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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第13章】鮮やかな記憶と置き去りの記憶
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13−36 呼ばれて飛び出て

「闇より出でし滅亡の吐息を聞け! その恨みを示さん事を! ダークシンフォニアッ!」


 幾度となく、攻撃魔法をぶつけてみても。

 数え切れない程に、灼熱の刃を浴びせても。

 目の前の漆黒の怪物は手負いになった瞬間から、圧倒的な自己治癒力で傷を塞いでは、有象無象の魔法を連発してくる。魔法の種類からして、相手のベースは風属性らしいのだが……。


「グリュルルル……ヴァロロロロッ‼︎」

「って、嘘ッ! これ、光魔法……⁉︎」

「アーニャ! 待ってて、すぐに回復魔法を……!」


 詠唱なしで連発され始めた魔法には、光属性も含まれているじゃないの。四大属性の相性は、良くも悪くもないといったところだが。悪魔だとばかり思っていた相手が光属性まで使いこなすなんて、完全に想定外。しかも……。


(クソッ……! 人間界の魔力は本当に薄いったら、ありゃしない。このままじゃ……)


 魔力が底をついて、押し切られてしまう。いつの間にか駆けつけてくれたネッドも、ある程度は応戦してくれているものの、既に相当レベルの魔法を展開しているらしく……援護を頼るにも、あまりに弱々しい。仕方ない、こうなったら……!


(タガを外すしかないか……!)


 悪魔は理性を捨てる事で意図的に限界を突破し、詠唱なしで魔法を連発するスキルを発揮できる。しかしながら、解放後の制御は自分でもできないもんだから、振り切れてしまった時は自我の保証もない。悪魔が理性を捨てる事は、礎になっている記憶を図らずとも手放す事を意味する。だが……それでも、今の私には……!


「キュキュキュキュッ!」

「……⁉︎」


 しかし、フェイランの方は逸る私に考える余裕すら、与えてくれるつもりはない様子。明らかな難敵の様子に……迷っている暇もないかと、ついに腹を括る。そうして苦悩も葛藤も吹き飛ばし、いよいよ自身の祝詞に集中し始めるが……意外という事を聞かないものだから、余計にイライラするではないか。

 あぁ、ほら! 私の中に居座るんだったら、ちょっとは力を見せてみなさいよ!


「ヴァロロロ! ギュアァッ!」

「その屈強なる大地の外皮を纏え、我が守護とせん……ガイアアーマー、ダブルキャスト!」


 しかし……私がいよいよ覚悟を決めて意気込んでいたのに、開放の瞬間さえも許さずに放たれるのは、容赦ない魔法の連打。そんな無茶苦茶な魔法を、今度は誰かの防御魔法が強か阻んだ。突如、現れた彼女は強烈の一手の後にも続く攻撃に対して、次から次へと鮮やかに防御魔法を展開し始める。


「アーニャさん、大丈夫ですか⁉︎」

「リッテル⁉︎ どうして、ここに⁉︎」

「どうして……って。自分の契約した精霊さんがピンチだったら、駆けつけるのは天使の本能です! そのご様子ですと……かなり消耗されているのでしょう? この先は私達に任せて、少し休んでいて下さいっ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ! あなただけじゃ、こいつは無理よ! それに、私達……ですって?」


 大丈夫です、私には奥の手がありますから……なんて、余裕を見せながら防御魔法を展開しつつ、明らかに規格外の相手の祝詞を開放し始めるリッテル。まさか……この場所であいつを呼び出す気か⁉︎


「望みに応えよ、その名を示せ! 強欲の真祖たる畏怖と、その身に宿りし虎豹の勇猛を解き放たん! 我が欲望をしかと受け取れ……グリードマスター・マモン!」


 ……本当に呼び出しちゃったし。強欲の真祖様をお仕事で……人間界に呼び出しちゃったし。しっかも、マモンはマモンで、何をそんなにヤル気満々なんだか。きっちり仮面込みの正装じゃない、それ。


「は〜い、呼ばれて飛び出て、マモン参上……っと。ったく、嫁さんとコーヒーブレイクしてたのに。なーに邪魔してくれてんだよ、この汚ったない齧歯類が!」


 呼ばれて飛び出てきたのは、いいんでしょうけど……お怒りのポイントが明らかに違うでしょうよ、それ。しかも、齧歯類って。ネズミよりも先に、そんな言葉が飛び出すあんたに驚きだわ。


(まぁ……マモンも意外と冷静みたいだし、この状況でも大暴れしないでくれるかしら……?)


