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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第12章】恋はいつだって不思議模様
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12−33 悪趣味なマッチポンプ

「ハロハロ、マイハニー♪ オシラセダヨ、オシラセダヨ♪」

「……ホヌッ⁉︎」


 オーディエルが調査に行っているそうだったので、その結果を待ちつつ……気持ちを休めようと、自室に引き篭もっていたルシフェルの精神をかき乱す、抑揚のない妙な声。しかし声に聞き覚えはなくても、呼び名には心当たりがある。そうして、嫌な予感を確かめようと……恐る恐る、左薬指に視線を落としてみるが。


「……これが喋っている……のか?」

「オーケイ、マイハニー♪ ダーリンカラ、メッセージ(ピュイッピュー♪)」


 変な口笛っぽい着信音と一緒に、妙な声がメッセージとやらを読み上げ始める。そのあまりの高性能っぷりに……別の意味で、ますます混乱と戦慄を覚え始めるルシフェル。まさか、不本意な結婚指輪が通信機能まで搭載しているとは、夢にも思わなかった。


「ゲンキ、マイハニー。ボクハ、ゲンキダヨ。モウチョットデ、カイセキガオワリソウナンダケド、アタマノエイヨウガ、タリナイヨン。ハーヴェンニ、オカシノサシイレ、オネガイシテオイテ〜……イジョウ、イジョウ! モウイチドメッセージヲキクバアイハ、ムゴンヲ。モウイイバアイハ、“オーケイ、マイダーリン”ト、アツクササヤイテ★」 


 何だ、この悪趣味なマッチポンプは。何が悲しくて向こう側が押し付けてきた魔法道具相手に、そんな恥ずかしい事を言わなければならないのだろう。

 しかし、ルシフェルが反応できないとなるや否や、それを無言の反応と解釈したらしい。再度しつこくメッセージを繰り返し始める指輪相手に取りなしてみても、彼女の懇願を受け入れる融通の利便性は、生憎とない。結局、最後の最後で言わされた感じしかない愛の言葉を熱く囁かされて、1人で耐えがたい屈辱に悶絶するルシフェル。メッセージのご要望を伝えるのは、構わないが。……指輪をしている限り、この悪夢が延々と続くのだろうか?


***

「大丈夫か、ルシファー……」

「うぐッ……あまり、大丈夫じゃない……」

「ルシフェル様、何があったのですか? って、その指輪……!」


 ルシファーが焦燥しきった顔をしてやって来たと思えば、いきなり泣き出したもんだから……嫁さんと一緒に事と次第を聞き出してみたものの。何でも、ベルゼブブからのお願いを「ある物経由」で受け取ったとかで……オーダーをお伺いするついでに、彼女の運命の顛末も聞かされて、ただただ切ない。

 ルシファーはあの後、ご本人様の強すぎる責任感から、ベルゼブブの申し出を条件付きで承諾したらしい。そして早速、ベルゼブブは約束を果たそうと珍しく真剣に事に当たっている……と思っていた矢先に、畏れ多い天使長様の薬指にしっかりと小細工を仕掛けていた。そして、悪夢の元凶を作り出している指輪が、自分が何気なく渡した貴重な霊薬を使ったものだと聞かされて……今度はハンナまで必要以上に責任を感じているらしいのが、これまた気の毒だ。


「……すみません。まさか、ベルゼブブ様が天使長様を縛るためにノレッジサファイアを活用されるなんて、思いもしなかったものですから……」

「いや、いいのだ……。何も、お前のせいではなかろう。これは素材を悪い意味で生かし切る、あいつの嗜好と技術の融合の結果だ。とにかく、若造。あいつはダークラビリンスの発動を理由に、糖分補給を申し出てきた。必要な材料があれば、すぐに用意する故……明日にでも、差し入れに行ってやってくれぬか」

「うん、それは構わないけど……。あぁ、だったら。折角だし、久しぶりにザッハトルテを作りますか。お前達にはそれを持って、ゲルニカの所に行ってもらっていいかな。場合によっては……ギノ。ダンタリオンの様子も見て来て」

「は、はい! あまりのめり込んでいたり、周りが見えていなさそうだったら、止めればいいんですよね?」

「そういう事。流石、ギノは話が早くて助かるなー。ま、それはともかくとして。そろそろ、夕食だから。ルシファーも折角だし、一緒にどう? 今日は擦ったもんだがあって、お昼のおやつも残っていたりするし。お茶も含めて、少しゆっくりして行けよ」

「そうだな……うむ。そこまで言うのなら、一緒に食事をしてやってもいいぞ」


 上から目線は相変わらずなんだな。通常運転のルシファーに安心した……という訳では無く、今度は嫁さんが妙に険しい顔をしている。……えっと。ルシエルさんは、何が気に入らないのでしょう?


