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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第12章】恋はいつだって不思議模様
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12−14 同じ穴の狢

 先んじてルシフェル様にはある程度、報告はしていたが。やはり改めて周知すると、反響の大きさに驚かされる。それも無理はないのかもしれない。何せ、魔界の新事実に伴う懸案が発生した上に、警戒しなければいけない相手が増えたのだから。しかし、私としては久しぶりな「当然の反応」につい、安心してしまう。やはりお仕事なのだから、この位の緊張感はあって当然だろう。


(オズリックにフェイラン……。どこかで生きているのかもしれない、真祖の2人……)


 そして、ラミュエル様の皮を被った誰か。その正体に関しては手掛りすら隠蔽されているが、ノクエルの記憶が引き摺り出せれば、取っ掛かりくらいは掴めるかもしれない。

 そんな事を考えながら、今度は各種報告書に目を通してみると、こちらはこちらで頭の痛い内容が告知されている。しかし……いつもながらに、方向性が妙にズレていると思うのは、私だけだろうか。


(悪魔をパートナーに選ぼうとしている時点で、色々と違う気がする……)


 おそらく先日、9人が無作為に耐性を受け取ったことによって、天使のイメージが崩れると懸念したのだろう。イメージに関しては、既に崩壊している気がしないでもないが、とりあえずは胸に秘めておいた方がいいだろうか。

 何れにしても、ルシフェル様も本腰を入れて魔界訪問の際のルールを告知することにしたようで、それによると「耐性を受け取るのは結婚してから」となっている。結婚相手が悪魔な時点で、色々と根本的に迷走していると思うのだが……私には、それを頭から否定する権利はない。なぜなら……。


(この調子だと、次の休みは当分、先かな……ハーヴェンとデートに行けるのは、いつになるだろう……)


 何かにつけそんな事を考えているのだから、所詮、同じ穴の狢だろう。特に、リッテルからカーヴェラには素敵な絵が売っているエリアがあると教えられてから、彼と一緒に買い物に行きたくて仕方がない。本当は報告書の内容に集中しなければいけないはずなのに……いつの間にか癖になっていたらしい、無意識に左薬指をさする指を自覚しては、ため息をつく。

 仕事は山積み。でも遅々として進まず、棚上げになったまま。その遅れがそのまま「向こう側」に対する遅れにも繋がる気にもさせられて、焦ってしまうが……こればかりは私が1人慌てても、仕方がない。


「ルシエル、少しいいか?」


 人知れず焦っている私を、いつもながらに聞き覚えのある声が呼んでいる。その主を見やれば……ドアのところで、顔を覗かせた天使長その人の姿があった。


「ルシフェル様が直接、こちらにおいでになるなんて……。もちろん構いませんが、如何いたしましたか?」


 私の返事に安心した顔をしながら、ルシフェル様が部屋に入ってくる。彼女の面持ちを見るに……何やら、相談事らしい。


「……実はな、例のノクエルの記憶のアウトプットが難航していてな。あの様子だと、我らが持っている技術や知識では目的を達成するのは、難しいだろう」

「そうですか……。確か、シールドエデンは術者以外が封印を解くのは、不可能だと聞き及んでいます。そうなると……やはり、封印の先にある記憶に触れるのは難しいと言う事でしょうか……」


 シールドエデンは今いる大天使の中でも、ハミュエル様しか行使できなかったものらしい。神界宝物庫に保管されていたマナ語の最上位魔法書にも概要の記載自体はあったが、そのロジックは非常に難解で……相当の習熟度を要求されるものだった。

 魔法の成り立ちとしては、封印対象の質量や構成を確実に把握した上で、空間ごとその場限りの封印書式、“ワンタイム・パスワード”で縛る……ということらしいのだが。言葉で説明されても、実際は対象の情報を掌握するという前提条件がある時点で、発動自体のハードルが非常に高い。しかも、この場合は他の術者が使った魔法の解除という事になるのだから……発動するためのロジックを理解できたところで、術者が設定したワンタイム・パスワードが不明である以上、強行突破も難しい。


「別ルートで記憶を引き出さなければいけないのですね……。どこかに抜け道があればいいのですが……」

「そうなのだ。私もシールドエデン自体は発動できるが、流石に他の者が行使した魔法を強制解除する術は持っておらぬ。ミシェルとオーディエルも、試行錯誤しているようだが……。未だに目ぼしい成果は上がってなくてな」


 そこまで言い合って難しい顔をしながら、思いあぐねる。もちろん、封印の強制解除の方策を見つけておくのも、無駄ではないだろう。ただし、今回の着地点は記憶が覗ければいいのであって、解除自体はできなくても目的は達成できる。


(記憶を覗く……それはつまり、記憶を取り込むのでも目的達成になるか……?)


 少し前のBプラン中に邪道ルートで記憶を取り込む魔法が話題にあったのを、俄かに思い出す。もしかしたら……あの魔法を利用すれば、なんとかなるだろうか?


「そう言えば……ベルゼブブが行使できる魔法の中に、ダークラビリンスという魔法がありまして……」

「あぁ、術者固有の闇迷宮に対象の魂を落とし込む魔法だったな。……それがどうした?」

「実は……ダークラビリンスには、迷宮に落とした魂の記憶や知識を取り込むことができるという、付随効果があるそうでして。その特性を使えば、もしかしたら……記憶を引き出せるかもしれません。本来は懲罰に使われる魔法ですので、ノクエルには非常に申し訳ないのですが。他に方策がない以上、そうも言っていられないでしょう。ベルゼブブに相談してみるのも、一考かと」

「あの魔法にそんな効果があったのか? だとすると……」

「……えぇ。ベルゼブブが変なところまで情報通なのは、その魔法の波及効果と思われます」


 私がやや呆れ気味に呟くと、更に困惑した表情で眉間に深いシワを寄せるルシフェル様。かなり前にハーヴェンに眉間のシワはクセになるぞ、と冗談まじりで脅されたことがあったが……天使長様の断層レベルのシワを目の当たりにすると、彼の指摘はあながち間違いでもなかったのではと思ってしまう。


「この場合はベルゼブブがどうの、というのはさしたる問題ではない……か。他に方法がない以上、あの曲者に相談してみるのもいいかも知れんな。……仕方ない。今回ばかりは、私が頼みに行くか。……すまぬが、ルシエル」

「承知いたしました。ハーヴェンに事情を説明し、同行してもらうのと同時に……手土産も用意してもらえるよう、頼んでおきます。おそらくボンボンショコラを用意しておけば、大抵のことは協力してくれると思います。日取りが決まりましたらご連絡いたしますので、少しばかりお時間を下さい」

「うむ、頼んだぞ。やはり、お前に相談したのは、正解だったようだ。仕事中に突然、邪魔してすまなかったな。……さて、と。私はそろそろ、マナの元に戻らねばならんか……。先日邪魔した時に、若造の肉球を堪能できなかったと、また妙な事で騒いでいてな……やれやれ。子守も楽ではないな……」


 自分の立ち回りが母親っぽい自覚、あったんだ……。終始お疲れ気味のルシフェル様に少し同情しつつも、マナのワガママが続行中だという事に、異常な警戒心と独占欲が沸々と湧いてくる。相談に乗ってもらうのも、愚痴を聞いてもらうのも。彼との何気ない生活を乱されるのは、夕焼け色のジャムを食べ損ねる事以上に……私としては既にあってはならない事だった。

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