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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第13章】鮮やかな記憶と置き去りの記憶
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13−9 名無しの誰かさん

(う〜ん。これはどの場面だろう? えっと……)


 迷宮に落とし込んだ魂は饒舌ではあるものの、基本的に健忘症だから困る。

 穴だらけの記憶を手繰り寄せながら、愛しいマイハニーのオーダーに近そうな記憶の渦を1つ、1つ、丁寧に確かめるベルゼブブの深層心理。ダークラビリンスに知識を吸収する付随効果があるとは言え、読み込みには膨大な時間がかかる。特に対象の魂が輪廻の中で転生を何度も繰り返していた場合は、時代のラベリングや日常のフィルタリングも一苦労だ。そうして、読み込み作業を手際よく進めては……ようやく、ノクエルの記憶の中にそれらしい存在の面影を見つけ出す。


(この子が向こうさんの言っている、“名無しの誰かさん”……かな? あぁ、なるほど。この子は多分……)


 一種の特異転生体。しかし、何かカラクリがあったのか……存在感に歪な何かを感じては、ベルゼブブは自分の意識が縮み始めたのに焦り始めていた。表側は多分、誰かの存在を奪った結果だろう。そして、存在を丸ごと奪った事で、彼女自身は水属性に該当しそうなことも明白だ。しかし……器ごとの強奪は決して、メタモルフォーゼでも、フォーカスエイジでもなし得ない。しかも……。


(ノクエルちゃんの死際に現れた奴と、見た目が違うような……? しかも、首元のウコバクは……あぁ、セイタじゃないか。……そっか。随分と前にいなくなったと思ってたら、襟巻きにされてたか……)


 かつての配下の成れの果てを見せつけられて、オヨヨと泣き崩れる……なんて、ベルゼブブがするはずもなく。配下の末路は確かに痛ましいが、起こってしまった事を今更、当てどなく詰った所でつまらない。叱責叱咤に責折檻は相手がいてこそ、面白い。そんな事を言ったら、真面目なマモンを怒らせそうな気もするが……ここはベルゼブブの深層心理。どんな失言も言いたい放題、愚痴も吐きたい放題の、プライベート・ルーム。だが如何せん……話相手がいないのも、なかなかに味気ない。


(さてさて……だったら、まずは出会いの場面を紐解いてみましょうか……?)


 事もなげに「少し前」と自らがラベリングした年代の記憶を引っ張り出すと、再生スタートとばかりにパチンと指を鳴らす。そうして映し出された夜の砂漠風景を、深層心理が作り出した気分だけのキャラメルコーンを摘みながら、ニヤニヤと見つめるベルゼブブ。

 記憶の整理が済んだ後で見つめる誰かさんの記憶は大抵、数奇に満ちていて衝撃的なラストが待っている……訳でもないのだが。それでも人の秘密を堂々と覗き見る事は、ピーピングが大好きなベルゼブブの興を満たすには、十分である。


「うむ。私はウリエルと言う。これからお前達に起こる事を告げに来たのだが」

「これから……私達に起こる事?」

「そうだ。お前達は明日にでも、直ぐに商人のキャラバンに見つかり……そして聖痕持ちの方は数日もせずに、この旱魃を治めるための生贄として火炙りになるだろう」

「なッ! ……そうならぬ様に私がいるのだ! 誰にも妹を傷つけさせはせぬ!」


 名無しの誰かさんは「ウリエル」と名乗っていたようだった。ノクエルの記憶にさえも封印を施した者は、かつての排除の大天使その人だったらしい。どこか優越感に満ちた、誇らしげな表情。しかし一方で、僅かに焦りも滲ませているような気がする。はて、その焦りの理由はなんだろな……と、ベルゼブブは首を捻る。


 神界側の歴史にはそう詳しくないが、ルシフェルが闇堕ちした理由と時期くらいは知っている。妹達でもあったかつての大天使達を更正できず、自らの不甲斐なさに嘆いたと同時に……断罪を命じた、マナに対する不信の結果。ルシフェルが闇堕ちしたのが約1000年前なのだから、本来であれば、彼女がこの姿でノクエルの前に現れるのは不可能なのだ。何せ、今まさに再生されているノクエルの記憶は約700年前のもの。この記録は、彼女がルシフェルの手で粛正された後の時代のものである。しかし、そのウリエルが何故か、さも神々しくノクエルの前に降臨していた。と、なると……これはおそらく、転生の裏ルートによる不正の結果だろう。


(あぁ……マイハニーも変なサービスをするから、いけないんじゃん……。これ、リンカネートをまんまと抜け道に使われちゃってるよー……)


