13−31 パラダイス図鑑
今日は大して用事もないし、久しぶりに集まってきた奴らに稽古を付けていると。予定外のお客様を連れて、リッテルが帰ってくる。えっと……今日はまた、大天使様が何のご用でしょうか?
「……突然にお邪魔して、申し訳ありません。少しばかり、確認したい事があったのですけれど……お時間、よろしいでしょうか?」
「別に構わないけど。その様子からするに、急用か?」
リッテルはともかく、神々しいにも程がある大天使様の降臨に、恐怖と驚嘆の声が弟子共から上がり始める。あぁ、そうだろうな。一応、1番偉いはずのクソ親父をコテンパンに延した大天使様のご訪問ともなれば……普通に悪魔はビビるよな。
「あ〜、お前ら。別にそんな大層がらなくても、大丈夫だから。余程の失礼をかまさなけりゃ、お仕置きされる事はないし」
仕方なしに弟子をとりなしてみるが……俺が気を回している側から、足元でクソガキ共が示し合わせたように怯え始めた。だーかーらー……それが逆効果なの、いい加減気付けよ……。
「……お前ら。頼むから、空気を読め。遥々来て下さったゲストのご機嫌を、台無しにしたいのか」
「だって……相手はルシエル様ですよ?」
「あのヨルムンガルド様にお仕置きして……」
「大暴れした、凶悪天使様ですよぅ!」
「ダァッ! と、とにかく! そういう事は黙っとけ!」
最後の最後にラズが禁句ワードを放つもんだから、口を塞ぎながら慌てて抱き上げるものの……トドメと言わんばかりに、ハンスがいつも通りに余計な事を言っちゃってくれたりする。やっぱり、1対4で小悪魔の相手はいくら俺でも無理です。どんなに頑張っても、ツッコミが追いつきません。
「ルシエルしゃまは、アスモデウスしゃまなんか、目じゃないくらいに凶悪でしゅ……!」
「……比較対象が完全に致命的だ、ハンス。選りに選って、アスモデウスと並べんな」
何だろうなー……このクダラナイ寸劇を演じさせられている感じ。神界からのゲスト1人に悪魔全員でおっかなびっくりなのも、ちょいと情けないけど……そもそも、何で俺がこんなにも気を使わないといけないんだ。
「凶悪……。リッテル、私はそんなに極悪そうな顔をしているのか?」
「いいえ! そんな事は絶対にありませんよ。ね、ねぇ! 皆さん⁉︎」
「は、はいぃ!」
「えぇ、ルシエル様は怖くないでゲス! 凶暴なだけで……って、アッ!」
「……」
怖くないけど、凶暴って……全然フォローになってねーし。ハイ、そこのグラントロールのルートン君。チミには後で、みっちりお説教も致しますから。覚悟しておくように。
「アッハハハハ。相変わらず、ルシエル様はブッチギリで怖がられているっすね! 流石、エルダーウコバク様のお嫁さんっす」
「ジェイド……お前、本当にいい度胸しているよな。ったく、その軽口はどうにかなんねーのかよ」
「これは性分っすよ、性分。色欲の悪魔は噂とゴシップが大好物ですから。噂通りの光景が拝めるのは、やっぱり楽しいっすね。でも、俺はそこまでルシエル様のこと、怖くはないっすよ?」
お前はあの光景を目の当たりにしていないから、そんな事が言えるんだろうよ。ルシエルちゃんを怒らせると、マジでヤバいから。下手すりゃ、命すら危ういかも知れないし。あの色ボケクソ親父でさえも、しばらく天使は懲り懲りだとか抜かして、引き籠るくらいだったんだぞ? それがどんなに重篤か……お前、分かってる?
