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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第13章】鮮やかな記憶と置き去りの記憶
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13−16 馬鹿か阿呆

 コンタローは気を回しすぎて、ギノの食事の後片付けもしてくれた上に、エルノアを寝かしつける仕事もこなしてきたらしい。小粒のコンタローにしたらば、完璧にタスクオーバーだと思う。そんな事だったら、呼んでくれればよかったのに……と思いつつ。嫁さんの夕食の準備をしている手前、大助かりだ。


「あうぅ、お尻がヒリヒリするでヤンすぅ……!」


 コンタローが尻尾が抜けそうだと涙目になりながら、ルシエルに泣きつけば。小悪魔の頭をよしよしと撫でながら、夕食を待つ嫁さんが慰めてやっている。そうされて、相変わらず調子ハズレの笑い声を漏らして悦に入っているコンタローに、ご褒美のキャンディを最後に与えると……抜けそうだと言っていた尻尾をブンブン振りながら、眠いと部屋に帰って行った。


「はいよ、お待たせ。今夜のメニューは特製ミートソースパスタに、チキンとキノコのフリカッセ。付け合わせは、タコのトマトサラダとなっております。スープとパンはお代わりもあるから、遠慮せずに召し上がれ」

「いただきます……! あ、ところで……」

「なお、デサートはベルベットケーキ・カシス添えです。食事の頃合いを見計らって、お茶と一緒にお持ちしまーす」


 ご質問の意図を先回りして、彼女の最大関心事らしいデザートの予告をしてみれば。大当たりと言わんばかりに、お疲れ気味な空腹天使様の顔が薔薇色に綻ぶ。ベルベットケーキ自体は初登場だが、ディテールを深追いしてこないのを見る限り、俺の腕には全幅の信頼を預けてくださっている模様。あぁ、デザートの予告だけで、満足そうなお顔を拝めるなんて。今まで一生懸命、得意分野で懐柔してきた甲斐があったなぁ。


「今日のケーキも綺麗だな……。相変わらず、食べるのが勿体ない」

「そう? それは何よりだよ。にしても……どう? どう? こんなに真っ赤だと、ルシエルも情熱的な気分にならない?」


 彼女の皿の空白が目立ち始めた頃にデザートを献上し、そんな事を言ってみれば。小さく「バカ」とか呟きながら、残りのお食事を小さなお口に運びつつ……耳まで真っ赤に染めて見せるルシエル。もう、天使様はとっても恥ずかしがり屋さんなんだからぁ……と思いながら、お茶のお代わりも差し出し。情報交換をしようと彼女の隣に腰掛ける。


「それで、さ。今日は想定外があって、魔界に行けなくなってな。おやつの配達はコンタローにお願いしたんだけど」

「想定外?」

「うん。ギノが脱皮し始めててな。で、午前中はゲルニカにもこっちに来てもらっていたんだよ」


 脱皮は生物としての成長過程でもある以上、病気ではないんだが。竜族特有の生理現象のあらましと、ゲルニカの往診の結果に……しばらくしたら、ギノを向こう側に預けないといけない事も伝えてみる。


「……そう。ギノは自分の中の何かを乗り越えられたんだ。それが何なのかは、私には想像も及ばないけど……あの子がきちんと向き合えたのなら、私が言う事は何もないかな」

「そうだな。俺達ができる事は見守る事と、有事になったらゲルニカを呼びに行く事くらいなんだけど……って、あぁ。そう言や、そのゲルニカだけどな……」

「うん?」

「今日はマモンもちょっとした懸念事項があるとかで、遊びに来てさ。真祖様に例の紋章魔法の話も聞けたりしたんだけど……ゲルニカも紋章魔法に興味津々で、マモンが及び腰になるレベルで食いついたもんだから。あいつの懸念事項がますますドツボにハマった感じがあったな……」

「マモンの懸念事項?」


 悩み多き真祖様の懸念事項。それは、配下にアークデヴィルの新入りがやってきて、新入り君の教育にダンタリオンが乗り気な事。しかし、肝心のダンタリオンが変な方向に気力フルスロットルでコトに当たり始めたもんだから、親御さんが燃料の持ち主にご迷惑をかけないよう、根回しに来た……はずだったんだけど。


「……あぁ、なるほど。ゲルニカもダンタリオンと同じ魔法書バカだと理解させられて、ますます心配になったのか」

「多分な。なんでも、マモンは新入りに無理をさせたくないらしいんだけど……ダンタリオンはマモンのいう事はあまり聞かない部分があってさ。で、そんな制御不能な配下を野放しにできないと、お詫びとお願いで、こっちに来てたんだけど。頼みの綱のゲルニカもあの調子じゃ、マモンもしばらく苦労しそうだな」


 お喋りしながらも、しっかりとケーキを平らげて苦笑いをしている嫁さんに、流れで彼が教えてくれた魔法の概要も伝える。

 紋章魔法は与える側面と、奪う側面があるが……奪う側の方はかなりの注意事項があるということ。根源が違う配下には使えない上に、結果的に上級悪魔を失うという側面がある以上……ヨルムツリーの目が届かないところでの行使がさりげなく、ご法度だということ。そのため、実質の行使は魔界でのみに限られるし、人間界での紋章魔法の行使はペナルティ諸々の存在もあって……馬鹿か阿呆がする事だと、マモンは言っていた。


「馬鹿か、阿呆……か。意味合いは違うが、ルシフェル様もそんな趣旨のことを言っては、怒っていたな」

「お?」

「実はオーディエル様が、リルグの現地調査から戻られてな」


 あ、そうだったんだ。


「それでそれで? どうだった? 町の人達は大丈夫だったのか?」

「……あぁ。驚く程平和で、人々は穏やかだったそうだ」


 なんだ、何事もなかったんだな。それじゃぁ、こっちは心配する必要はなさそうか?


