13−8 君に嫌われないために
ハーヴェンによると、例の失われていた妖刀・陸奥刈穂は「向こう側」の手に渡っている上に、十六夜丸の話とは大幅に異なる雰囲気だったらしい。結局、その事を再確認する前にお出かけに繰り出したから、まだ話はできていないんだけども。そうして今日は、相談相手な十六夜丸をお供に選んでみたものの……こいつは無駄に長いもんだから、悪目立ちする上にかなり重たい。仕方なしに背中に斜めがけにしてみるが、スーツとの相性も最悪だ。
「あなたからお出かけのお誘いがあるなんて、思いもしませんでした。今日はトレンドのスカーレットピンクのワンピースを買ってもらおうかしら?」
「リッテル。トレンドって、何だ? それ、どこ発信の流行?」
「もちろん、アスモデウス様ですけど?」
一方で嫁さんはどうも、例のスパの流れでアスモデウス&オリエンタルデヴィルコンビと仲良しになってしまったご様子。午前中は女3人で噂話に花を咲かせていたとかで……彼女が無駄な方向へ情報通になりつつあるのが、とっても居た堪れない。
……俺はハーヴェンとそちらさん絡みで、難しい話をしてきたのに。なんだよ、そのお気楽な状況は。
「……とりあえず、孤児院に行くぞ。ザフィさんなら、あいつの居場所を知ってるかも知れないし」
「あいつ?」
「ほれ。前回にお邪魔した時、顔が傷だらけだった商人がいたろ? ジャーノンって言ったっけな。ちょいとギノ君とオトメキンモクセイの種を探すって約束をしてたもんだから、あいつなら手配してくれるだろうと思って。人間界でも麻酔薬として出回っているし、流通ルートも知っているだろ」
「あら……という事は、今日のお買い物はついでなのかしら?」
お誘いがついでなのが不満だったのか、俺の答えに顔を曇らせるリッテル。
ハイハイ。分かっていますよ、分かっていますとも。お姫様はいつだって、自分ファーストじゃないと、気が済まないんだよな?
「……ついでで連れ回すつもりだったら、ハナから声なんか掛けねーし。先にちょっとした用事を済ませてから、きちんとお買い物にもお付き合いしますから。お楽しみは後に取っておくつもりだったんだけど」
「まぁ、そうだったの? ウフフ、グリちゃんったら。本当に、よく分かっているのですから」
えぇ、そりゃもう。俺は君に嫌われないために、常々必死なのですから。契約したあの日から……そればっかりを考えてきたんだから、すぐに分かって当然だろう。というか、グリちゃんはやめてくれ。
「は〜い、どーもー。お邪魔しまーす」
「こんにちは。えっと……」
「あっ、はい! ルシー・オーファニッジにようこそ」
前回は空っぽの受付で、アーニャを呼んだりしたけれど。何やら、新顔のお姉さんが受付でにこやかに挨拶をしてくれる。……ここ、孤児院だよな? どうして、しっかりと受付嬢がいるんだ?
「アーニャかザフィがいれば、会わせて欲しいんだけど。お姉さんは新人さんか?」
「はい。先月からこちらに勤めております、パトリシア・ミカエリスと申します。えっと……アーニャさんはいませんが、ザフィ先生はいらっしゃいますよ? 失礼ですが、お名前を伺っても?」
「あぁ、そうだよな。失礼しました。俺はグリードと言いまして。シルヴィアちゃんの状態を確認しに来たのと、教えて欲しいことがあって寄ったんですけど。で、こっちは嫁さんのリッテルです……っと」
何気ない俺の自己紹介に、リッテルも丁寧に応じて頭を下げてはいるが……彼女も何かに気づいたのだろう。どことなく、不安そうな視線をこちらに向けてくる。一方で、アッサリと俺達の用向きを飲み込んで、早速ザフィを呼びに行ってくれるパトリシアさんだが。……どっかの誰かさんとのファミリーネームの一致は、タダの偶然だろうか?
「あなた、もしかして……」
「いや、まだそうと決まったわけじゃないけど……もしかしたら、もしかするかもな?」
ミカエリスの記憶は完全封印状態だが、悪魔の研究をしていたのは、何となく分かっている。そして、あいつが最期を迎えたのはあの場所……ナーシャとか言う地方の谷底なのも、分かり切っている事だ。距離の乖離から、偶然の可能性も捨て切れないが。……お姉さんの髪色といい、瞳の色といい。雰囲気が似ている事を考えても、偶然ではない気がする。
「おや、グリード。今日はどうしたんだい?」
俺が嫌な予感をさせていると、ザフィが白衣を引っ掛けながらやってくる。きっと、俺がザフィの知り合いらしい事を認識して、安心したのだろう。パトリシアさんが人懐っこい笑顔を見せながら、受付でお仕事の続きとばかりに、何かの計算をし始めた。そんな受付前で……さっさと用事を済ませようと話をしてみるけれど。この流れで、後で彼女にもちょっと質問をしてみるか。
「あぁ、ザフィ。久しぶりですね、っと。ちょいと薬の追加分を配達しに来たついでに、ジャーノンの居場所を知っていれば教えて欲しいと思って来たんだ。ザフィはあいつがどの辺で仕事しているか、知ってる?」
「いや、そこまでは知らないけど。ふ〜ん? それにしても……どうして武器商人のグリちゃんが薬商人のジャーノンさんに会いたがるんだか」
「……グリちゃんはやめろ、グリちゃんは」
意地悪そうな笑顔を頂きながら、ゲンナリしている俺の隣でクスクスと笑っているリッテルだけど。……お前、神界で何を言いふらしてくれてんだよ。
「ザフィはハーヴェンの所のギノ君って知ってる?」
「最近は会ってないけど……もちろん、知っているわ。ギノ君がどうしたの?」
「うん。そのギノ君がオトメキンモクセイを育ててみたいらしくてな。なんでも、昔住んでいた所に咲いていた思い出の花なんだと。だから、種か苗があれば、分けて欲しいと思ってさ。ジャーノンだったら、手配もしてくれそうなもんだから。取引の交渉をしてみようかな、と」
「あぁ、そうだったの。ふ〜ん……グリちゃんがギノ君のために、ねぇ……」
メガネをクイクイしつつも、含み笑い込みの意地悪い顔をするザフィ。あの、いつも思うんですけど。天使って……悪魔以上に意地悪だと思うのは、気のせいでしょうか?