「……ま、とにかくクソガキと弟子共の粗相は置いとくとして。サクッとご用件をお伺いしますよ、っと。今日はどんな用でこっちに来たんだ?」
「えぇ、その……おかしな話ではあるのですが。少し前にお出しした帳簿をお借りしたいのです」
「帳簿……?」
って、あぁ。天使ちゃん名鑑の事か。ハッキリ名簿だと明言してこないのを見るに……そんな物が俺の手元にあるなんて、噂になったら困るとでも思ったのだろう。俺自身は受け取った時にパラパラと捲っただけで、ほぼほぼ忘れかけていたけど。考えたら、神界の勢力丸分かりの超機密文書なんだよな……。そんな物を弟子(他の悪魔)もいる前で、大っぴらに広げるわけにもいかないか。特にクソ親父の耳にパラダイス図鑑の存在が届くことだけは、何がなんでも阻止しないと。
「だったら……はい、コレ。俺はもうちょいお稽古を続けるから、2人でコーヒーでも飲みながら確認すれば?」
俺なりにご事情を読み取って、さり気な〜く背表紙を上に向けつつ。ルシエルちゃんに名簿を手渡す。大天使様ともなれば、その辺りの機微もきっちり読み取れるんだろう。そそくさと少し分厚めの天使ちゃん名鑑を胸元で抱えると、恭しくお礼を言ってくれちゃったりする。
「いつもながらきめ細やかなご配慮、ありがとうございます。でしたらばご厚意に甘えまして、こちらを少しの間、お借りいたします。えっと、リッテル……」
「そうですね。私達はお家の中で、お話してきますから……みんなはちゃんと、パパの言う事を聞くのよ?」
一足先に家に戻るらしいママのお言葉とナデナデに、元気よく手を挙げてお返事するクソガキ共だけど。普段から俺の言うことはあまり聞かないくせに、ママの言いつけだけはよく聞きやがるから、ムカつく。
「ハイハイ、お前らもちゃんと魔法の練習くらいしろ。ママのお役に立つんだろ?」
「あ、そうでした!」
「うん。おいら、頑張るです」
「ママ、後で練習の成果を見て欲しいです!」
「えぇ、もちろん。みんながどれだけ魔法が上手になったか、とっても楽しみだわ」
最後にママから優しい励ましのお言葉もいただいて、ますますやる気になったらしい。今度はやや前のめり気味の姿勢で、クソガキ共がウンウンと一生懸命に首を振っている。でも、さ……俺が言っても、素直に前向きになった事もあんまりねーし。本当にどうなってるんだよ。
(まぁ……魔法の習熟に関しては、俺も気になる事があるし。これはこれで、良しとするか……)
ベースが下級悪魔では、できる事も高が知れているけれど。それでもちっとはマシにしてやろうと、ちびっ子達にも魔法の練習をさせているが……同じグレムリンでも、魔法の出来にかなりの差があるのにも今更、気付かされる。
何かと器用で賢いクランは物覚えもいいのか、魔法の発動もスムーズでソツがない。しかし、その反面……思い切りに欠けるため、少しでも躓いたりすると錬成も1からやり直しになるらしい。そんで、思い切りがあるのはいいが、魔法の出来栄えもいい加減なのがラズ。勢いでハマれば1番発動も早いし、効果も十分みたいだが。失敗もかなり目立つ。で、有り体に言えば大器晩成型なのがゴジ。物覚えは今ひとつだが、勉強熱心で復習も欠かさない。魔法の発動も習熟ペースも遅いが……錬成は丁寧な分、安定感がある。
そんな中、1人だけ明後日の方向に努力をしているらしい、モコモコの小悪魔。確かに、こいつだけは種類も別物だけど……。
「……ハンスはそれ、何の練習をしているんだ?」
「うふ〜ん。チャーミングアイの練習でしゅ」
「……そんな魔法、何に使うんだ?」
「もちろん、パパを誘惑するためでしゅ!」
「あぁ、そうなんだ……って! 何が悲しくて、お前なんぞの魔法に引っかからにゃならん! いい加減にしておけよ、このスットコドッコイがぁッ‼︎」
「あぁ〜ん! パパ、ギブギブ! ギブでしゅ〜!」
「グリグリ!」
「パパのお仕置き!」
「超グリグリ!」
いつも通りにハンスにお仕置きをする俺と、楽しそうに足元でピョコピョコと囃し始めるグレムリン共。片や俺達を遠巻きにしながら、苦笑いしている弟子共の視線が妙に生温かいのが……結構、切ない。
「あぁ、もう! こうなったら……我こそはって奴は、俺の相手をしろ! 得物くらいは合わせてやっから、八つ当たりに付き合え‼︎」
「おぉぉ!」
「マモン様に直接、お稽古つけて貰えるですか⁉︎」
理不尽にも程がある鬱憤晴らしを自覚しながら、悔し紛れに喚いてみれば。チャレンジ精神は旺盛らしい弟子共も意外とやる気と見えて、次々に手が挙がる。……ほほぉ? 大天使様に怯えていた割には皆さん、中々にいい度胸をしていらっしゃる。今はリッテルだけじゃなくて、ルシエルちゃんもいるし。きっと回復魔法も使ってもらえるだろうから……いつもより大暴れしても、問題ないよな?