 リンカネートの構築や発動メカニズムはマナ語の魔法である以上、当然ながらベルゼブブは知る由もない。しかし、特異転生体への転生には色々な付随効果とおまけが魂に上乗せされることは、彼も気づいている。最大の特徴としては、この魔法による転生は魔法能力の継承を可能にすることあり、延いては器の再生成を含む魔法能力の根幹を保障する。

 しかし……それともう1つ、絶対に見落としてはならない「おまけ」がくっつくのだ。それがハイエレメントの最上位攻撃魔法の獲得に示されるように、魔法能力の大幅な拡張が発生するという、裏の効果。ハーヴェンがラグナロクを行使できるようになったのには、彼が特異転生体からの闇堕ちという前提があってのことだった。

 おそらく、ノクエルと彼女の妹に天使への転生を促しているウリエルは、自身の共鳴魂を確実に天使に仕立て上げる必要性があるから、わざわざ出てきたのだろう。このまま人間で終わられては、自分の情報を持っている彼女の魂が行方知れずになってしまう。しかし、天使にさえ転生させれば寿命の延期も可能だ。もしかしたら……ウリエルは天使に仕立てたノクエルの魂を、何かしらの方法で吸収するつもりだったのかも知れない。方法や目的は不明だが、彼女にはそうでもしなければならない事情があったのだろう。しかし、ノクエルの魂がベルゼブブの手元にあるとなると……この事態は彼女にとって、大誤算の番狂わせでしかない。

 そんなことにも気付くと、途端に自分の好奇心が満たされていくのを感じると同時に、ますます意地の悪い興味が湧いてくるベルゼブブ。勢い、キーにもなっている現象についても思いを巡らせてみる。


(……共鳴した魂、か。確か、そっちにもヘンテコなルールがあったよねぇ。えっと……)


 あぁ、そうだ。映像の中でいよいよもがき始めたノクエルの視界が砂に埋もれ始めた所で、ベルゼブブは触覚を捻りながら、知識を引っ張り出し始める。


 共鳴魂は輪廻のバグとも言われる現象で、意図して発生させられるものではなかったはずだが……その特性は「記憶の保持」を考えたときに、抜け道として利用できる部分もありそうだ。

 リンカネートでの転生は魔法能力は残るが、肝心の自我は削り落とされる。もともとはまっさらな状態の相手に対して再教育を施すための魔法であるのだから、この特性は当たり前といえば当たり前なのだが。ウリエルにしてみれば、何よりも避けなければならないペナルティだ。しかし、記憶を一時的に共有できる相手を見つけて、分散できたなら。そして……自我と記憶の喪失を、共鳴に応じたもう片方に押し付けられたなら。そうすれば、例えリンカネートによる転生後でも記憶の保持が可能かも知れない。……全てを引き継げなかったとしても、記憶減耗の緩和は可能だろう。


(だけど……それには輪廻の輪にいる魂を意図的に誘導できれば、という前提条件があるけどねぇ……)


 その辺りはマイハニーに報告ついでに確認するか……と、ベルゼブブは分からないことはサッサと諦め、いつの間にか終演しているレターボックスのみの画面を見つめながら、評論家よろしく彼女の人生の一幕について考えてみる。

 おそらく彼女の語り口からしても、ウリエルが神界に並々ならぬ不信感を抱いているのは事実だろう。「本当に必要な命だけを救うための世界」……か。その口から紡がれる目的や思想は表ヅラは、いかにも崇高なようにも思えるが。よくよく聞いていれば、中身もスカスカの自己満足と欺瞞しか感じられない。

 しかし、彼女はそれを本気で実施しようとしていたのだろう。それには……記憶と力が絶対に必要だ。その両方を得るために、本当は面倒見が良くてお人好しだった姉の厚意を、彼女は抜け抜けと利用したのだ。責任感と博愛。それを十二分に備えていたルシフェルが「自分達」をただただ殺すはずはないと……そう考えての転生計画だったのかも知れない。


(う〜ん……だったとしても、ここまでうまくいくのかなぁ? いくらなんでも……向こう側のご都合主義が罷り通り過ぎてない?)


 とは言いつつ……どこもかしこも、理論と法則に穴が空きすぎているのは否めない。それに、ウリエルの醸し出していた違和感にも妙な胸騒ぎがする。

 仕方ない。胸騒ぎの理由も少し確認するか……と、怖いもの見たさでノクエルの共鳴相手側、つまりはウリエルの記憶を再捜索し始めるベルゼブブ。いくらノクエル側の魂が当て馬だったとしても、相当深く融和しない限り、共鳴魂とは言い習わせない。共鳴魂になった2つの魂は、互いの前世の記憶を共有していることが多いのだ。だから……ウリエル側の記憶をノクエルの魂が握っている可能性も、ゼロではないだろう。

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