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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第13章】鮮やかな記憶と置き去りの記憶
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13−12 白聖夜

「お頭、外がおかしいでヤンすぅ!」

「うん? 外がおかしい?」

「あいぃ! なんか、変なのが降ってきたです!」


 孤児院へ届ける予定のシュトーレンの出来栄えを確認していると、またもやコンタローが一大事と飛んでくる。ゲルニカと大事な使命を帯びたエルノアを竜界にお見送りした後は、いつものようにサンルームで小説を読み耽っていた気がするが……何があったのだろう。


「どれどれ……って、あぁ。そっか……いよいよ降ってきたか」

「あい?」

「ほれ、前にも話したろ? 冬には白くて冷たい雪が降ってくるぞ……って。これが初雪みたいだな。……ちょいと例年よりは遅い気がするが、今年も白聖夜を迎えられそうだな」


 そんな事を言いながら、雪に興味津々のハンナとダウジャも連れて庭に出てみれば。空から周りの音を吸収しながらシンシンと、雪がゆっくりと舞い降りてくる。勢いはまだ穏やかでか弱いが、日が落ちれば本格的に積もり出すだろう。そうなれば……明日からは、雪遊びも楽しめそうだ。


「そう言えば、ハーヴェン様。白聖夜って、雪が降った聖夜祭以外の意味があると聞きましたが……由来はご存知ですか?」

「もちろん、知ってるぞ。何せ、俺も生前はリンドヘイム教徒だったからな」

「もし良ければ、教えていただけませんか?」


 雪自体は知っているが、聖夜祭の呼び替えの理由までは知らないらしいハンナ。真っ青な瞳をこちらに向けては、ワクワクした様子で俺の答えを待っている。


「あぁ、いいよ。うんと、な……どうも、昔は雪が積もる事もあまりなかったみたいでな。特に、南方は雪自体も珍しいもんだから。昔の人にしたら雪は基本的に、山に行かない限り拝めないものだったんだよ。で、山ってのは神聖な場所でもあったから。山にしかないはずの雪が聖夜祭に誂えたように降っただけで、みんな大喜びだったんだ。今は昔よりも全体的に冷えたから、珍しくもなくなっちまったけど。当時の人達は空を見上げては、神様が特別に神聖な雪を分けてくださったと、涙したそうだぞ? ……だから、雪が降った聖夜祭は特別神聖だって事で、白聖夜と呼ばれるようになったんだ」

「そうだったのですね……! 素敵なお話を教えていただけると、雪が一段と輝いて見えます!」


 俺の回答に殊の外、満足したらしいハンナが改めて空を見上げては……感動して瞳を潤ませている。

 それにしても、白聖夜……か。かつて聖職者だった俺にとっても、そのありがたみは信仰心の証明にも思えて、本当に涙してたこともあったんだけど。でも……間違いだらけの現実も見つめてきた身としては、雪の無垢な純白はあまりに悲しい。

 雪が降る……それはイコール、冬の寒さが更に厳しくなった事を意味している。家でぬくぬく過ごせる奴からすれば、雪が降った聖夜祭は綺麗ね、素敵ね……で済むのだけど。寒さを凌げない奴にしてみれば、決して雪は綺麗なだけでは済まされない。聖夜祭の翌朝。路上で凍死した家なき子や路上生活者の亡骸に、雪が積もっているのを見つけては……神はなんて残酷な事をなさるのだろうと、天を恨めしく仰いだ日もあった。そして、彼らには信仰心が足りなかったのだと、事も無げに言い捨てる同僚を尻目にお祈りしては……サッサと歩けと怒られてたっけな。


「……とりあえず、今日は家に入ろうな。明朝には辺り一面真っ白だろうから、雪遊びもできるだろう」

「雪遊び? それって、何をするでヤンす?」

「悪魔の旦那、何ができるんですかい?」

「ふっふっふ……雪が積もってからのお楽しみ。さ、とにかく家に入れ。小説のお供に、温かいお茶はいかがかな?」


 雪が初めてらしいコンタローとダウジャがワクワクしている様子に、ハンナが嬉しそうにクスクスと笑っている。彼らの穏やかな様子を見つめながら、こんな時に過去を蒸し返しても仕方ないと、首を振る。

