13−6 与える側面と、奪う側面(+番外編「旦那様達のエレジー」)
「ま、変な感傷はさて置いて。正直なところ、紋章魔法の発動は結構ハードルが高い。根源の制限もそうだが、1つの魔法で2種類の構成がある時点で、錬成もかなり面倒でさ……」
紋章魔法を使えもしない相手に、奥の奥まで解説する必要もないと思うけど。俺自身も妙におセンチになっちまったし、ここは洗いざらい喋っておいた方が気もラクだと思う。……俺の勝手な気分転換にしかならないし、どこまでも独善だけどな。
「祝詞を刻む方は錬成の度合いで与えられる力や効果も変わってきたりして、裁量を間違えると配下に苦労させることになるな。でも、こっちは錬成自体も簡略化できるもんだから、慣れちまえば苦労はしないけど。問題はやっぱ、取り上げる方だ。そっちは錬成以上に、魔力消費量もバカにならなくて。大体、最下落ちの罰を与えないといけない程の失態なんて、そうそうねーし。最終手段を使うレベルのオイタがどんなもんなのか、俺も聞きたいよ」
そうして、私見混じりでエンブレムフォースの話をしてみるけれど。しかし、そんな祝詞を取り上げる方をアスモデウスはハンス(元はインキュバスだったらしい)に使ったんだよな……。はっきり言って、この軽はずみはあいつのオツムが足りないから、だと思う。
インキュバスの祝詞自体は、アスモデウスお手製のオプションだったとしても。1度やったものを毟り取るのは、完全に反則だとしか思えない。どんな物でも1度手にした物を失うのは、かなりの苦痛を伴う。魔界じゃそれも当たり前だと言えば、それまでだけど。……存在までもを奪うのは、流石にやり過ぎだ。
「紋章魔法は1つの魔法で与える側面と、奪う側面があるのですね。そんな2面性を持つ魔法があるなんて、非常に興味深いです! まさか、真祖様ご本人の口から、こんなに貴重なお話がお伺いできるとは! 今日はギノ君のお見舞いとは言え、こちらにお邪魔して良かった……!」
「……ゲルニカ、少し落ち着け。紋章魔法が珍しいのは、分かるけど……それ以上暴走したら、エルノアから奥さんにチクられるぞ」
「はっ! それもそうだね……。えぇと、エルノア……」
「……今日の父さま、格好悪い。母さまには内緒にしてあげるけど、私はいつもの父さまがいい」
「ゔ……」
ゲルニカさんのこのノリ、間違いなくダンタリオンと同じだな。……エルノアちゃんにまで呆れられているとなると、かなり重症だと思う。
「しかし、ハーヴェン。どうして、お前がエンブレムフォースを気にしているんだ? 何かあったのか?」
「うん。実はな……人間界で使われた痕跡が見つかったらしい。人間界では悪魔の存在は逐一、監視対象になっている手前、対象者も含めて、術者も分かりそうなもんなんだけど。しかし、向こうさんのデータを洗っても、見えてこないらしくてな。だから、ルシファーから真祖の皆さんにエンブレムフォースの発動について、聞いてきて欲しいって、頼まれていたんだよ」
「そういう事。ルシファーは元・傲慢の元締めとは言え……純粋な真祖じゃないからな。エンブレムフォースが使えない時点で、構成情報が分からないのは無理もないか。しっかし、だとすると……それ、何かの間違いじゃないの?」
「何かの間違い?」
「いや、だってさ。エンブレムフォースの発動は魔界だけって、隠れルールがあるんだよ。ヨルムツリーは何かと、責任の取り方に拘るからな。あいつの知らない所で、好き勝手な理由で気軽にお仕置きをしてくれるなってこったな」
流石に配下に名前と祝詞を与えるのには、いちいち口出しはしてこねーけど。お仕置きは注意しておかないと、結構マズいな。
「上級悪魔を貴重がるのは、真祖だけじゃないんだよ。神界へ牙を剥くつもりでいたヨルムツリーにとっても、戦闘員確保は最優先事項だ。その隠れルールを無視してパスした場合、真祖側にも存在の削減っていうペナルティが発生する」
「そ、そうか……。そうなると、余計、分からなくなってきたな……」
俺の答えに納得するどころか、ますます深みに嵌りましたと、難しい顔をするハーヴェン。……一方で彼の表情を他所に、小悪魔共は楽しそうに世間話をしているんだけど。何だろうな、この温度差。
