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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第13章】鮮やかな記憶と置き去りの記憶
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13−37 根拠のない自信と被虐

 失われた存在の情報を持ち帰り、ルシフェル様も交えて相談しようと思っていたのだが。ラミュエル様によると、ルシフェル様はベルゼブブからの「調査結果」の収穫へと、一足違いで出かけていったという事だった。だとすれば、まずは大天使だけである程度の方針を固める方が先か。


「……いないものは、仕方ありませんね。でしたら、報告書は先ほど提出いたしましたが、大天使同士で補足の情報をすり合わせたいと考えています。皆様のご都合はいかがでしょうか?」

「もちろん構わないわ。それに……丁度、ネデルからも重要な報告があったし……」

「ネデルからの重要な報告……?」

「えぇ。少し……いや、かなり大きな動きがカーヴェラであってね。ルシエルにも聞いて欲しいのよ」


 その報告も共有したいと、いつになく緊張した面持ちのラミュエル様に連れられて……いつもの円卓ではなく、エントランス先の大広間に辿り着く。場所のチョイスはおそらく、居合わせた全員の意見を聞きたいという姿勢の顕れだろう。どうやら、今回の情報共有は相当の含みがあるようだ。


「あっ、ルシエルも来たね。一応、報告は目を通したけど……うん、思った以上に厄介な事になってるね、コレ」

「えぇ。天使までもを抹消できるとなると、想像以上に、向こうの手の内は豊富なのだと判断せざるを得ません」


 ピリリと険しい空気を纏っている他2名の大天使様を他所に、いつも通りにやや軽めの反応を示すミシェル様。少し前に、自身でもそのノリは性分だと言っていたが……一種の清涼剤だと諦めた方がいいのかも知れない。


「さて……と。ルシフェル様がいないもんだから、ボクが進行役をしちゃうけど。まず、ルシエルの報告から見ても……向こう側の誰かさんは、ボク達の存在を抹消するレベルの紋章魔法を有していると考えて、間違いないと思う。だけど、紋章魔法はマモンの話からしても正真正銘、真祖の固有魔法らしいんだよね。だから……」

「自ずと、術者はその資格に準ずる悪魔という事になり……おそらく、十六夜丸の話にあった“出来損ないの真祖”のいずれかだろうと考えられます」

「だろうね。まぁ、相手はボク達が魔界の昔話を知っているなんて、思いもよらないんだろうけど」


 憂鬱のアケーディアに、虚飾のバビロン。始まりの魔界には確かに存在していたらしい、意義を見定められなかったなり損ないの真祖。そのなり損ないが、いよいよ真祖としての領分を持ち始めたのだとしたら。それは単に、強敵が現れた事以前に……真祖クラスの悪魔が向こう側にもいる事を示している。

 今でこそ、真祖の悪魔さえも身近な存在になりつつあるが。正直なところ、彼らとの交友は向こう側の「気まぐれ」によるものが大きい。今までもこれからも、悪魔達がその気になれば、人間界どころか神界さえも滅ぼすのも可能だったのだろう。それでも彼らが大人しくしてきたのには、かつての天使達が異様なまでに横暴で強力……という誤認識も含まれているのだと思う。

 人間界に出れば、即刻抹殺。その上、トロフィーハントと称して、享楽半分の見せしめで虐殺されれば。……いくら魔界の住人とて、天使達の悪趣味に恐怖心を抱くのは無理もない。そして、そんな繰り返しの歴史によって、天使も悪魔もただただ勘違いしていただけなのだ。悪魔は天使には絶対に勝てないという、根拠のない自信と被虐。天使と悪魔、双方の思惑が重なった結果が……今までの綱渡りの平和の正体だった。


(そして、何らかの理由でその綱が切れ始めた……)


 そのターニングポイントは一体、どのあたり……どの時代なのだろう?

