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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第13章】鮮やかな記憶と置き去りの記憶
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13−19 追加のブラックジョーク

「ハロハロ、マイハニー♪ オシラセダヨ、オシラセダヨ」

「き、急に喋り出しおって……驚くではないか」

「ルシフェル、それは何かの? 面白そうなオモチャじゃな?」


 相手の都合は常々無視するマナの女神(の遣い)と、負けず劣らず、場所も空気も選ばないベルゼブブの結婚指輪。そんな最悪の組み合わせとタイミングを前に、またもや頭を抱えて悶絶するルシフェル。だが、無情かな。既に限界を迎えつつある彼女の気持ちも軽やかにスルーしながら、渦中の指輪があろうことか、マナツリーのお膝元でメッセージを読み上げ始めた。


「オーケイ、マイハニー♪ ダーリンカラ、メッセージ(ピュイッピュー♪ )」

「おぉ! 愉快な音じゃの! ……うむむ、羨ましいのぅ。妾もそんな指輪が欲しいぞ」

「……できる事なら、私もお前にくれてやってしまいたい」


 無論、ルシフェルとて悪夢から解放されたいと、指輪を外そうとしたこともある。しかし、ベルゼブブは彼女のささやかな抵抗さえも意地悪く見越していたらしく……ルシフェルが指輪に手をかけた途端に、追加のブラックジョークを発動させる始末。妙に耳に残る不気味な効果音と共に、ご丁寧にも「のろわれてしまいました」と無慈悲なメッセージが流れた時の絶望感と言ったら……その破壊力たるや。ルシフェルを絶望の底に叩き落とすだけでは飽き足らず、一筋の光さえも見込めない底無し沼へと沈めるに、十分な威力を発揮していた。


「ヤァ、ゲンキ。マイハニー。ノクエルチャンノ、キオクノセイリガオワッタヨ。ツゴウガイイトキニ、コッチニオイデ……イジョウ、イジョウ! モウイチドメッセージヲキクバアイハ、ムゴンヲ。モウイイバアイハ、“オーケイ、マイダーリン”ト、アツクササヤイテ★」 

「オ、オーケイ、マイダーリン……」


 もう1度メッセージを無駄に繰り返す必要もないので、無駄な抵抗も諦めて熱く囁くルシフェル。しかし……熱の籠もったセリフとは裏腹に、彼女の心は絶対零度の境地まで冷え切っていた。


「タシカニ、アイノメッセージハ、ウケトッタ! サラバダ★」 

「おぉぉぉぉ! なんじゃ、この楽しげなやりとりは!」

「……これのどこが楽しげに見えるのだ。とは言え……あぁ、ベルゼブブの奴、解析は終わらせてくれたようだな。だったら……どれ。後で確認しに行くか。非常に気乗りもせんが、仕方なかろう……」


 ふざけた伝言の寄越し方の割には、しっかりと仕事を終えたらしいベルゼブブの所へ行ってくるか……と、嫌々ながらも覚悟を決めては、ため息をつくルシフェル。あの空間に足を踏み入れる回数は減らしたいものの、逃げ出したら成果もみすみす逃す事になる。解析結果だけは天使長として、何がなんでも収穫してこなければならない。


***

「ベルゼブブ様。屋敷の色調は全体的に臙脂色を基調にしつつ、チョコレートブラウンとダークネイビーを加えて、しっとりと落ち着いた色でまとめるつもりですが……いかがですか?」

「う〜ん……これが普通の感覚、になるのかなぁ? まぁ、ヤーティちゃんに任せるよ」

「左様で? しかし、突然どうされたのです? あのベルゼブブ様が、こんなにも鮮やかにお心変わりされるとは……」

「ふふふ〜ん♪ ま、僕も大人になった……ってところかな〜」


 熱い囁きのお返事を頂いて、いよいよ彼女が心置きなくやって来られるように……と、ベルゼブブの屋敷の改築が急ピッチで進められている。魔界の七不思議とまで言われた「ベルゼブブの悪趣味」の浄化作業とあれば、領分は違えど、ヤーティも久々の大仕事に非常に乗り気だ。ベルゼブブに強制執行書を出されてしまった建前はあるものの。これは所謂「ご指名」でもあるため、悪い気もしない。

