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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第13章】鮮やかな記憶と置き去りの記憶
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13−29 成長の瞬間

「随分とご機嫌じゃないの、院長。どうしたの? 何かいいことでもあったのかしら?」


 ハーヴェンのお使い達が帰った後の食堂。子供達にお昼のおやつを出してやりながら……寒さのせいだけではない赤みで頬を紅潮させているプランシーに、ご機嫌の理由を尋ねてみる。プランシーは悪魔のくせに、子供と接していると常々嬉しそうな顔をしているが、今のそれは最上級の笑顔だろう。私には関係ないと言えば、それまでなのだが。やはり……同じ空間で「働いている」以上、同僚のご機嫌も気にはなる。


「えぇ。エルノアちゃんから2つほど、いい知らせがありまして。それで、年甲斐もなく浮かれているのです」

「いい知らせ……? それ、さっき預かったシュトーレンじゃないわよね?」


 普段から食事は残り物で最低限しか摂らないプランシーが、ケーキを理由に気分を上向かせるとも思えない。私が訝しく考えていると、さして隠す内容でもないのだろう。プランシーが相変わらずの朗らかな様子で、種明かしをしてくれる。


「少し前にエルノアちゃんのお父様のお屋敷で、とある女の子にお会いしましてね。その子がお兄さんのことで悩んでいると言うので、差し出がましいことではありましたが……僅かばかりの助言をしたことがあったのです」

「エルノアの父親の屋敷で……女の子に助言?」


 と、なると……相手は竜族か?

 表向きは「精霊落ち」の扱いになってはいるが、エルノアが現役の竜族であることは、私もよく知っている。具体的に竜族がどんなもんかは知らないが。精霊の中でも最上位の種族であると、なんとなく聞いたことがあった気がする。だとすると……エルノアの父親ともなれば、それなりの精霊ということになるのか。


「その女の子……アウロラちゃんとおっしゃいまして。やや怠け癖のあるお兄さんの事で、とても悩んでいらっしゃいました。なのですけど……ホッホッホ。彼女は見事、お兄さんを励ます事で彼を立ち直らせたようですな。彼女から伝言を預かったと、エルノアちゃんがわざわざ、結果を教えてくださったのです。無論、これは彼女自身の努力の結果なのですが。こうして嬉しい知らせを頂ければ、老いぼれとて気分を舞い上がらせると言うものです」


 彼の説明を聞いて、竜族も完璧な存在ではない事を思い知る。彼らもまた、悩み、考え……時には助言を必要とする、何の変哲もない存在なのだ。最上位の聖霊とか言う割には、意外と人間臭いのね……なんて、身勝手な判断を降しながらも、もう1つのいい事の正体をプランシーに尋ねてみる。


「フゥン……それで? もう1つは?」

「後の1つは……ギノが脱皮をしており、大人になろうとしているのだそうです。彼らの脱皮は、成長の証と聞きます。昔から引っ込み思案で遠慮がちだったあの子が、しっかりと大人になろうとしているとなれば……これ以上に嬉しい知らせもありますまい。子供というのは本当に気付かぬ間に、成長しているものなのですな。そんな成長の瞬間を共有できるのは、本当に素晴らしい事です」


 最後はそんな言葉で締めくくりながら、おやつに夢中の子供達に温かい眼差しを向けるプランシー。そうして、何かを思い出したように懐から皮袋を取り出すと……銀貨を1枚、私に寄越してくる。


「って、急にどうしたのよ? こんな大金、何に使えばいいのかしら? お使いのご用向きが見えないのだけど?」

「今夜は聖夜祭……1年に1度のお祝いの日です。なので、夕食は特別なお料理を作っていただきたい。メニューはお任せしますよ。頼めますか?」

「あぁ、そういう事ね。いいわよ。腕を奮って、美味しいご馳走を作るから……任せておいて」


 ケーキはあるから、デザートは考えなくてもいいとして……やっぱり、メインは肉料理がいいのかしら。それで、スープはお野菜をたっぷり入れて……と。

 ハーヴェンみたいにレシピと睨めっこなんてしない分、私の料理は気分次第、材料次第。こうなれば……そうね。色々とリクエストを聞く意味でも、久しぶりにメイヤとシルヴィアを連れて買い出しにでも出かけようかしら。


***

 窓の外は既に日が昇っていて、真っ白に輝いて見える。その光に誘われるように、身を起こしてみようとするけど……まだちょっと辛いかも知れない。痛みは大分柔らかくなっても、ベッドから出るのが億劫だ。そんな必要以上に重たい体に、否定しなければいけないはずの怠け心を乗せながら、僕はぼんやりと窓から柔らかく差し込む光を見つめていた。光が窓の格子とお揃い模様の影を床に落としては、絨毯に違う模様を追加していく。そして……外を吹き荒ぶ風で時折、カタカタと窓の金属枠が音を立てる。だけど……幾度となく掻き消える軋む音さえもなぜか、どこか愛おしくて。今まで、些細な音なんて気にも留めなかったのに。


「お邪魔します。あぁ、ギノ君。調子はどうかな?」

「あっ、父さま。今日も来てくれたんですか?」


 きっと僕のことを本当に心配してくれているんだろう、昨日の今日で父さまがいつもの優しい笑顔でやってくる。父さまの後ろからハーヴェンさんもやってきて、お茶を用意してくれ始めた。折角のお茶をきちんと頂こうと、さっきは気怠くて動かさなかった体を一念発起と起こしてみる。勢い、頭がクラクラしたけれど……うん、体調はそこまで悪くないみたいだ。


「お陰様で、大分楽になりました。尻尾の鱗はまだまだ残っていますけど……この調子であれば、すぐにベッドからも出られると思います」

「そうか。うん、脱皮の進み具合も問題なさそうだし……もう少しすれば、もっと体も軽くなるだろう。とは言え、無理は禁物だからね。特にギノ君の鱗は少し特殊だから、気をつけるに越したことはない」

「えっと……」


 僕の鱗が特殊なのは、やっぱり黒かったのが原因なんだろうか。父さまと同じ、闇属性だから……?


「君の鱗の特殊性にはもちろん、闇属性のハイエレメントを持っていることが大きく関係しているが……発生と特性について、実はギノ君に伏せていたことがあってね。……脱皮のキッカケを乗り越えたギノ君であれば、そろそろ話してもいい頃合いだろう。今日はそのこともあって、こちらにお邪魔したんだよ」


 そんな事を言いながら、少し父さまが深刻そうな顔をしたのにも気づいたんだろう。ハーヴェンさんがお茶を差し出してくれながら、しっかりと遠慮を示す。


「俺は外した方が良さそうかな? 竜族の秘密に触れちまいそうな気がするが」

「いや、大丈夫だよ。これはどちらかと言えば、魔力と瘴気の在り方の問題だろうし。ハーヴェン殿にも知っておいて欲しいし、是非に意見も聞きたい」

「そか? それじゃ……俺もお話に加わるとしようかな。エルノア達のお帰りまでは、もうちょい時間もあるだろうし」


 相変わらずの軽やかな反応を示しながら、父さまの隣にスツールを持ってきて腰掛けるハーヴェンさん。そうして、ハーヴェンさんが腰を落ち着けたのを見計らって、父さまが柔らかく言葉を紡ぎ始める。

 魔力と瘴気の在り方……か。それはもしかして……僕は受け入れた真っ黒な彼にも、関係があるんだろうか?

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