 相変わらずの言葉にならない唸り声を上げながら、魔法の連発を止めないフェイラン相手に……あろう事かコーヒーカップ片手に、刀1本で攻撃の全てを切り裂き始めるマモン。いや……コーヒーは忘れなさいよ、コーヒーは。


「……ネッド、さっきはありがと」

「いいえ……認識阻害を張っているとはいえ、あまりお役に立てなくて、すみません……」

「そんな事ないわ。それにしても……」

「はい……。私達、何であんなに苦戦していたんでしょうね……?」


 目の前ではマモンが器用に刀を操って、見事なヒット&アウェイを展開し始めていた。青鞘から抜きざまの強烈な居合斬りに、居合の後から容赦無く放たれる風刃の波状攻撃。時折カップに口を付けて、余計すぎる気品を醸し出しつつも……コーヒーは諦めないものだから、詠唱する事と一緒に魔法行使の方を諦めたらしい。

 そんな必要以上に余裕綽々の真祖様に、フェイランは魔法を未だに連発しながらも、圧倒的な実力差に怯えてもいるのだろう。彼女の自慢の前歯がカチカチと打ち鳴らされては、カスタネットの様に乾いた音を響かせる。


「……その音、耳障りだな。つーか、ちゃんと手入れしてるか? その歯。この程度の攻撃でズタボロたぁ……磨きが足りんぞ、磨きが」

「フシュルルルル……お前、ナニモノ。どうして、ジャマする」

「へぇ〜……バーサーク状態になっても、自前で理性を取り戻してくるか。だとすると、お前さん……そんじょそこらのバケモンじゃなさそうだな?」


 ま、そんな事はどうでもいいか……なんて、間違いなくどうでも良くないだろう内容を易々と受け流し、マモンが口元を歪めながら、刀を鞘に戻して腰に意識を向け始めた。次の一手に集中するあまりに防御を捨てた真祖様に、ここぞとばかりにフェイランが攻撃魔法を怒涛の如く撃ち込むが……旦那様のフォローを、彼の背後からリッテルが防御魔法を展開し、完璧にこなして見せる。あぁ、なるほど。あいつのボディがお留守状態は、リッテルに背中を預けているからこその所業か。


「はーい! 俺がそのボロボロ前歯を……綺麗にトリミングして差し上げまーす!」


 普段のマモンであれば、この程度の間合いを測るのは一瞬だろうに。何をそんなに集中していたんだか……と思っていると、どうやら時間がかかっていたのは間合いを測るためではなかったらしい。相当量の魔力が練り込まれた金色の風圧が空間を切り裂き、煌めく一瞬。刀が抜かれた次の瞬間にはものの見事に、かなりの硬度がありそうな前歯が上下とも、ご丁寧にきっちり半分に分断されていた。……なるほど。嫌味ったらしく綺麗に半分にするために時間をかけたのか、あいつは……。


「……キュゥゥゥ! 歯が、ワタシの歯……!」

「あっ……屋根に落っこちてしまうわ! えっと……!」

「おっと、悪い! 人間界でお家を壊すのは、マナー違反だっけか。ったく……面倒クセェなぁ、もぅ……」


 民家の屋根を壊してしまう事を心配するリッテルを他所に、マモンが前歯の残骸を追加の風刃でアッサリと粉々に切り裂いて見せる。屋根に積もった雪に音を吸着されながら、静かに舞い落ちる銀色の破片は……どこか、幻想的な光景さえ映し出していた。


「……ドウシヨウ。ワタシ、やっぱり……失敗作。コノ姿でも、悪魔に勝てない」

「あぁ? なーに言ってんだよ。俺をその辺の悪魔と一緒にするなし。……こちとら、伊達に魔界で真祖張ってるワケじゃねぇんだよ」

「真祖……。真祖。そう、ちゃんと作られた悪魔は、何かが違ウ。仕方ない……今日は帰るワ。お散歩が長くなっちゃったシ、もう……姫様もいないし」


 ちゃんと作られた悪魔……?

 意味不明な事を呟きながら……フェイランが牙さえも毟り取られて、ヒクヒクと悲しそうに鼻を鳴らしている。彼女の声色は言葉も相まって、どことなく切なげだ。

 ジャーノンが倒された時は、あんなにも憎たらしかったというのに。仇を取ってやるとばかりに、あんなにも殺してやると……復讐心を滾らせたというのに。それなのに。最後はポータルの先へと掻き消えていったフェイランの呟きがどこか、胸の奥に閊えて……とにかく、苦しかった。

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