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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第12章】恋はいつだって不思議模様
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12−30 天使長様の左薬指

「ルシフェル様……それ、何ですか?」

「気にしないでくれるか……ミシェル」

「いや、気にするなって言われても、無理でしょ……それは。誰に貰ったんです?」


 この世の終わりと言わんばかりのお顔で、帰ってきた天使長様の左薬指を見れば。そこには、燦然と輝く青い指輪が嵌っている。明らかな非常事態を気にするなと言われても……ボク、とっても気になるんですけど?


「ルシフェル様、お帰りなさいませ。……ベルゼブブ様との交渉はいかがでした?」

「うぐ、済まない。それは別途、報告する故……少しばかり、1人にしてくれぬか……」

「そうですか。そのご様子ですと、断られてしまったのですね……」


 ルシフェル様の帰還を察知して、待ち焦がれたとラミュエルも出てくるけれど……天使長様のあまりに浮かない顔に、交渉が失敗した事を気取ったらしい。あぁ、そういう事か……。ベルゼブブは意外と、天使側には非協力的だったんだ……。


「いや、そうではないのだ。ベルゼブブの協力は引き出すことができてな。既にノクエルの亡骸も預けてきたのだが……私が気落ちしているのは、代償があまりに大きかったからでな……。グスッ……! 花嫁になるというのは、こうも辛いことなのだろうか……!」

「花嫁になる……? って、エェッ⁉︎ ちょ、ちょっとルシフェル様! 何をこんな所で……! あっ、とにかく部屋に行きましょ、部屋に!」


 余程に辛いことがあったのか、いきなり涙を流し始める天使長様。えっと……何がどうなって、こうなるんだろう。それに花嫁になるって、誰の? そもそも、ルシフェル様もちゃんと涙を流せるんですね。ボク、とっても意外なんですけど⁉︎


「うぐ……! そ、そうだな……。済まないが……少々、部屋に篭ってもいいだろうか……」

「あ、ハイ。それは構いません……と、言いたいとこなんですけど。実は、すぐにでも相談したい事がありまして……」

「……ほぬ? 相談したい事? どうした。何があったのだ?」

「その辺は、ラミュエルから説明してもらったほうがいいかな? ……間違いなく、緊急事態だと思いますよ、コレ」


 ラミュエルがルシフェル様のご帰還を、今か今かと待っていたのには当然ながら、訳がある。とあるエリアの塔が異常を検知したのだけど、収集された魔力データがあまりに異常すぎて……早めにルシフェル様に相談しないと、マズいだろうと踏んだからだ。


「えぇ……ナーシャのリルグ付近で、異常な魔力反応を検知しました。片方はオーディエルが報告してくれていた例の“新生ハール”のものと思われるのですが……そのすぐ後に、全く別の魔力反応の痕跡が残っていたのです。しかも、使われた魔法の種類も特定できないものだったみたいで……現在、オーディエルが別途、現状把握のために調査に出向いております」

「魔法の種類も特定できない? それはどうしてだ? 塔に魔力反応が残っていれば、魔法の特定は容易いだろうに」

「それが、そうでもないんですよ〜。ボクも魔力データを照合してみたんですけど……明らかにデータベースにない魔法なんですよ、コレが」

「神界のデータベースにない……となると、まさか?」

「ハイ。その、まさかだと思いますよ。多分、偽ハールの後のヤツは悪魔言語……ヨルム語の特殊魔法だと思われます。それでもって、今ある悪魔の精霊データ……特にマモンとハーヴェン様、ダンタリオンの行使可能魔法データとも照合してみましたけど、いずれも完全一致では引っかからない魔法でした。ですから、今回のは特殊な固有魔法の可能性が高いかと」


 固有魔法……それは特定の種類にしか、行使を許されない特殊魔法のことだ。

 例えば、竜族の中でも「ドラゴンプリエステス」は創世魔法と呼ばれる、1つの独立世界を作り上げる魔法を使えたりするけど。それは彼女が特殊魔法のアルゴリズムと一緒に、「種類」というキーを存在自体に内包しているからできる事であって、他の種類の竜族はキーを持ってない以上、どう頑張っても同じ魔法は使えない。

 同じようなケースは他の種族にも多かれ少なかれあるだろうし、実際にボク達天使にだって大天使以上でないと行使できない魔法もしっかり存在する。その辺りはきっと、悪魔側も変わらないと思う。