 それもそのはず、強制執行書を出してもらえるというのは、ある種の人望の厚みの証明でもあるのだ。強制執行書の書式には厳格な規則があり、シーリングにもかなりの魔力が必要なことは魔界の重鎮・ヤーティにしてみれば、常識とも言えるお作法。そして、格式高い強制執行書を個人宛に発行されるという事は、そこまでして対象の悪魔を頼りたいという意思表示も含まれる。その隠れた実情を彼が気付かないはずもなく……含みをしかと受け取って、ヤーティは殊の外、上機嫌なのだ。だからこうして、自身の親でもない真祖の改築に乗り出している次第なのである。


「あぁ、そうそう。この部屋は天使ちゃん達との交流サロンにする予定なんだ。だから、ちょっとそれらしい雰囲気にしてくれる?」

「ホホォ? 天使様達との交流サロンですか。でしたらば……このお部屋は天使様方が喜ぶようなお色味に致しますか?」

「うん、そうしてちょうだ〜い」

「かしこまりました。で、あれば……純白とアイボリーを基調に、クッションやソファ類にベビーピンクやライラックを効かせましょう」


 ベルゼブブのちょっとした希望をスラスラと愛用の手帳に書き込みながら、ヤーティが調度の手配についてベルゼブブに提案し始める。張り切りに張り切っているヤーティのコーディネート案は無難ではありつつも、拘りが見え隠れする内容になっており……特に各部屋のコンセプトに沿って色味だけではなく、インテリアの雰囲気や材質まで事細かに記載されていた。多分、趣向を凝らし尽くしたハイセンスらしい内容に……ベルゼブブも分からないなりに、とりあえず唸ってみせる。


「さっすが、生前からバリバリの執事さんをしているヤーティちゃん。うん。これであれば……僕はともかく、他の子達は喜ぶかもねぇ」

「フフフ、そうでしょうね。ベルゼブブ様のお屋敷の趣味の悪さは魔界一と、評判でしたから。少なくとも、配下の皆様は大喜びでしょう。それに……私も久しぶりの大仕事に、生前の楽しかった時期を思い出すようです。腕が鳴りますね」

「もぅ。意地悪を言う相手はサタンだけでいいでしょうに。それにしても……あぁ、ごめんよ。アドラメレクはみんな、ご主人様に裏切られて闇堕ちしてくるんだっけ。変なこと、思い出させちゃったかな?」

「いいえ? 私はこれでも、きちんと追憶の試練も達成しておりますので。今更、過去を蒸し返されても問題ございませんよ」


 言葉の端々にそれとなく嫌味っぽい言葉を織り交ぜつつも、嬉しそうに嘴の端を緩めるヤーティ。終始ご機嫌らしい今の彼であれば、もう少しお話ししてくれるかも……と、最近は他の誰かさんの記憶に殊の外、興味を持ち始めたベルゼブブが古株のアドラメレクの生い立ちについて、質問し始める。


「……ちょっと踏み込んだ事を聞いていい?」

「おや、何でございましょう?」

「ヤーティちゃんって、どのくらい前から悪魔やっているんだっけ? 生前はどんな執事さんだったの?」


 ベルゼブブは悪趣味も頭抜けているが、噂好きの性分も抜けないらしい。領分違いの真祖に過去を軽々しく白状していいものか……嘴の付け根を摩りながら、逡巡するヤーティ。そうして、しばらく思いあぐねていたかと思うと、少しばかり恥ずかしそうに目を伏せる。


「……そうですね。少しくらいは私の過去をお話しした方が、主人とはなんたるかをご理解いただけるかも知れません。忠誠を誓い、命さえも擲っても構わないとまで心酔していた主人に裏切られるというのは……本当に辛い事ですから。まぁ、サタン様はあまり理解されていないようですが。……ベルゼブブ様でしたら、そんな心配はありませんかね」


 話し損は御免ですからね……と、牽制しつつ。遠くを見つめては、彼が悪魔になった理由を静かに語り出すヤーティ。


「……ご存知の通り、アドラメレクは主人に裏切られた怒りに飲まれて闇堕ちしてくる悪魔、と解されます。私自身の闇堕ちも、その概念から大きくは外れていないでしょうし、突き詰めて考えれば……主人にも裏切られたのだろうと思います。しかし、私は今でも……忠誠を誓った相手に裏切られたとも思っていませんし、かつての主人に対しての怒りも最初からございません。私の怒りの矛先は私自身に向いていると、今でも思うのですよ」


 憂い気でありながら、懐かしそうに。彼がポツリポツリと語り出したのは、遠い遠い昔話。約1800年前の人間界・ヴァンダートを舞台に繰り広げられた、幼い王子と彼に仕える執事の悲しい運命の物語だった。

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