 私はせいぜい600年程度しか世界の暦を知らないが、これまでの記録を洗う事は可能だ。後で人間界の史実も含めて、歴史を勉強し直すか……と、1人で考え込み始めると、思考があらぬ方向へ拡張して深みに嵌まりそうになるのだから、いけない。ここはとにかく、情報共有を優先させなければ。


「だが、マモン曰く……その魔法の行使は本来であれば、魔界限定だそうではないか。しかし、術者はそのルールさえもを無視して行使したのだとすると……我らを敵に回しても問題ないと、高を括っているのかもしれん」

「あるいは、私達がここまでの情報を持っているなんて、知らない可能性もあるわ。ほら……その紋章魔法だって、知る人ぞ知る魔法なのですし。向こう側もこちらの情報網を把握していなかったのかも」


 そうして私の思い煩いを洗い流すように、オーディエル様とラミュエル様のやりとりが否応なしに耳に入ってくる。私の見解はややオーディエル様寄りだが……ラミュエル様の指摘も一理あるだろう。ティデルがこちらにいた時点でマモンとの契約はあったはずだが、その後の親交具合がどこまで進んでいるのかは、あちら側も把握していないに違いない。

 しかし、私のささやかな安心材料を打ち砕くかのように、ラミュエル様が懸念事項を呟き始める。どうやら「今日の騒動」で、微妙な機微も向こう側に筒抜けになってしまったらしい。


「の、はずだったのですけど……実はネデルの報告から、こちらの状況もそれとなく伝わっている可能性も高くて。と、いう事でネデル。みんなにカーヴェラで遭遇した怪物について、話してくれる?」

「承知しました。詳細な報告書は後ほど、速やかに提出しますが……あらましをここで説明いたします。本日……人間界時間の午後4時頃、カーヴェラでフェイランと呼ばれるグランティアズの将軍に遭遇し、戦闘になりました。最初は居合わせたリリス・アーニャも応戦してくれましたが、討伐するに及ばず。駆けつけたリッテルと召喚された強欲の真祖の助力もあり、討伐に至らずとも、退けることには成功しました。結果、人間界とこちらの人員には大きな被害は出ていません。しかし……肝心のフェイランには逃げられてしまいまして。……誠に申し訳ございません」


 相手は想定外の実力者だったのだろうから、取り逃したのはネデルの落ち度でもない気がするが。それにしても……あぁ、なるほど。リッテルはその想定外の相手に、恐れ多くも強欲の真祖様をぶつけたのか。だとすれば……「先方」にもしっかりと真祖様がこちら側に与していることが伝わってしまったのだろう。


(これは仕方がないか……。特段、隠すことでもないし、寧ろ相手側には不利な情報なのだろうから……)


 綿々と続くネデルの解説によると、そんな難敵をマモンはいとも簡単にアッサリと追い払ったらしい。しかも、魔法を使わずに、右手1本で降したというのだから、驚きを通り越して呆れるしかない。まぁ……それはさて置いて。一旦は事なきを得たのだし、それはそれで良しとしてもいいと個人的には思うのだが。……責任感も強いネデルは殊の外、任務の未完遂に落ち込んでいるようだ。それでも、上級天使ともなれば精神もなかなかにタフらしい。自身の役目を見失う事なく、フェイランという名の正体不明の怪物について、解説し始める。


「アーニャの話によりますと、詠唱なしの魔法連発を可能にする無我状態……悪魔達はそれを“バーサーク状態”と言い習わしているそうですが……を発動している時点で、フェイランもそれなりの悪魔だろうということでした。しかし、彼女の本性は明らかに威容そのもの。漆黒の体躯に、8枚もの天使の翼が煌めいていたのです」


 バーサーク状態の発動自体にもしっかりと条件があるらしく、彼女がアーニャから聞いた話によると、その発動もまた、上級悪魔クラス限定の事象らしい。だが、一方で悪魔と思しき相手の背に煌くは、天使の翼。あまりのミスマッチは、嫌な予感以上に……ただただ、不気味だ。


「フェイランが何者なのかは結局、分からずじまいですが……それでも、アーニャから興味深い話を聞けました。なんでも、彼女達は祝詞を強制解放し、自我を忘れる事で行使可能な魔法をが詠唱なしに連発できるのだそうです。しかし、その発動には大きな代償が伴うとも聞きました」

「代償……?」

「彼女曰く、“バーサーク状態”は理性が熱暴走を起こしている状況とのことで……悪魔は理性を捨てて、魔力を本性に紐づく祝詞に全部載せ換えることで、限界突破を意図的に起こすことができるのだとか。しかし、限界突破は自身でも制御できない事もあり、制御できずに無理した分だけ、記憶が消費されるリスクが伴うそうです」


 悪魔の記憶と欲望は、存在意義に等しい。その要素でもある記憶を消費するというのは、悪魔にとって、苦渋の選択に他ならないだろう。おそらくアーニャが語った「熱暴走」は、諸刃の剣ともいうべき最終手段なのだ。と、なると……そんな最終手段を発動しなければならない程に、フェイランは追い詰められていたのだろうか?

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