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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第13章】鮮やかな記憶と置き去りの記憶
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13−14 一瞬でもそう思った俺がバカでした

 嫁さんの買い物に散々振り回された挙句に、土産探しにも長々と付き合わされたせいで、予想外に帰りが遅くなったんだけど。俺はそちらさんの「お仕事」も含めて頭を痛めているのに、どうしてお前はそんなに嬉しそうなんだよ……って、内心で湿っぽく愚痴っていても仕方ない。ここは気分転換がてら、仕事を片付けちまおう。


「おい、十六夜」

(おほぉ? 如何したかえ、若)


 この感じからするに……十六夜は人間界散歩で気分もいいみたいだな。この調子であれば、スムーズに事情聴取に応じてくれる気がする。


「……お前が言ってた、陸奥刈穂の持ち主が見つかったんだけどさ。でも……どうも、お前の話と随分雰囲気が違う上に、向こうさん側の手に渡っているみたいなんだが」

(向こうさん? はて、若。あなた様のおっしゃる向こうさんとは、どちら様の事かの?)


 あぁ、そう言えば。その辺の情報は共有していなかったっけ。まず陸奥刈穂のことを聞く前に説明が先か……と、仕方なしに「向こうさん」について、一通りの説明をしてやれば。素直に話を飲み込んだらしい反応に、幸いにも今日の十六夜丸は「ゲスヨイマル」にはならなくて済みそう……と、思っていたのだけど。……一瞬でもそう思った俺がバカでした。


(おほほほぉ⁉︎ 左様でしたか? でしたらば……我が思い当たることは教えて進ぜますので、若。ご褒美を頂戴つかまつりたく、存じます)


 次の瞬間、人の足元を見るような提案と一緒に奇声を上げ始めて。俺だけでなく、嫁さんやその膝上で土産を堪能しているグレムリン達もまとめて驚かせやがった。こいつ……1度くらい、本格的にへし折っておこうかな……?


「……それ、後じゃダメか?」

(今にございます! ほらほら、ご遠慮なさらずに。我を虐げ、徹底的に辱めておくんなまし!)


 ご遠慮なんか、してねーし。嫁さんの前で羞恥プレイを要求するのは、本当に勘弁して欲しいんだけど。


「……こんの、性悪根性ひん曲がりド腐れ野郎。足蹴にされて唾を吐かれたくなかったら、ツルッと綺麗さっぱり漏らしちまえよ。あ? どうなんだ? 品性の欠片もない、出来の悪いお前を頼ってやってるんだから、ちったぁ知恵を貸せ、このド変態」

(ふぅぉぉぉぉ! 若、今日の言葉遊びもたまりませんな! もっと……もっとじゃ!)

「……ハイハイ、分かっていますよ、ゲスヨイマル殿。よくもまぁ、こうも見境もなくビチャビチャと漏らせるもんだ。この程度で呪いを漏らすなんて、よっぽど吐くのが好きみたいだな? 大体、お前のそういう……」


 こうなったら後にも退けないのは、分かっている。分かっているんだけど……頼むから、リッテルもクソガキ共も。俺もセットみたいな感じで、白けた目で見つめないでくれよ……。俺まで変態だと思われているみたいじゃん……!


(ふぅ、ふふふふ……! よ、よろしゅうございます、若。今回のご褒美もしかと頂きました故、このゲスヨイマル、綺麗さっぱりツルッと嘔吐して進ぜましょう……!)


 ……お望み通り罵って差し上げること、10数分。嫁さん達の視線が痛すぎるのにも耐えて、ようやく十六夜丸を納得させるものの。やっぱり、奴の発言が怪しいものだから不安にさせられる。


「……吐くのは、言葉だけでいいから。変なものは出すなよ……?」

(おほほ、分かっておりますからに。しかし、済みませぬ。未だに心の準備ができぬ故……もう少々、お待ちをば。今のお言葉、しかとこの身に刻み直します……)


 そんなもん、刻み直さんでもいいわ、このボケナスが!

 気色悪い言葉を吐く十六夜を見つめていると、例によってクネクネと気持ち悪い動きをしながら、身悶えしていやがる。この性癖、いつになったら抜けるんだろう。それに、俺も同類だとか思われていないよな……?


(さて、と。陸奥刈穂について、でしたな?)

「うん。何つーか。目撃者のハーヴェンによると……お前が言っていたのと、雰囲気が違うみたいなんだよな。なんか、悪魔に敵対心剥き出しの上に、余計なところでしゃしゃり出てきたとかで……とても大人しいって感じじゃなかったらしい」

(はぁ、左様ですか。……あれは既に堕ちてしもうたか)

「堕ちてしまった?」


 さっきまであんなにも興奮していたくせに、一気にご機嫌を急降下させると……さも寂しそうに、ポツリポツリと十六夜が「思い当たる事」を話し始める。お話によると、ヨルムンガルドの刀には共通で「とあるタブー」が存在するそうな。それで、そのタブーというのは主人殺し……使い手を傷つけ、血を吸うことで本来の「意義」を反故にすることなのだとか。


(おそらく、どこかのタイミングで、その禁を破ったのでしょう。持ち主の血肉を喰らい、屠った陸奥刈穂は与える側ではなく、奪う側の享楽に目覚めたのだと思われます)


 ……それ、目覚めちゃいけないタイプの享楽じゃない? えーと、つまり……アレか? ドMがドSに転向したって事でオーケイ?