 今更、そんな事を思い起こしても、仕方がない。

 今更、自分に何ができたのだろうと、考えても何も変わらない。

 それでも今年は……雪を純粋に「綺麗」だと楽しめる子供達を増やせたのなら。少しはマシなのだろうと思う。

 やや強引に割り切ると、今から雪にはしゃいでいるモフモフズに明日はシュトーレンのお届けをお願いしようと考える。寝かせ加減といい、ドライフルーツの馴染み具合といい。初めて作ってみた割には、シュトーレンの仕上がりは我ながら上々だ。渾身の伝統菓子を食べながら、孤児院の子供達にも素敵な白聖夜を過ごしてもらえたのなら。今年の白聖夜は俺にとっても、有意義に違いない。


***

「今年もいよいよ降ってきましたね……」

「うむ、そうだな」


 窓の外でヒラリヒラリと冬の使者が遊び始めたのに気付いては、ホーテンにカイエンペッパー入りのホットチョコレートを差し出すジャーノン。一方でお出かけ帰りの腹心を少しからかってやろうと、寒空に舞遊ぶ雪に負けず劣らずの悪戯心を発揮して、ホーテンが少しばかり意地悪な質問を投げ始める。


「ところで、ジャーノン」

「はい」

「……例のレディ・アーニャとはうまくいきそうか?」

「えっと……本日はとても喜んでもらえたように……思います……」

「ほぉ〜?」


 全く、無骨な見た目の割には奥手なのだから。しかしながら、それは自分のせいでもあろうと、ホーテンは程よく刺激的なチョコレートを口に含んでは、彼の恋路が上手くいけばいいなと考えていた。思い返せば、ジャーノンはこれまで……いや、今だって自分にかかり切りだ。そんな彼に少しくらいは自由にしてこいと言ってみたら、不器用なりに恋というものを真剣に楽しみ始めたらしい。

 無論、アズル会にあって実力と地位のあった彼がモテなかった訳でもないだろう。切り傷だらけの顔は恐ろしい印象を与えるが、本人は背も高く、スマートな方だ。それなのに……今までの彼は何かにつけ、常にホーテン第一で生きてきた部分もあり、自由時間らしい自由時間を与えてやれなかった。それでもジャーノンは、少しばかり自責の念を感じているホーテンを他所に、仕事第一の気質も抜けないらしい。しっかりと「デート中」にも取引の話をしてきたのだというから、呆れてしまう。


「なんだ? お前はレディ・アーニャを側に侍らせながら、取引もしてきたのか?」

「えぇ。実は街で偶然にも、グリード様にお会いしまして」

「な、グリードだと? で、もしかして……」

「はい。アーニャの知り合いという事もありまして、少しばかりお取引のお話ができました。……それで彼は今、親戚のお子さんのために、オトメキンモクセイの種を探しているのだとか」

「オトメの種を?」

「そのようです。あぁ、用途は麻酔ではなく、鑑賞用みたいですよ。苗でもいいとおっしゃっていたので、レッド側の目的はないと見て間違い無いかと」

「そ、そうか……」


 ジャーノンの話を聞くに、彼に菓子折を持たせていたことが思わぬ縁をもたらしたようで……たまたまあの孤児院で顔を合わせた折に、薬の商人だとジャーノンが自己紹介をしていたのが、功を奏したらしい。オトメキンモクセイは麻酔にも利用されている以上、毒物指定のレベルも高い植物。当然ながら、普通の花屋で気軽に買えるようなものではない。その事をグリードもよく知っているのだろう。だからこそ、そのスジの商人でもあるジャーノンにわざわざ声を掛けてきたのだ。しかも……。


「……アーニャの話ですと、グリード様は自分が必要とする商材に対して、対価を惜しまないそうで。私がオトメの種をご用意できる旨をお伝えしたところ、この屋敷に商材を持ち込むとおっしゃっていました。……相当の物品を用意してくださるおつもりのようです」

「グリードがこの屋敷に来るのか?」

「えぇ。こちらの住所をお教えしておきましたので、近いうちにお見えになるかと」


 いつの間にか飲み干されていたティーカップを預かりながら答えるジャーノンに、信じられぬと頬を紅潮させるホーテン。いつか、直接話をしてみたいと心の底から望んでいた相手との対話がこんなところで……しかも、商談付きで実現するなんて。一方で、満面の笑みのホーテンにホットチョコレートのお代わりをお持ちしますと、彼の機微を読み取って退室するジャーノン。

 いよいよ窓の外では雪が大勢の仲間を引き連れて、大地を白で侵略しようと本格的に降り出していた。今夜は格別に冷えそうだ……そんな事を思いながらも、心の中はホクホクだ。そして、この心地よい熱は決して、カイエンペッパーの程よい刺激のせいだけではないのだと、ホーテンは人知れず頬を緩めていた。

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