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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第12章】恋はいつだって不思議模様
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12−29 大人達の横暴

 一応、まだ使い道はあるのだし……そんな事を考えながら治療房に役立たずを放り込んで、ラボにお邪魔してみるものの。……ハインリヒはまだ帰ってきていないみたいだった。今回もちょっと憂さ晴らしに、愚痴に付き合ってもらおうと思っていたのに。空っぽのラボに、いよいよ寂しくなる。しかも悪い事に、魔獣族を捕らえ損ねた上に、ロジェの暴走を制御できなかったのが……自分の実力不足を指摘された気がして、いよいよ腹も立つ。


(そう言えば……ご主人様はご自身の器が半分だった理由に、お心当たりは?)

「まぁ、それなりにあるけど……。今更、蒸し返さないでくれる?」


 きっと私の神経がひりついているのを、器用に読み取ったんだろう。腰に収まっている相棒がまるで、私を慰めるように話しかけてくる。


(左様で。……しかし、あの悪魔が言っていたことはともかく、悩み事を話せば少しはお気持ちが安まるかも。宜しければ、小生にお話くださいませんか?)

「……」


 張りはあるけれど、明らかに大人の声を出すカリホちゃんの穏やかな申し出に……気付けば、私はポツポツと「心当たり」について彼に話し始めていた。私の何もかもが中途半端な理由。それは……天使になる前から色々と押し付けられて、私の方だけが苦しい思いをさせられてきた結果なんだ。そう……あいつさえ。あいつさえ、いなければ。……私はこんなに辛い思いをしなくて済んだのに。


***

「お兄様、今宵の舞踏会……楽しみですわね」

「そう? ……私はちっとも楽しみじゃないけど」

「まぁ……そうでしたの?」


 目の前で自分そっくりだけど、きちんと女の子の格好をさせられて頬を染める妹を見つめながら……心の中で、いつか復讐してやると、不満を燻らせる。

 生前の私が生まれたのは帝都・クージェリアスの子爵家。それだけならまだ良かったのだけど、私はとある理由で両親含む大人達から「男の子」である事を望まれ、強要されて……自分自身さえも偽って生きていた。子爵家がそこまでして私を男の子に仕立てたのには、もちろんそれなりの理由と野望がある。それは……クージェには帝王を血筋ではなく、領内の男子の中から優れた者を選ぶという、ある意味で非常に帝国らしいしきたりがあったからだ。そのせいで、男の子に恵まれなかった子爵家は両方とも女子で生まれたはずの双子のうち、姉だった私を「男子」として育てる事で、権威を獲得しようと躍起になっていた。

 私に言わせればそんな事をしたところで、バレるのも時間の問題だと思うし、何より……私も女の子として可愛いドレスや、甘いお菓子が欲しかった。でも……私は表向きは男子だからという理由だけで、何もかもを双子の妹・ティートに奪われ続けていたのだ。もちろん、その違和感と屈辱を両親に幾度となく訴えてもいた。それなのに、彼らは自分達が「親」であり「大人だから」という理由だけで……「子供」の私には絶対的な服従と諒解を強いては、望みを聞き届けようともしなかった。


「お兄様……。あの……」

「……何?」

「私、お腹に変な文字が現れてしまいまして……。これ、もしかして……」


 生まれた時から私を兄だと言われて育てられたティートは、お兄様と私を恭しく呼ぶ。その慇懃さが殊更鼻に付くのだけど、彼女は私がそんな事を考えているなんて思いもしないのだろう。完全に私を頼り、信頼しては……何かにつけ、こっそりと両親よりも先に私に相談事を持ちかけることが多かった。


「あぁ、聖痕ってやつだよね、それ。……そっか、ティートは生贄にされるかもしれないんだ」

「そ、そんな……! 私、この間の舞踏会で……折角、フランツ様とお近づきになれましたのに……」


 その言葉に彼女もまた、政略結婚とやらを押し付けられそうになっている事情を理解してやるものの……相手が手堅い公爵家でもある事に、やっぱり嫉妬しちゃう。もしかしたら、私も女の子として恋とかできたのかもしれないのに。……私は男の子を装っている以上、それすらもできやしない。

 そんなモヤモヤとした不満を抱えながら、オドオドと上着を捲り上げた妹の腹を見つめれば……確かにそこにはあまりに「見慣れた文字」が刻まれている。一連の文字は上半分が分割されたようになくなっており、明らかに彼女の「聖痕」が完全な状態ではない事を物語っていた。そして……上半分が実は自分の腹に刻まれている事を、すぐに思い至ると……その現実に復讐の1手を思いつく。


