノンが自分の出自をポツリポツリと語り出す。
彼は南方の帝国・クージェで軍人一家に生まれたそうだが、父親は「無敵兵」の実験の餌食になり……生死は不明という事だった。しかも、母親は母親でアッサリと幼い兄妹を置き去りにするほどに冷酷で。そして、そんな冷血な母親に置き去りにされた彼らを拾ったのが、あの目つきだけは冷たいドン・ホーテンだったそうだ。
「私はドンに拾われてからは、幸せだったのかも知れないな。まぁ、それなりに危ない事もさせられたけど。だけど……あのままクージェにいたら、間違いなく親父と同じ目に遭っていただろう。何せ、あの女は、未だに完璧な無敵兵を作る事に執着しているみたいだったから。私が息子だろうと、なかろうと。……そんな事は関係ないんだろう」
そこまで寂しそうに呟いて……さもやるせないと、息を吐くジャーノン。
彼の母親は冷たさをあたかも証明するかのように、中身もドス黒い、醜い化け物でしかない。しかし、そんな化け物でしかないはずの彼女は自身を「失敗作、不合格」と自虐し、マモンを「きちんと作られた悪魔」と評しては……哀愁漂う声を絞り出していた。彼女の悲嘆を聞くに、自分さえも不完全な存在だと思いつめていたのだろう。それに……。
(マモンは何気なく齧歯類、なんて言ってたけど。魔界にネズミ系統の悪魔なんて、いた事ないじゃない)
悪魔は闇堕ちした欲望に応じて、親の悪魔と同じカテゴリーの動物の姿を借りるのが通例。現に私はアンテロープの角と尻尾を持つ悪魔だったりするが、それは親の真祖がベゾアール……牛科の動物だからという、アスモデウスの本性を踏襲しているからに過ぎない。なのに、あのフェイランは理性を吹き飛ばすという「悪魔の強み」を発揮していたのにも関わらず、その特徴はどの欲望の姿にも該当しなかった。
(まぁ、その辺りは……それこそ、ネデルとリッテル達に任せておきましょうか)
フェイランは天使様側の「捕獲対象リスト」入りしている要注意人物でもあったらしい。今回はマモンが事もなげに追い払ってしまったものだから、お縄にはできなかったものの。彼女達にとっては、相当の曲者だったようだ。一方、フェイランはフェイランで、シルヴィアを狙っている可能性は高そうだし……彼女の再襲来は十分にあり得る。しかし、今の孤児院メンバーだけではあれを捕縛するどころか、追い払うのも難しいだろう。
そんな事に思い至ると、遅れてやってきた悔しさが喉元までこみ上げてきては……いよいよ、自分の情けなさに腹が立つ。その悔し紛れついでにとうとう、私は自身の悪魔だという存在意義を見失いかけているらしい。自分のため以上に、自分の居場所のために……アッサリと死ぬかも知れない決断をしてしまうのだから。
「……ジャーノン。少し、お願いがあるの」
「なんだい、アーニャ。私にできる事なら、なんだって聞いてあげるよ」
「そう? フフフ、悪魔のお願いをすんなり聞いてくれるなんて……本当にバカな人なんだから」
彼の方こそ、悪魔の私を怖がってもいいだろうに。それなのに、すんなりと嫌悪するべき相手のお願いに耳を傾けては、2つ返事で面倒事を引き受けてくれるジャーノン。それは私自身が覚悟した事、私自身のためでしかない懇願。そして……この人間界で見つけた、何よりも縋るべき実情。大切な思い出を失くさないためにも……何がなんでも、強くなってここに帰ってこなければ。
「そう。君は……少しの間、いなくなってしまうんだね」
「えぇ……多分、それなりに時間がかかると思うわ。だけど、今のままではいけないの。そもそも私はハナから、そのために人間界に出てきたのよ。天敵だったはずの天使に縋って、彼女達に飼い慣らされてでも……最悪な日常を変えたくてね。そして……その日常を覆す時が、ついに来た。だから……少しの間、さようなら。だけれども……その間も、私の帰るべき場所でいてくれるかしら?」
「あぁ、もちろんだよ。君の帰りを……いつまでも待っているさ」
なんたって……私は人間ですら、ないらしいから。いつまでも待っていられる気がする。
苦渋に満ちた境遇さえ、ようよう飲み込んで。冗談と真剣さが同居するような表情で、ジャーノンが私を見つめている。……ここ、孤児院なんだけどね。子供達の居場所に、大人の事情を持ち込んでもいいのかしら……なんて。らしくもない感傷、私には合わないか。
どんなに澄ました顔をしてみても。どんなに純情ぶってみても。……私は色欲の悪魔ですもの。それに……もしかしたら、彼との時間だって最後になってしまうかも知れないし。そんな事を考える間もなく、抱擁と口付けとを交わしては、去り際の思い出を作ってみる。……全く。取るに足らない人間だったはずの相手に、私……本当に何をやっているのかしら。




