表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第13章】鮮やかな記憶と置き去りの記憶
571/1100

13−38 脆い作りをしているクセに

 泣き顔のメイヤとシルヴィアを慰めるついでに、色々と事情を理解したのだろう。その上、孤児院に帰還した私は明らかに惨劇後の血塗れ姿である。そんな状況に、必要以上に勘も鋭いプランシーが、何も理解しないはずもなく。そうして、折角ですから……と、院長先生が気を回してくれた結果。あれよあれよという間に、孤児院ではドン・ホーテンと彼の使用人までを含めたメンバーで、聖夜祭のひとときを過ごす事になっていた。

 私が悪魔であることも、ネッドやザフィが天使であることも……そして、シルヴィアの「生まれ」についても。その他諸々を一切合切、一旦はなかった事にして。落ち着かないなりに、賑やかな一時を過ごした後。ご馳走もシュトーレンもしっかりと堪能した子供達を寝室に引き揚げさせて……私は自室へジャーノンを連れ出していた。


「アーニャ。……その」

「いいの……それ以上はもう、何も言わないで」


 そんなひっそりとした孤児院の一室で、ようやくジャーノンとゆっくり話す時間を持てたものの。……何をどこから話せばいいのか、分からない。


「……君は私が怖くないのか? 私は……」

「別に? あなたがフェイランの息子だったとしても、怪物でもなんでもないじゃない。現に……さっきまで、死にかけていたのだし。そんな脆い作りをしているクセに、何が“怖くないのか”……なのかしら?」


 それもそうか……と、いつもの穏やかな表情で嬉しそうに笑うジャーノン。しかし、平穏に笑って見せても……彼が自分の境遇に落としどころを見つけられていないのは、目にも明らかだ。きっと、気を紛らわせる意味もあるのだろう、ジャーノンが自分の出自をポツリポツリと語り出す。

 彼は南方の帝国・クージェで軍人一家に生まれたそうだが、父親は「無敵兵」の実験の餌食になり……生死は不明という事だった。しかも、母親は母親でアッサリと幼い兄妹を置き去りにするほどに冷酷で。そして、そんな冷血な母親に置き去りにされた彼らを拾ったのが、あの目つきだけは冷たいドン・ホーテンだったそうだ。


「私はドンに拾われてからは、幸せだったのかも知れないな。まぁ、それなりに危ない事もさせられたけど。だけど……あのままクージェにいたら、間違いなく親父と同じ目に遭っていただろう。何せ、あの女は、未だに完璧な無敵兵を作る事に執着しているみたいだったから。私が息子だろうと、なかろうと。……そんな事は関係ないんだろう」


 そこまで寂しそうに呟いて……さもやるせないと、息を吐くジャーノン。

 彼の母親は冷たさをあたかも証明するかのように、中身もドス黒い、醜い化け物でしかない。しかし、そんな化け物でしかないはずの彼女は自身を「失敗作、不合格」と自虐し、マモンを「きちんと作られた悪魔」と評しては……哀愁漂う声を絞り出していた。彼女の悲嘆を聞くに、自分さえも不完全な存在だと思いつめていたのだろう。それに……。


(マモンは何気なく齧歯類、なんて言ってたけど。魔界にネズミ系統の悪魔なんて、いた事ないじゃない)


 悪魔は闇堕ちした欲望に応じて、親の悪魔と同じカテゴリーの動物の姿を借りるのが通例。現に私はアンテロープの角と尻尾を持つ悪魔だったりするが、それは親の真祖がベゾアール……牛科の動物だからという、アスモデウスの本性を踏襲しているからに過ぎない。なのに、あのフェイランは理性を吹き飛ばすという「悪魔の強み」を発揮していたのにも関わらず、その特徴はどの欲望の姿にも該当しなかった。


(まぁ、その辺りは……それこそ、ネデルとリッテル達に任せておきましょうか)


 フェイランは天使様側の「捕獲対象リスト」入りしている要注意人物でもあったらしい。今回はマモンが事もなげに追い払ってしまったものだから、お縄にはできなかったものの。彼女達にとっては、相当の曲者だったようだ。一方、フェイランはフェイランで、シルヴィアを狙っている可能性は高そうだし……彼女の再襲来は十分にあり得る。しかし、今の孤児院メンバーだけではあれを捕縛するどころか、追い払うのも難しいだろう。

 そんな事に思い至ると、遅れてやってきた悔しさが喉元までこみ上げてきては……いよいよ、自分の情けなさに腹が立つ。その悔し紛れついでにとうとう、私は自身の悪魔だという存在意義を見失いかけているらしい。自分のため以上に、自分の居場所のために……アッサリと死ぬかも知れない決断をしてしまうのだから。


「……ジャーノン。少し、お願いがあるの」

「なんだい、アーニャ。私にできる事なら、なんだって聞いてあげるよ」

「そう? フフフ、悪魔のお願いをすんなり聞いてくれるなんて……本当にバカな人なんだから」


 彼の方こそ、悪魔の私を怖がってもいいだろうに。それなのに、すんなりと嫌悪するべき相手のお願いに耳を傾けては、2つ返事で面倒事を引き受けてくれるジャーノン。それは私自身が覚悟した事、私自身のためでしかない懇願。そして……この人間界で見つけた、何よりも縋るべき実情。大切な思い出を失くさないためにも……何がなんでも、強くなってここに帰ってこなければ。


「そう。君は……少しの間、いなくなってしまうんだね」

「えぇ……多分、それなりに時間がかかると思うわ。だけど、今のままではいけないの。そもそも私はハナから、そのために人間界に出てきたのよ。天敵だったはずの天使に縋って、彼女達に飼い慣らされてでも……最悪な日常を変えたくてね。そして……その日常を覆す時が、ついに来た。だから……少しの間、さようなら。だけれども……その間も、私の帰るべき場所でいてくれるかしら?」

「あぁ、もちろんだよ。君の帰りを……いつまでも待っているさ」


 なんたって……私は人間ですら、ないらしいから。いつまでも待っていられる気がする。

 苦渋に満ちた境遇さえ、ようよう飲み込んで。冗談と真剣さが同居するような表情で、ジャーノンが私を見つめている。……ここ、孤児院なんだけどね。子供達の居場所に、大人の事情を持ち込んでもいいのかしら……なんて。らしくもない感傷、私には合わないか。

 どんなに澄ました顔をしてみても。どんなに純情ぶってみても。……私は色欲の悪魔ですもの。それに……もしかしたら、彼との時間だって最後になってしまうかも知れないし。そんな事を考える間もなく、抱擁と口付けとを交わしては、去り際の思い出を作ってみる。……全く。取るに足らない人間だったはずの相手に、私……本当に何をやっているのかしら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