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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第13章】鮮やかな記憶と置き去りの記憶
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13−27 最悪な好都合

「パトリシアさん、こんにちは! えっと……」

「はい、こんにちは。みんな、お久しぶりですね。今日はどうしましたか?」

「あい。お頭から、お菓子のお届けでヤンす」

「聖夜祭のお菓子ですぜ、ね! 姫様」

「はい、そうなんです! シュトーレンを預かってきました」


 受付にやってきたかと思うと、口々にご訪問の目的を話し始める、可愛い配達人達。きっとお頭……ハーヴェンはしっかりと、孤児達全員分のお菓子を用意してくれたのだろう。彼らがめいめい、大きめのバスケットをパトリシアに見せるように掲げては、どこか誇らしげに胸を張っている。


「あぁ、そうだったのですね! 寒い中、わざわざありがとうございます。今、院長先生をお呼びしますから……そうね。食堂にご案内します。アーニャさんにお茶をお願いしましょう」

「は〜い!」


 パトリシアの何気ない提案にも元気に返事をしながら、ワクワクとした様子で後を付いてくる子供達。彼らの浮かれ具合はおそらく、聖夜祭の追加効果なのだろうと考えては……頭の片隅でセバスチャンの事にも思いを巡らせる、パトリシア。今頃、どこで何をしているのだろう。本当に、いつもいつも……風の吹くまま、気の向くままなのだから。

 吹かれるがままな兄の気質は、天空都市・トルカフェスタを探すのだと無鉄砲に出かけて行った挙句に……飛行船事故で自分達を残して逝ってしまった、両親の姿にピタリと重なる。そんな事情もあり……パトリシアは両親の冒険心を丸ごと受け継いでしまったらしい兄の奔放さに理解を示しつつも、彼を常々心配している現実に、少しばかり疲れていた。


「……お姉ちゃん、大丈夫?」

「えっ?」

「心配事があるみたい。誰か、待っているの?」


 上の空で考えていたにも関わらず、言い当てるような女の子の視線に……思わず怯えるパトリシア。この子達は、いわゆる精霊落ちだと聞いていた気がするが。人間には想像もできない特別な力があるのだろうか。見た目は幼くても……彼女の金色の瞳には、得体の知れない力が宿っているようにも思えて、ほんの少し不気味だ。


「……大丈夫ですよ。少し兄の帰りが遅いものですから、気にしているのですけど……彼が家を空けているのは、いつものことですし。と言いつつ……正直なところ、とっても心配なんですよね」


 お兄ちゃんはどこか浮世離れしているから……と、少女の不気味ささえも、なかなか抜けない心配症で感情に蓋をしながら、正直に内心を吐露するパトリシア。いっそ、話してしまった方が楽になるかも……なんて、ありきたりな事さえも意識しないまま、気づけば彼女はポツリと心配事を呟いていた。

 人間というものは秘事や感情をため込むのは常々、苦手なものらしい。そう言えば、子供の頃に読んでもらったお伽話の中でさえも、床屋さんが王様の耳の秘密を抱え切れなくて……穴に向かって秘密を叫んでいたっけ。遠い思い出を引っ張り出しては、パトリシアはちょっとだけ心に安らぎが戻ってくるのにも気づく。やっぱり、心配事は吐き出してしまった方が気分も軽くなる。


「そうなの? でも……多分、大丈夫なの。よく分からないけど、パトリシアさんがこんなに心配してくれているんだもの。パトリシアさんを置いて、お兄さんは帰ってこないはずないの」

「そう……だよね。うん、そうね。そのうち帰ってくるよね」

「あい。お嬢様の自信には、根拠はないと思いますけど。多分、大丈夫でヤンす!」


 紺色の子犬みたいなお供に根拠はないと言い切られ、たちまち頬を膨らませる女の子。一方で、その光景を見慣れたと言わんばかりに、化け猫らしき2匹がクツクツと笑っては嬉しそうにしている。そんな彼らの様子に……根拠はないなりに、どことなく勇気づけられるパトリシア。待っているだけの現状は、変わりっこないけれど。でも、不安を少しでも共有してくれる相手がいるのは、何だか心強い。彼らのほんのりとした励ましに、きっと大丈夫と思い直せば。今日のお仕事も、ちゃんと楽しくこなせそうだ。


***

「ただいま〜……って、そっか。パトリシアはまだ仕事だよなぁ……」


 今のパトリシアは孤児院で働いているらしいとマモンから聞かされて、首を捻りながらも……どこもかしこも懐かしい我が家に帰還するセバスチャン。住み慣れていたらしい我が家の、使い慣れていたらしいテーブルに、ポストに入っていた郵便物をとりあえず並べてみる。


(取り立てて、目を通すべきお手紙はなさそう……って、おや?)


 雑多な広告類をかき分けてみると、イヤに仰々しい物騒な雰囲気の封書が顔を出す。封書の厚みはそこまでないが、ダマスク模様がうっすらと印刷されているのを見ても、封筒自体は相当の高級品だろう。そんな高級品を纏った封書の差出人の名前をマジマジと見つめながら、いよいよ好奇心を刺激されるセバスチャン。何せ……。


(ふふふ……あぁ、なるほど。彼はわざわざ“僕のお悔やみ”をくれたのだねぇ)


 手紙の差出人はリヒト・コーネルとなっており、落ち着き払った筆跡に……恨みを募らせるどころか、面白いことになりそうだと胸を躍らせる。そうしていよいよ、中身に目を通せば……シンパシーカードと一緒に、献金の提案が白々しく印字された文書が入っていた。その金額、なんと金貨1枚。どうやら教会というのは、本当に慈悲深い団体らしい。自身が手にかけた相手の遺族にさえも、わざとらしく気を回してくるのだから……つくづく、趣味がいい。


(折角、くれると言っているのだし……これは僕がもらうことにしようかな。自費出版にはお金もかかるし。それと……)


 この封書はパトリシアには見せないでおこう。

 いつもながらに健気に自分を心配してくれていた妹に、更に無駄な心配事を押し付ける必要もないし、彼女を変に巻き込む必要もない。これはあくまで、自分がこっそりと進めればいいだけの話だ。だから……しばらくは水面下で計画を練ることにしよう。


(それにしても、本当に面白いことになってきた。教会の皆さんも慌てふためくだろうなぁ……)


 特に、リヒトは度肝を抜かれるに違いない。殺したと思っていた相手が実は「生きていて」、しかも自分達が恵んだ資金で暴露本を出版したともなれば……教会側は聖夜祭だなんて、呑気な事を言ってられない程のお祭り騒ぎになるだろう。その喧騒と焦燥を想像しては、悪魔に似つかわしい意地悪な笑みを溢すセバスチャン。

 これはきっと、神様の思し召し。神様は教会へ鉄槌を下す役目を自分に課したのだ。

 持ち前の薄っぺらいヒロイズムを引っ張り出して尚、セバスチャンの野望は留まる事を知らない。自分は何よりもしがない小説家。だから、剣よりもペンを使う方が遥かに性に合っている。そんな中で、悪魔の身になった最悪な好都合を元手に……彼の復讐劇が、ひっそりと幕を切って落とされたのだった。

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