「しかし、穏やかな風景の中で、オーディエル様は違和感を感じ取られていてな。全員、示し合わせたように平和だと答える彼らは……異常なまでに、それ以外には無関心だったそうだ」


 どうやら、平和なのはいい事だ……で済ませられる程、コトは単純でもないらしい。ルシエルの表情も硬いままだし、雲行きが怪しくなってきたな。


「そんな平和しかないような場所で、天使の形見と思われる魔法道具が発見された。ナーシャの塔には、オーディエル様以外の派遣履歴が綺麗さっぱり残っていなかったのにも関わらず、だ。本来であれば、欠員自体もあり得ないことなのだが……誰1人、担当者を思い出す事もできなかった」

「それって、つまり……」

「あぁ。一方的に誰かの存在を奪うために、リルグで紋章魔法を使った馬鹿か阿呆がいるのだろう。その可能性に、ルシフェル様が大層ご立腹でな。根源の不一致以前に……天使に対して、使えるのかどうかは検証しようもないのだが。しかし、私もそいつが名前さえも失くした彼女に何の落ち度があって、そこまでの罰を与えたのか……理解に苦しむし、理解したくもない」


 理解したくもない……か。マモンも最下落ちの罰執行は最終手段だと言っていたし、そちら方面のエンブレムフォースを使った事もない様子。だから、彼も行使者そのものを「馬鹿か阿呆」と言ったのだと思う。やれやれ……情熱的な気分になってもらおうと折角、真っ赤なケーキを拵えたのに。この調子じゃぁ、お休みの時間まで難しい話になりそうだな。


***

「フェイラン、久しいの? 今日はどうして、こちらに来たのじゃ?」

「……姫様はどうして姫様なのですか?」

「はぁ? お前は相変わらず、変な事を申すのう?」


 ジルヴェッタの問いにもまともに答えず、意味不明な質問を投げるフェイラン。一方で、物憂げなフェイランの表情の意味を慮る事もなく、意気揚々とこちらはこちらで的外れな答えを返す、姫君。


「まぁ、いいか。それは簡単な事じゃ。妾は偉大なる父上の娘だからじゃ。偉大な国王の娘が姫であるのは、当然の事じゃろう!」


 しかも、折角のありがたいお答えを逡巡する事もなく。白に染まる夜空を見上げ、駿腕の女騎士がポツリポツリと呟く。


「……みんな、何のために生きるのでしょうね。そして、どこへ行くのでしょう。……自分が自分であるという証拠を探しても、この世界では何1つ、それを埋めるものも見つかりません。名前はあっても、それが本当に自分の名前なのかさえ、分かりません」


 最後は朽ちるというのに。

 最後は死ぬというのに。

 どうして、人間はこんなにも懸命に生きられるのでしょう。

 ヒラヒラと舞う雪を見つめながら、フェイランは尚もジルヴェッタに言い募る。


「あの懸命さは……自分の証明だとでも言いたいのでしょうか?」

「フェイラン……? 普段から、掴みどころがないと思っていたが……今日はますます、変だぞ?」

「そうですね。……でも、私が変なのは今日だけではないのです。姫様の自分は確かに姫様だと、自信を持てる理由が羨ましい。私は……いつだって、どこだって。自分が誰なのかという、答えを持たないまま、生きてきましたから。親になれば分かるかもと、母親になった事もありましたが……実感さえも得られませんでした」

「……何だか、今日のフェイランは変な以上に不気味じゃの。妾はもう寝るぞ。あぁ、そうそう。明日は……」


 中途半端に言葉を紡いで、不意に背後のジルヴェッタの声が途切れる。壊れかけた時計のように、突然動きを止めた声の主を見つめながら、フェイランがため息をつく。姫様は姫様……彼女の自我を堅牢に保つ秘訣は何なのだろう。そんな事を考えながら、足元で力なく転がる人形を椅子に座らせて、背中のゼンマイをキリリキリリと回してやる。

 ……久しぶりなのは、彼女の自我の方。ちょっぴり高慢な彼女とのお喋りを楽しもうと、追加の動力を与えてやれば。続きの言葉を紡ぎ出す、ジルヴェッタ……の禍根を乗せたカラクリ人形。虚しく魚のようにパクパクと口を動かすばかりで、既に人とは呼べない姿になりながらも、彼女は自分を姫だと確かに肯定しながら、朗々とフェイランにひと時のパフォーマンスを披露し続ける。

 オズリックの計画では、グランティアズの陥落はもうそこまで迫っている。それでも、目の前の彼女は王女である事を捨てもせずに、空虚な希望を延々と喋り続けた。どこまでも空虚な、虚飾の彼女。それでも、彼女のお望みを叶えるためにも、一緒にお散歩するのも悪くないと……フェイランはぼんやりと考えていた。

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