「ま、そんな意地悪はさておいて。その用途であれば、普通の青い花を育てる……で合ってる?」
「もちろん、利用用途は観賞、青花一択だ。それはそうと……意地悪って自覚あるんだな、お前」
「ふふ〜ん。どうかしら〜?」
この天使の皮を被った、悪魔! 俺以上に悪魔っぽいぞ、畜生!
「とは言え……私はジャーノンさんのお勤め先、知らないのよねぇ。で、アーニャは今まさに、ジャーノンさんとデート中なんだけど」
「はぁっ?」
あのアーニャが……人間とデート? 何がどうなって、ジャーノンとアーニャがくっつく結果になるんだ?
(もしかして、記憶絡みか? う〜ん……それとも、個人的趣味を先行した結果か……?)
「あ、あなた。何をそんなに悩んでいるのよ。いくらなんでも、失礼でしょ? それに……」
「それに?」
俺を失礼だと詰りつつも、嫁さんには妙案があるらしい。ヒソヒソと耳打ちしてくれたところによると……彼女にはアーニャの居場所を把握する術があるという事だった。しかし、そんな彼女の機転に、空恐ろしいものを感じる。えっと……それって、つまり。リッテルがその気になれば、俺もどこにいるか分っちゃうって事?
(契約って、そんなところまで丸分かりなんだな。これ、個人情報流出どころじゃ済まないじゃん……)
理不尽な現実に目眩を感じても、もう遅い。契約自体は、こちら側から強制解除もできるみたいだが。「契約は死ぬまでずっと」なーんて、大口叩いた部分もあるし。今更、約束を引っ込めるのは格好悪い。
「そっか。そんじゃ、アーニャを探すとして……悪いんだけど、これをシルヴィアちゃんに渡しておいてくれるか? 念のため、補充もしておいたほうがいいだろ」
「あぁ、いつも悪いわねぇ。そうそう。そのシルヴィアちゃんだけど。お陰さまで、真っ白からは脱出できそうよ。きっと、本来は金髪だったんでしょうね。髪も目も、ちゃんと色が乗ってきたから……もう、そんなに心配はいらないと思うわ」
医者の私が言うんだから、間違いなし! ……と、豪快に笑い飛ばしてくれちゃうザフィだけど。こいつ、本当に中身は天使なんだよな? どっからどう見ても、その辺のおばちゃんにしか見えないんですけど。
そんなザフィを見送った所で、パトリシアさんにも声を掛ける……ついでに、確認も含めて質問を投げてみる。キビキビとお仕事をしている彼女のお邪魔をするのも、申し訳ない気がするが。場合によっては、特別対応も考えないといけないし、情報は集めておくに越した事ないだろう。
「あぁ、こんな所で大騒ぎして悪かったな」
「いいえ、とんでもありません! あなたがシルヴィアちゃんのお薬を持ってきてくれていた、大商人さんだったんですね。すぐにご案内できなくて、申し訳ございませんでした」
うん、このしっかり者具合。あのミカエリスと同じ雰囲気はゼロだな。いや……あのミカエリスだからこそ、周りがしっかりせざるを得なかったんだろうか?
「ところで、さ。パトリシアさん」
「はい?」
「もしかして……パトリシアさんってお兄さんか、弟さんがいたりする?」
「ど、どうしてそれを⁉︎」
あぁ、やっぱり。この妙に既視感のある雰囲気は、偶然の一致じゃなかったんだ。
「も、もしかしてグリード様はお兄ちゃんがどこにいるのか、ご存知なのですか⁉︎」
「あ、いや……少し前に、旅先で一緒になったことがあってな。悪魔研究をしているなんて、危なっかしい事を言ってたもんだから、記憶に残ってて。どう? その後、ミカエリスさんは元気?」
「……それが、いつもならそろそろ帰ってくるはずなのに、帰ってこないんです……。まぁ、飛び出したまんま何ヶ月も顔を合わせない事もあるので、いつもの事ではあるのですけど……。ただ、聖夜祭には必ず帰ってきていたはずなんですよね……」
勢いで確認してしまったとは言え、実はそのお兄さんは悪魔になっているんですー……なんて、言えるはずもなし。仕方ない。本人にも確認して、記憶の封印解除のお手伝いを強行するしかないか。
「そっか。それじゃぁ、もし旅先で会ったらパトリシアさんが心配していたぞって、伝えておくよ。まぁ、あの様子だと、そのうちひょっこり帰ってくるだろうさ。だから、そんなに気落ちしなさんな」
「そうですね。主人に任せておけば大丈夫ですよ、パトリシアさん」
「は、はい……! 是非、よろしくお願いします!」
必死さが滲むような勢いで誠心誠意頭を下げられてしまうと、答えを知っている手前、もの凄く切ない。兎にも角にも……帰ったら、ダンタリオンからミカエリスを奪還して、話をしてみよう。全く。兄貴がこんなにも妹を心配させてて、どうするんだよ。