(それでなくても、貴奴は我らの中でも激しい気性の持ち主での。表面上は大人しいように見せかけて、血を吸えば性格がガラリと変わりよってに)


 あっ、そういうコト。陸奥刈穂さん、隠れドSだった。


(まぁ、我らは元々クシヒメ様を守護する存在でもあり、龍神を鎮める鎖でもあったが故に……気性が荒かったのは、否めませんけれども。しかし、中でも……あれの異常性は飛び抜けておりました)


 そうして更に続く、十六夜の解説によると。陸奥刈穂の意義は「奉呈」で、全てを奪い尽くすための刃であると同時に、持ち主には最大限の力を与える祝福の刃……というのが、大元の設定だったらしい。しかし、その与える側がふとした時に、奪う側になった事で……何かのタガが外れ、誰かを壊す快楽の味を占めてしまったのだろう。


(そうさね。……この際、ヨルムンガルド様の不出来も白状してもいいかの。我らは元は“クシヒメ様の巫女”でありますが為に、主人はクシヒメ様のみでございました。それでも、今はそれぞれの意義と役目を与えられて、残りの4振りはヨルムンガルド様……延いては若をも主人として、認めております。しかし、陸奥刈穂は……クシヒメ様のみを主人とする拘りを、捨てようとはしませんでした)


 陸奥刈穂にとって、ヨルムンガルドの裏切り……浮気性を改めず、リヴァイアタンを無碍に扱った事……はクシヒメさんを蔑ろにされたと感じるに十分な事だったのだろう。かつての主人が死の間際で懸命にお願いしたのにも関わらず、クソ親父は大事な約束さえ、守らなかった……と。そりゃ、陸奥刈穂が怒るのは当然も当然。うん、これはあのクソ親父がどこまでも悪いな。間違いなく。


「あぁ、なるほど……それで、陸奥刈穂はハーヴェンに対しても挑発的だったのか」

(でしょうな。ヨルムンガルド様を含む魔界全てを敵対視しているのは、間違いなく、あれの拘りがそうさせるものでありましょう。しかし……持ち主とやらは、大丈夫なのかえ? 見限られたら、陸奥刈穂に食われてしまうかもしれませんに)

「その辺は大丈夫じゃない? 陸奥刈穂を持っているのは、向こう側の堕天使だって話だったから。天使ちゃん達の仲間でもなければ、俺達の同族でもないし。内輪揉めで頭数が減るんなら、寧ろ願ったり叶ったりだろ」

(そうかえ? ……って、奥方。どうされた? 顔色がよろしくないようだが)

「え、えぇ……」


 もしかして、リッテル……さっきの羞恥プレイで気分でも悪くしたか? いや、俺はですね。あなた達のお仕事の一環でこうして仕方なく、十六夜丸と遊んでいるんですけど……なんて、俺が言い訳のセリフを練っていると、彼女の口から予想外の言葉が溢れる。彼女の曇り顔の原因は、羞恥プレイじゃないっぽい。


「その堕天使の名前って……あなた、聞いてる?」

「いいや? 聞いてないけど」

「そう……。でしたら、明日神界に行った時に確かめてくるわ。それと、十六夜ちゃん。今のお話を向こうで共有しても、大丈夫かしら?」

(構いませんよ。共有されたくなければ、あなた様の前で喋らぬ。それに、奥方のおかげで若とお遊戯の時間が増えたのは事実……! ですから……ふっふふふふ……! これからも、我の知識が必要そうなことがあったら、是非にでもご相談くだされ。我としては、若からご褒美を毟り取る機会が増える故、非常に好都合じゃ)

「まぁ、本当⁉︎ こちらこそ、今後ともよろしくお願いします」


 なんですか、その肝心の労働力を無視した通商協定は。「よろしくお願いします」って、ご褒美を提供しているのは俺なんですけど。大体、さっきはあんなに冷たい目をしてこっち見てたじゃん! その辺はスルーかよ!


「パパ……」

「うん、なんだ?」

「これ、大丈夫ですか?」

「……ちっとも大丈夫じゃない」

「おいらはパパのこと、ちょっとしか変態だと思っていませんよ?」

「ちょっとはそう思われているんだな……?」

「パパがどんなに変態でも、アチシはパパの事、好きでしゅよ?」

「……そのフォローは余計だ。いくら俺でも……却って傷つく」


 目の前で鮮やかに結託し始めた嫁さんと十六夜を他所に、グレムリン達にさえ好き勝手に慰められている身の上が、この上なく切ない。俺……リッテルと結婚してから、ありとあらゆる事に巻き込まれている気がするんだけど。……そろそろ、色んなことがタダの思い過ごしじゃない気がしてきた。

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