「ハーヴェン、何がそんなに引っかかるんだ? 人間界で使われた魔法は紋章魔法じゃありませんでしたー、チャンチャン……で終わりじゃないの?」
「それが、そうでもないんだよ。使われたらしい魔法は、紋章魔法で間違いないらしいんだ。ほれ、マモンはリッテルと全幅契約持ちだったろ?」
「え? ……あ、あぁ。それはそうだけど」
「でな。向こうさんでマモンの魔法データとその魔力データを照合したらば、お前の紋章魔法とピッタリではないにしも、ほぼほぼ構成が一致する魔法だってことまでは分かっているんだと」
なるほど、そういう事。リッテルと全幅契約した時点で「個人情報流出」はある程度、覚悟していたけど。契約1つでそこまで分かるもんなんだな、天使ちゃん達の監視システムってヤツは。おぉ、怖い怖い。
「ふ〜ん……だとすると、俺は“容疑者”からは外れてるってことか。ま、人間界で紋章魔法をぶっ放す程、俺も馬鹿じゃないけどな。何れにしても、それを使った奴は裏ルールを知らないか、無視しているかのどっちかだろうな」
そこまで答えて……ペナルティに対して抜け道はないにしても、リカバリー方法がある事を思い出す。その辺の例外まで、こんなところで喋ってもいいだろうか……と考えていると、金色の瞳を更に輝かせて、俺の言葉を今か今かと待っていらっしゃるゲルニカさんの視線が、刺さる、刺さる。……仕方ない。ハーヴェン(延いては天使ちゃん達)に伝える意味でも、補足しておくか。
「紋章魔法はある意味、種族限定魔法だし……これ以上の説明は無駄だと思うけど。一応、情報追加をしておくとな。真祖側のペナルティにはチィっと、抜け道があるのは事実だ」
「抜け道?」
「存在の削減……つまり、真祖の威厳の目減りはどうしても避けられないが、補填する事は可能なんだよ。……ハーヴェンは悪魔が呼び出しに応じる時に、どうして生贄を要求するのかは知ってる?」
「いや? そもそも、召喚儀式自体に出くわした事もないし……」
あぁ、言われればそうだな。ハーヴェンは悪魔になってから、300年くらいしか経っていない「新人」だ。あの存在感で、新人という肩書が相応しいのかは分からないが……こいつが悪魔になってからの時代だと、召喚儀式も既に失われている秘術だろう。召喚儀式も魔術の類である以上、発動には魔力がどうしても必要だ。だから、ユグドラシルが燃えちまったご時世じゃ、知らないのは当たり前かも知れない。
「そんじゃ、説明しておくと、だな。悪魔が人間の呼び出しに応じるのは、生贄の魂が欲しいから……延いては、無念をヨルムツリーに捧げるためだ。生贄にされた方は当然ながら、理不尽に悔しい思いをしてやってくる奴が多い。で、悪趣味なことに……人間共の悲嘆や絶望もヨルムツリーの大好物でな。性格の悪い偉大な親玉様に、大好物を提供した悪魔には見返りが用意されている、と。つっても……ご褒美もシケてるな。魔力配給を優先してもらえるみたいだけど、真祖はハナからその恩恵もないし。魔界は基本的に、自己責任と自助努力で何とかせい……っていう放任主義社会だからな。ちょっとばかし魔力を優先されても、旨味はほぼないな」
そこまで話してみると、つくづく真祖のお役目は割りを食っている気がする。権威や実力は与えられていても、ワガママ放題の配下のフォローを押し付けられている時点で、割に合わないだろ。まぁ……「面倒の見方」には決まったルールもなければ、ガイドラインもないし、手抜きもできる。俺自身も細かいところにハマり過ぎなのは、自覚もしてはいる。だけど……考えれば考える程、いらない気苦労をしている気がしないでもない。
「まぁ、その辺はどうでもいいか。この場合、問題にするべきは……人間共の絶望を糧にできるのは、ヨルムツリーだけじゃないってコトだな」
「絶望を糧にする……? それ、どういう意味だ?」
「は? ハーヴェン、お前……そんな事も知らないのか? そんな調子で、よく悪魔を名乗ってたな……?」
「いや、俺自身は悪魔だってベルゼブブに言われて、お迎えされたし。一応、悪魔だと思うけど……」
「あっ、そぅ……」
こいつ、本当に悪魔の自覚あるのか? そんな基本的な事も知らないとか、俺以上に悪魔失格なんじゃ……?
