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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第12章】恋はいつだって不思議模様
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12−36 大人になるために

 しっかり嫁さんにザッハトルテ(携帯バージョン)をお渡しし、見送ったところで……慌てた様子のコンタローが、キッチンにやってくる。いつもなら、彼がここにやってくるのは、もうちょい後のはずだけど。……何か、あったのだろうか?


「お、お頭! あのっ……!」

「コンタロー、どうした? 腹でも痛いのか?」

「もぅ! 違うでヤンすぅ! 坊ちゃんの様子がおかしいんでヤンす!」

「ギノの様子が……おかしい?」


 連日八の字になりっぱなしの麻呂眉で、最大限に緊急事態を知らせてくるコンタローの報告に一大事と、3階まで一気に駆け上がる。そうして、ギノの部屋に入ってみれば。壁際のベッドで、小さく唸りながら呻き声を上げている彼の姿が目に入った。


「お、おい……ギノ、大丈夫か?」

「……ヴ、だ……大丈夫です……。ただ、ちょっと……体が重たくて、少し……痛くて……」

「体が重たくて、痛い……?」


 彼の言葉を確かめるように、布団からはみ出している尻尾をまじまじと確認すると……所々、鱗が剥がれ落ちていて、床の絨毯に黒い斑点模様を作り出していた。そして、鱗が剥がれ落ちた後の尻尾を見やると、黒に染まり切っていない銀色が顔を覗かせているのが見える。これは、もしかして……。


「まさか……」

「お頭、どうしたでヤンす? 坊ちゃん、大丈夫なんでしょうか?」

「多分、こいつは脱皮じゃないかな……」

「アフ? 脱皮でヤンすか?」


 竜族は大人になるために、何度か脱皮をして成長すると聞いてはいたが。そうか。ギノはここに来て、大人の階段を登り始めているのか。


「……コンタロー、悪い。今日の予定をちょいと変更。すぐに帰ってきていいから……お前にはベルゼブブの所に、お使いを頼んでもいいか?」

「あい! もちろんでヤンす。お頭は坊ちゃんの所にいてあげて欲しいでヤンす」


 情けない感じだった麻呂眉を凛々しく吊り上げると、得意げに胸を張ってお使いを快諾してくれるコンタロー。やる気に溢れた彼に早速、ザッハトルテのデリバリーをお願いすると……俺はゲルニカを呼びに行かなければと、エプロンを脱ぎ捨てる。そろそろ、ハンナ達も起きてくる頃だろうけど。……今はそんな事を言っている場合でもないだろう。とにかく、ここは大精霊の竜神様に診てもらうに限る。


***

「……どうだ、ゲルニカ。ギノは大丈夫そうかな?」

「うん、きっと大丈夫だろうけど……ギノ君にしたら、初めてで痛みが強いのだろう。ギノ君。少し辛いかもしれないけど、これは病気じゃないから安心して。痛みを鎮めるお香をすぐに焚いてあげるから、ゆっくり呼吸をするんだ。そう、ゆっくり……ゆっくり……」

「は、はい……!」


 早朝の、しかも突然の訪問にも関わらず……事情を説明したらばこちらはこちらで、一大事とばかりに駆けつけてくれたゲルニカ。竜族の彼にもギノの症状が脱皮だと判断してもらえれば、かなり安心できるものの。……脱皮って、痛みがあるもんなんだな。

 俺が少しばかり深刻に考えていると、ゲルニカが一頻りギノの頭を撫でてやった後で、予断なく準備してきたらしいお香を準備しはじめる。流石、竜神様印の秘薬は効き目が違う。さっきまで苦しそうにしていたギノの顔色が、お香を焚いた瞬間から穏やかになった。


「坊ちゃん……脱皮するんですかい?」

「そうみたいだな。病気じゃないし、このまま見守るしかないが……」

「そうですね。本当に、病気じゃなくて良かったです……」


 俺がゲルニカを呼びに行っている間、しっかり起きてきたハンナ達と一緒に、ギノの様子を見つめているが……どうやら、本格的に気分が落ち着き始めたのだろう。やがて彼が微かな寝息を立てて、スヤスヤと眠り始めた。


「剥がれ落ちた跡が銀色なのを見る限り……きっと、ギノ君は自分の中の感情と向き合って、乗り越えたのだろうと思う」

「感情と向き合って……乗り越える?」

「あぁ。黒い鱗……つまり、闇属性のハイエレメントを持つという事は、瘴気への親和性も内包している事を示している。瘴気というのはご存知の通り、毒性があるだけではなく……場合によっては負の感情を吸収しては、大きく膨れることがあってね。……例えて言うならば、自分の中に小さな魔禍を飼っている状態だと思ってもらえれば、分かり易いかな?」


 魔禍を飼うって……。例えだったとしても、かなり物騒な気がするんだが。……ギノは大丈夫なんだろうか。


「竜族は鱗に魔力を溜められる反面、魔力の状態に非常に影響を受け易い。そして、瘴気は悪い感情と結合する性質がある。だから、溜め込もうとしている魔力が瘴気込みであったなら、その感情さえも一緒に取り込む事になってね。だけど、ギノ君は溜め込んだ感情にきちんと向き合って、浄化の第一歩を踏み越えたんだろう。だから、この子の鱗は銀色に戻ったんだ。まぁ、それもすぐに黒くなってしまうだろうけど……。ここまでできれば、後はそんなに心配もいらないだろう。……ギノ君、本当によく頑張ったね」