「……ザッハトルテ、私も食べたい……」

「あぁ、お前が気にしているのはそこか……。大丈夫。ちゃんとルシエルの分も1人前で作るから。何なら、向こうで食べられるように包んでおこうか?」

「本当⁉︎ だったら……あの」

「うん?」

「そうしてくれると、嬉しい……です」


 ふっふっふ……実に素直でよろしい! 俺は内心でそんな事を安心しつつ、ちょっと順番が違うけれど……お昼のおやつだったはずのスフレとお茶を配りながら、全員を席に着かせる。色々ありすぎて、みんな疲れているだろうし。ベルゼブブじゃないが、今は糖分補給が何よりも必要だと思う。


***

 一頻りお茶と夕食を堪能して、大分落ち着くものがあるのだろう。ようやく例の「過酷な運命」にとりあえずのケリをつけて、天使長らしくルシファーがお仕事の話を振ってくる。


「ところで……ルシエル。魔獣界の方はどうだった?」

「詳細は報告書も提出しますが……向こうでティデルと、竜族としての精霊化に成功していると思われる、少年に出くわしました。ただ……」


 きっとルシエルとしては、ティデルの事をこの場で話す分にはあまり気後しないのだろうが……ロジェの方はギノもいる手前、話づらいのだろう。しっかりスパイスを利かせた食後のチャイを出してやっても、ルシエルの表情も、ギノの表情も。揃いも揃って、思わしくない。……仕方ない。ここは俺がある程度、お話の方向性を軌道修正するとしましょうか。


「ルシファー、一応な。最終的には魔獣族の皆さんと、こちら側の負傷者はなかったんだけど。ただ、例の妖刀がティデルの手元にあってさ。そいつの様子がちょいと、おかしいんだよ」

「様子がおかしい?」

「あぁ。ルシエルの話だと、陸奥刈穂はマモンの刀と同じ原理で作られたモノだって話だったけど……その割には、悪魔に対して、妙に敵対心を剥き出しにしていたと言うか。大人しくて受動的って感じじゃなかったぞ」


 意外と自己主張もティデルへの強制力も強めだった様子を見ても、彼はドップリ「あっち側」に染まっているように思えた。ティデルに親身な助言をしていたのを考えても……腕前に不足がありそうな事を言ってはいたが……彼女を持ち主と認めているのも、間違いないと思う。そんな事を懇々と話ししていると、子供達の方は多分、退屈なのだろう。そちらはそちらで、いつの間にか例の怪盗紳士の話で盛り上がっていた。まぁ……この場合はそれでもいいか。


「……そうか。その刀はティデルの手元にあるのだな。そして……ふむ。確かに、そうなってくると……十六夜丸の話とは若干、食い違うか?」

「だから、明日ベルゼブブの所に行くついでに、マモンにその辺を確かめに行ってくるよ。それでなくても、陸奥刈穂の存在は魔界にとっても大発見だろうし……向こうさんの耳にも入れておいた方がいいと思う」

「そうだな……。あぁ、だったらすまぬが……もう1つ、仕事を頼んでもいいだろうか?」

「お?」


 いつになく萎れているついでに、しおらしいルシファーによると……どうやら、人間界のリルグという町で得体の知れない魔法が使われた痕跡が見つかったらしい。そして、その魔法が所謂「紋章魔法」である可能性が高いから……魔法の行使について確認してきてほしい、という事のようだ。


「それは構わないけど……一応、言っておくと。紋章魔法は冗談抜きで、真祖にしか使えない特殊魔法だ。あれは配下に祝詞を刻むか、取り上げたりする魔法みたいだし。それこそ、ちょっと前に話題に上がった最下落ちを作る時にも使う魔法だったりするんだけど。いずれにしても、真祖が配下の悪魔に対して使う魔法だぞ? そんなものがどうして、人間界で使われていたんだか……」

「それは分からぬ。その詳細を把握するためにも、オーディエルが現地調査に向かっておるのだ。おそらく人間界で夜を迎える前に帰還すると思うが……結果次第では、悪魔にも協力を依頼する事になるかも知れん」


 そうか、分かったよ……何気なく返事しながら、隣を見れば。エルノアがいよいよ船を漕ぎ始めていた。この感じ久しぶりだな、と思いつつも……考えたら、魔獣界でかなりの魔法を使っていたのだろうから、彼女の疲労と眠気は当然かも知れない。あまりに素直な反応に、こそばゆい気分になりながらギノにお見送りをお願いする。


「……プリンセスはおネムの時間みたいだな。もうそろそろ、みんなはおやすみの準備をしなさい。それと……疲れているところ悪いけど、ギノ。エルノアを連れて行ってやってくれるか」

「はい。わかりました。そうですね……僕達はそろそろ、休ませてもらいます。ほら……エル、大丈夫?」

「あ、ぅぅん……」


 朧げな表情で目を擦りながら、なんとか意識をギリギリ保っているようだが……うん、これは完璧におネムモードだな。そんな彼女の様子にコンタロー達が嬉しそうにクスクス笑っている横で、仕方ないなぁ……とか言いながら、しっかりエルノアを抱き上げて撤収していくギノ。……そう言えば、ギノはいつの間にかエルノアを抱き上げて運べるようになっていたんだ。ついこの間まで、移動は手を引くのが精一杯だったが。……子供の成長は知らないところで、しっかりと進んでいるものなんだな。


「……さて、私もそろそろ暇するとしよう。今日は本当に色々あったが……お前達にも労いの言葉をかけるべきだな。魔獣界の件、ご苦労だった。今後の事はルシエルの報告をもって考えるが……ある程度、アークノアの状態には目をかけてやった方がいいのかも知れん。いや、アークノアだけではないか。ローレライにグリムリース……そして、ドラグニール。折角、大天使が4人揃ったのだ。それぞれの領分に沿った使者を立て、霊樹の様子を把握するのも無駄ではなかろう」


 それぞれの領分……か。そう言えば、長老様がドラグニールはかつてミカエルがもたらしたと言っていた気がする。そういう意味でも、神界の皆さんは恐ろしいな。何だかんだで、精霊達の運命を握っている現実に……俺は隣にこじんまりと座っている嫁さんの恐ろしさを、改めて再認識していた。

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