「……知ってる? 聖痕の持ち主は処女じゃなければ意味がないらしいよ? だから……フランツ様にさっさとその辺りをお願いしたら、どう?」

「そう、なのですか? でも、お兄様……私……」

「あぁ、そうだよね。……婚前交渉はご法度だものね。だけど……そうでもしないと、殺されちゃうかもしれないよ? クージェでは身分に限らず、聖痕の保持者は即刻火炙りだからね。……まぁ、フランツ様がティートの聖痕を見て、何て思うかまでは保証しないけど」

「……」


 ここにきて自分が「男子である」事が有利に働くなんて。同じ聖痕を持っていようとも、私は男の子。この場合は生贄の対象にはならない。そんなことを考えて、妹を突き放してやりながら……ちょっとした復讐の結果を見定めようと、その時は軽く考えていたのだけど。


 だけど……両親はどこまでも、妹が可愛かったらしい。妹は私のアドバイス通りにフランツに相談したらしいが、その答えは聖痕を持つ者は即刻差し出すという、掟に従うものだった。その結果を聞いた時、私は「それ見た事か」と面白くて仕方がなかったのだけど……それでも、ティートはどうしても死にたくなかったらしい。そんなみっともなく生きることにしがみ付いた妹が泣きながら懇願した結果……両親はあろう事か、妹を助けるために私を犠牲にする事を選んだのだ。


「……どういう事ですか、父上。今まで……散々私には理不尽を強いてきたのに、ここにきて女の子に戻れ、ですって⁉︎」

「そうだ。この間、次の帝王も決まったことだし……既にお前が男子でいる必要はない。だから……」

「いや、ちょっと待ってくださいよ! だったら、私を今からでも女の子に戻してよ! それで……!」

「いいこと、ティーダ。あなたにはティートを守る義務があるのよ? それに……長子なのに男子で生まれなかった時点で、この家でのあなたの存在意義は既にないわ。だから……今日からあなたの方がティートよ。それで……明後日の火刑はあなたに受けてもらうことにしたの」

「どうして……? どうして、あなた達は私にばっかりそんな酷いことをするのですか? どうして、ティートの方ばっかり……!」


 最後の最後まで、私が彼らの理不尽の理由を知ることはなかった。何の恨みがあって、私ばっかりこんな思いをしなければならないのだろう。そんな事をいくら考えても、大人達の横暴に争う力は当時の私にはなくて。そんな冷たい命令にさえ逃げ出す事もできずに、半分の聖痕を提げたまま……私の火炙りは速やかに執行された。

 最後の日の記憶の中で……炎で揺らめく視界に佇む妹だったティーダが泣きながら、私を見つめていたのをはっきりと覚えている。ここぞとばかりにわざとらしく、悲しそうに涙を流しやがって。……私のこの境遇は、お前という何も知らない妹の存在があったせいだ。

 悔しさのあまりギリギリと噛み締めていた猿轡が燃え落ちる頃には、肌を焼かれる痛みはとっくになくなっていた。それでも……最後の記憶は炎に包まれて、何よりも眩しくて。……死んだ感覚さえもを失った時。次に意識が戻った時には、私こそが神界に迎え入れられている事にも気づく。だけど……天使への転生さえも中途半端だったのには、ちっとも気づきもしなかった。まさか天使になってからも、妹の呪縛が尾を引いていたなんて。


 そんな災いの元凶がその後、どんな生涯を送ったのかは知る由もない。だけど、あの後も私の生家がきちんと残っているのを見る限り……あいつは私から奪い取った人生で、それなりに幸せに暮らしてたんじゃないかと思う。ただ、妹だったという理由だけで。ただ、私が少しだけ早く生まれたというだけで。ただ、それだけの理由で……のうのうと生き延びやがって。私から全てを奪った罰さえも受けないまま……彼女の一生が続く事を許される世界が、何よりも許せなかった。


***

(それはそれは……さぞ、悔しかった事でしょう。そして……なるほど。ご主人様の器が半分だったのには、聖痕が半分しかなかった事に由来するのでしょうな)

「……多分ね。思い当たる事って言えば……あの愚妹が私の器を半分横取りしてたから、ってことしかないんだけど」

(何と嘆かわしい。……本当に、労しい事ぞ。ご主人様は親の資格すら持たぬ者の所に生まれ落ちたばかりに、辛い思いをされてきたのですね。でしたらば、あなた様が小生の主人に相応しい術を手に入れれば入れる程……努力の対価として、しかと力を授ける事をお約束いたしましょう。さぁ……小生と共に、新しい世界を切り開くのです)


 私の独り言をしっかりと受け止めて、カリホちゃんがとても頼もしい言葉と一緒に、慰めてくれる。慰めてくれる相手が生き物ですらない事に、これって所謂「ぼっち」ってヤツなんだろうなと考えると、少し悲しいんだけど。それでも……今となっては相手が生き物かどうかなんて、関係ないのかもしれない。どうせ、今までも結局は1人だったんだし。だったら、例え相手が無機質な「武器」だったとしても……1人ぼっちよりは遥かにマシじゃない。

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