「ハーヴェンのお人好しはこの際、忘れておくとして。悪魔が人間を唆して誑かすのは、お仲間を増やす目的もあるけれど、それ以上に、そいつらの絶望と欲望……怨嗟を吸収するためだ。補填、ってのはそういう事。本来であればヨルムツリーにお供えされるはずの怨嗟を、奴の懐に入る前に横取りすりゃ良い」
ただ、召喚儀式で用意される生贄の怨嗟は直接、魔界に流れ込む傾向がある。でも、ヨルムツリーにそんな事が知れたら……補填どころか、下手すりゃ最下落ちに真っ逆さまだ。なので、魔界であいつの上前を撥ねるのは、リスキーもリスキー。避けるに越した事はない。
「だから、確実にお手当が欲しい場合は人間界で大虐殺でもやって、直接魂を啜るのが手っ取り早い。でも、そんな事をしたら、今度は天使ちゃん達に見つかっちまうだろうな。つーワケで、補填自体にもかなりの覚悟が必要だな。リスクも危険度もブッチ切りな事を考えると……人間界でエンブレムフォースを発動するのは、馬鹿か阿呆のするこった」
「……そ、そうだったんだ……」
そうだったんだ、って。何を間抜けな事を言っているんだよ、お前は。
「……ハーヴェン。お前、本当に悪魔なんだよな? そんな事も知らなかったなんて……マジで大丈夫?」
「まぁ、まぁ、マモン様。そう仰らずに。ハーヴェン殿は悪魔らしからぬ方ですから。私も時折、本当に悪魔なのかを疑ってしまうことがあります」
「ゲルニカ……それ、褒め言葉なんだろうか? それとも……あ、うん。ここは褒め言葉として、受け取っておこうかな。俺も悪魔って言われるよりかは、精霊扱いの方が気分もいいし」
ゲルニカさんの取りなしに、ケロリとそんな事を言い放つハーヴェンだけど。いや、待てよ。何だよ、その鮮やかな納得の仕方は。俺なんか、悪魔っぽく振る舞おうと艱難辛苦、試行錯誤しているのに。ハーヴェンは間抜け面から、悔しいほどに清々しい顔をしやがった。
(あぁ、そうか。俺も精霊になり切れば、悩まなくて済むのかな……)
うん、そうしよう。嫁さんの精霊として生きていた方が、いっその事、気分もいいかもな。
【番外編「旦那様達のエレジー」】
「……ところで、マモン」
「あ?」
「怪盗ゴッコって、何?」
「……それを、聞くのか? お前はそれを、俺に聞くんだな?」
「うん。参考までに知りたい」
ハンスが怪盗ゴッコでマモンが振り回されている……なーんて、言うものだから。つい、興味本位で畏れ多い真祖様に質問をぶつけてみるけれど。「裏切り者」と言いたげな顔を向けながら、意外と素直に渋々と呟くマモン。
「……この間、ミカエリスをお迎えに上がった時に、仮面を着けてお仕事に出かけたんだよ。だけどさー……運悪く、嫁さんに見つかっちまってな。こっそり出かけるつもりだったのに……」
「そうだったんだ……」
確かに、真祖達がお仕事で人間界に出向く時は「仮面込み」がルールだったかと思う。俺には仮面の様式美は分からないが、あのベルゼブブも従っているのを見る限り……かなり重要なルールなのかも知れない。
「でさ。仮面を着けたまま、怪盗っぽいセリフをお願いなんて言われてな。……仕方なしに、それっぽい事を言ってやったんだよ……」
「あの……何て、言ったんだ?」
「……言いたくない。思い返しても、あんなセリフを吐いた自分にゾワゾワして……その辺は分かってくれないか」
「あっ、ハイ。……お互いに色々と苦労するな?」
「うん、そうだな。なぁ……ハーヴェン。嫁さんって、どうしてあんなに強引なんだろうな……?」
「……ごめん、それは俺にも分からない」
いよいよ涙目になり始めたマモンの背を摩ってやりつつ……自分以上に苦悩している彼に同情してしまう。
こうなると、本当に……真祖様も形なしみたいだなぁ。