 とても嬉しそうに、とても穏やかに。ゲルニカが心から祝福するかのように、優しく微笑みながらもう1度ギノの頭を撫でている。そうされて、ますます穏やかな吐息を漏らしては、頬に赤みを取り戻したギノの様子に……一安心、といったところか。


「今朝は突然呼んじまって、すまなかったな。俺もどうしてやればいいのか、分からなくて……本当に、来てくれて助かったよ。ありがとう」

「いや、気にしないでくれ。寧ろ、呼んでくれて嬉しいよ。ギノ君の一大事とあらば、居ても立ってもいられないのは私も一緒だからね。しばらく様子を見にお邪魔したいのだけど、構わないだろうか?」

「あぁ、もちろん構わないぜ。こちらからお願いしたいくらいだ。ギノの脱皮が落ち着くまで、よろしく頼むよ」


 そうしてようやく朝食の準備でもしましょうかと、ハンナ達に声をかけてみれば。安心したのも手伝って、ダウジャが期待一杯でこちらを見上げてくる。その能天気っぷりにハンナがちょっと険しい顔をしたけれど……ゲルニカも誘っての朝食ともなれば、エルノアも喜ぶに違いない。

 あっ、そう言えば。コンタローは、無事にお使いを済ませてくれただろうか。すぐに帰ってきていいと言ったのに、まだ帰ってこないし……もしかして、ベルゼブブに捕まったりしたか?


***

「あぅ……ベルゼブブ様、そろそろいいでヤンすか? おいら、早く帰りたいでヤンす。坊ちゃんが心配でヤンす……」

「もうぅ。コンタローはいつから、そんな薄情者になったの? 僕、ちょっと小腹が減っている上に、話し相手が欲しいの! そのためにも、ハーヴェンに来てもらうようにお願いしたのに……。だから、代わりに話し相手になってよね」

「ハゥゥゥ……」


 いつもの悪趣味な部屋の、いつもの悪趣味なソファ。精神攻撃に余念のない空間にこじんまりと座りながら、コンタローが涙目でしょげている。相手が自分の最大級の親玉である事もあって、ご要望を無視するわけにはいかない手前……仕方なく、話し相手になっているものの。話の内容もさして重要でもない上に、完全に愚痴なものだから……襲いくる「災難」にひたすら耐えるしかないのが、とにかく切ない。


「全く、ハーヴェンもハーヴェンだよね。僕にお菓子を差し入れてくれるって言っていたのに、おねだりしないと持ってきてくれないじゃない。ブゥ〜! ベルちゃん、不満なんですけど!」

「あ、あの……ベルゼブブ様。お頭はとっても忙しいんでヤンす。お菓子の配達はおいらでもできますから、許してあげて欲しいでヤンす……」

「あっ! コンタローまでハーヴェンの肩を持つの〜? もう! 僕もこうやって天使ちゃん達のために頑張っているのに、ご褒美がないんだけど!」

「ご、ご褒美でヤンすか?」


 ザッハトルテ丸ごと2個だって、かなりのご褒美だと思うのだけど。コンタローはとうとう、ベルゼブブの欲深さに呆れ始めていた。……これ以上、暴食の悪魔が何を望むと言うのだろう?


「そう! マイハニーの愛だよ、愛! 僕もお嫁ちゃんとイチャつきたいのに、屋敷を改修しないといけないんだよ? どうして、僕だけそんなハンデを背負わなきゃいけないの〜」


 しかし、コンタローが脱力しているのにもお構いなしに、別方向の欲望を爆発させるベルゼブブ。マモン顔負けの強欲っぷりに……いよいよ、ちょっとした忠告を与えずにはいられないコンタローだった。


「……ベルゼブブ様、屋敷の改修はおいらも大賛成でヤンす。魔界中のみんなが同じ意見だと思いますですよ? この際ですから、他所様の意見をちゃんと聞いた方がいいでヤンす」


 そうして呆れついでに、コンタローが本音をポロリと漏らす。以前であれば、ベルゼブブ相手に詰るようなことは絶対に口にしなかったのに。彼の意外な成長に……ベルゼブブは一頻り驚いた後に、ふーんと、短く嘆息する。


「分かっているよ。僕だって、よく……分かっているさ。だとしたら、どうすればいいかな? 正直なところ、僕自身も正常な感性を忘れちゃってて、よく分からないんだよねぇ。やっぱり、ハーヴェンに頼む……あっ、いや。折角だから、ヤーティちゃんに頼もうかな?」

「ヤーティ様でヤンすか? えっと……」

「あぁ、そっか。コンタローは会った事ないっけ、ヤーティちゃん。サタンのところのナンバー2で、彼の城でハウス・スチュワードをしている執事長だよ」

「その方には、お会いしたことはないでヤンすが……サタン様の執事さんであれば、まともなお屋敷にしてくれそうでヤンすね。おいら、それでいいと思いますですよ?」


 ようやく建設的な意見を出し始めた親玉に安心して、お役目完了とポシェットを肩にかけ直すと……ちょこんと一礼して、去っていくコンタロー。そのちっちゃな背中を狂気のカウチの上から見送りながら、寂しさついでに、いつかの約束に思い巡らせるベルゼブブ。


 そう。今更、君はもう帰ってこない。ずっとずっと、面影を追いかけてきた「嘘だらけの彼女」との繋がりを捨てること。本当は金色の輝きを持つはずだった、虚飾の姫君との最後の約束をかなぐり捨てるためにも。さっさとルシファーのオーダーをこなしてしまおう。そんな事を考えながら、一思いにザッハトルテを丸ごと飲み込んでは……身を預け慣れたカウチに背中を埋めて、ベルゼブブは目を閉じた。

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