「とは言え、完全一致はないにしても……構成情報の85%が一致する魔法を、マモンが使えることは分かっています。で、その魔法なんですけど。どうも……かなり特殊な封印系の魔法みたいです」

「……そういう事か。その魔法は所謂、紋章魔法なのではないか?」

「あぁ、気付きました? さっすがルシフェル様です。ボクも問題になっている魔法は、紋章魔法の別バージョンだと見ています。構成に関しては、それこそマモンに聞いた方が早いと思いますけど。でも、マモンの紋章魔法とは一致しない事を考えても、他の真祖を当たった方がいいかも知れませんねぇ。他の真祖はまだ、精霊情報も魔力データも確保できていませんし。あぁ、そうだ。まずは魔法知識が豊富らしい、ベルゼブブあたりにでも……」


 ボクが当然の流れで、暴食の真祖の名前を出した途端……またもや、急に萎れて涙を再放出し始めるルシフェル様。えっと……ボク、何か悪いこと言った? 今の流れで泣き出されたら、ボクがイジメているみたいじゃないですかー!


「ルシフェル様、落ち着いてください……。先ほどから、どうされたのですか? まさか……ベルゼブブ様に何かされたのでしょうか?」

「うっ、うっ……! 私は……私はどうすればいいのだ⁉︎ まさか、この期に及んで……ベルゼブブに嫁入りする羽目になるなんて、思いもしなかったぞ……!」

「「えっ?」」


 最後の最後に……明らかに非現実的と思われる、婚約のご報告をくださる天使長様。彼女の突発的なご申告に思わず、ラミュエルと一緒に間抜けな声を上げちゃったけど。あぁ、そういこと。ベルゼブブは、ボク達に協力する代わりに、天使長様を人質に取ったんだ……。だとすると、指輪の送り主は……。


「ルシフェル様……一応、確認です」

「ゔっ……グスッ。何だ? ミシェル……」

「その指輪、ベルゼブブから貰った物で……間違いありませんか?」

「ま、間違いないぞ……。何でも、秘蔵のノレッジサファイアを使った物らしくてな……魔法道具としての価値もかなり、高い……みたいだな」

「まぁ、それはそれは……(ミシェル。これ、おめでとうございますって……言っていいのかしら?)」

(い、いや……どうなんだろうね? ボク自身はベルゼブブに会った事ないから、よく分かんないし……)

(そうよねぇ……)


 でも、ここはその婿殿のご協力に乗っかるのが、手っ取り早いわけで。こうなったら……仕方ない。傷心の天使長様のやる気を焚きつけるのも、ボクのお仕事だと思うし。天使長様を宥めすかすに限る!


「ルシフェル様、今は泣いている場合じゃないですよ〜。ボク達天使は人間界に安寧をもたらすのが、仕事でしょう? それにベルゼブブって、そんなに酷いヤツなんですか? だって、ハーヴェン様の親の悪魔ですよね? きっと彼も、優しいんじゃないですか?」

「まぁ……確かに、本人はそこまで悪い奴ではない。それは……私とて、分かっている」

「あっ、そうなんですね。だったら、何がそんなに、嫌なのです?」

「あいつの趣味だ! あいつはこの世の悪趣味を全て競わせた中でも、トップ・オブ・悪趣味の感性を更に超熟と発酵をさせて腐らせた挙句に、また別の悪趣味をブレンドしたような奴でな! もう、それはそれは……!」


 あの、すみません。今の解説……どう頑張っても、意味不明です。言いたい事は、よーく分かりますけど。通じる言葉になってませんよ、天使長様。


「そう言えば、オーディエルもそんな事を言っていましたね」

「えぇ……そうね。ベルゼブブ様のお屋敷……メチャクチャだったって、しばらく顔をしかめていたわぁ……」


 左薬指にキラキラ煌く、青い指輪。だけど、それはご本人様にとって、何よりも有り難くない代物らしい。結婚に憧れていた身としては、その悲しみ方に却って不安になるんだけど。結婚は結婚でも、天使長様が「政略結婚」に涙を流し続ける様子に、ちょっとした憧れが色褪せていく。

 あぁ、そっか。結婚って……互いの了承がない時も、結構あるんだっけ。何れにしても、傷心のルシフェル様をこれ以上、突くのは流石に可哀想だよね。とりあえず、今はオーディエルの帰りを待ちつつ、ルシフェル様の方はそっとしておいてあげた方がいいのかも知れない……。

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