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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第12章】恋はいつだって不思議模様
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12−13 記憶に居候している誰か

 記憶に居候している誰かの面影を必死に追いかけながら、グレースーツ姿の横顔を窺う。どことなく、いつかの日に誰かとこんな風に歩いた気がすると、錯覚しながら……ジャーノンの話に耳を傾けていると。あのドン・ホーテンが隠居したそうで、意外にも、新居が孤児院からも近い事が分かる。ただそれだけの情報なのに、なぜか別の部分でも距離が近づいた気がしてしまうのだから、バカみたいだ。……ジャーノンが話してくれたのは、ありふれた世間話でしかない。ただ、それだけの内容に……変な勘違いをして、どうする。


「ところで、レディ・アーニャ」

「あぁ、そんなに畏まらなくていいわよ。アーニャで構わないわ」

「そ、そう? それじゃぁ、アーニャ。その……」

「何かしら?」


 心なしか、ソワソワしているジャーノンの言葉を待ってみると同時に、何かを期待している自分を確かに感じて、火傷しないようにとサッサと諦める。しかし、諦めてみても、いよいよ強まる頭痛が何かを訴えかけているようにも思えて……今か今かと彼の声が届くのを、待っている。


「アーニャは、聖夜祭の日に何か予定とかあったりするのかな……と思って」

「聖夜祭……?」

「あぁ、アーニャは知らないんだね。聖夜祭というのは、この女神が邪神の魔の手からこの世界を救った日をお祝いするもので……まぁ、その辺りはおとぎ話の域を出ないから、何とも言えなのだけど」


 女神と邪神……。その登場人物に、それはおとぎ話ではないはずとこっそり考えながらも、ここは彼の話を否定するべきではないと思い直す。なぜなら多分、この申し出は……。


「……で、もし良ければ、聖夜祭の夕食を一緒にどうかな、と思いまして……」

「別に構わないけど……。聖夜祭ってそもそも、いつなのかしら?」

「毎年、具体的な日付というのは決まっていないのだけど……ホリデーシーズンのラスト3日が、この聖夜祭と言われる期間でね。だから……今月の第4週目のどこかで待ち合わせできたら、いいのだけど」

「あら、結構アバウトなのね。それはそうと……フフフ。これって、もしかして……デートのお誘いかしら?」

「えっ? あぁ。そうだね。うん、これは……そうなるかな……」

「だったら、いいわよ? 私もこれと言って、予定はないだろうし」

「い、いいのかい? だったら、君のために飛び切りのお店を予約しておこうかな」

「まぁ、本当? そこまで言うのだったら、美味しい物を食べさせて貰わなくちゃ。当日はしっかり私を満足させてよね。……約束よ?」

「もちろん。それにしても、今からとても楽しみだな……」


 全く……傷だらけの物騒な見た目をしているクセに、中身は純情なのだから。照れてほんのり赤くなっている横顔が、ただの火遊びで火照っている訳ではないのだろうと……そんな事を考えては、浮き足立ち始める気分を諫めるのに、苦労する。私の頭を悩ますのは頭痛だけで足りているのに、火傷までしそうになるのだから、自分はつくづく恋というものに弱いのだと、自覚せざるを得ない。本性が色欲の悪魔だからとは言え。惚れっぽいにしても……あまりに情けないではないか。


***

「ところで、プランシー。最近、どんな感じかな。何か困った事とか、変わった事とかない?」


 子供達がおやつを堪能している横のテーブルで、プランシーにそれとなく状況を尋ねてみる。急かしてはいけないのは分かっているし、俺自身もキッカケがあまりなかったとしても……最期の記憶を取り戻すまでに、約300年もの時間がかかっている。だから、彼にだけ急げというのは、横暴以外の何物でもないのだが。状況が状況だけに、嫁さん達としても……早めに思い出して欲しいというのが、本音ではあるだろう。


「こうして生活している分には特に、困ったことはありませんね。ただ……ギノとメイヤはこうして無事が確認できましたが、他の子はどうしているのかと……心配以前に、何かが引っかかって仕方がない時があります。他の子に関しては……何か思い出さなければいけない事がありそうなのですが、なかなか思い出せなくて……」

「そか。……他の子に関して、か。俺もあまりあの時のメンバーは覚えていないが……10人くらいいたか?」

「アーチェッタに越した時、子供達は15人でした。もちろん、名前は全員ちゃんと覚えていますよ。ギノにメイヤ、ヘンリーにロジェ。それとリア、マーテルとグレン、トーヤにルル。アンリ、ピーター、イベロ、クーナ、ウィル……あぁ、そうそう。引っ込み思案でしたが、リヒトもいましたね。みんな、生きているといいのですが……」


 いつもながらに、不自然な程に鮮明な記憶に戸惑いを覚えながらも……リヒトという名前に覚えがない事に、首を傾げる。でも……待てよ? ギノに聞いた話では、あの時アーチェッタに行ったのは「彼も含めて14人」だった気がする。俺が知らないのであればともかく、あれだけ他の子を心配していたギノの話と人数が食い違っているのに、不思議な違和感があるのは……思い過ごしじゃないだろう。

 そんな事をぼんやり考えつつ、ギノを探して向こう側のテーブルを見れば、子供達は子供達でお茶とお喋りに夢中のようだ。そして、彼らの様子をネッドが嬉しそうに眺めていて……これは邪魔しないほうがいいだろうと、プランシーの言葉に話を合わせる。ギノには後で確認してみるか。


「そうだな。……いつか、みんなに会えるといいな」

「えぇ……本当に。未だに、夢にさえ見る事があるのです。いつか、みんなと再会できる日を夢見て……その中で、今も可愛い子供達に囲まれて充実した毎日を送れるのは、ただただ天使様達がもたらしてくれた奇跡なのだと、思わずにはいられません」


 きっと表向きも違和感がないように、呟いたのだろうが……元神父らしい信仰心を匂わせる言葉ながら、言い得て妙だと思わず納得してしまう。そして……彼の言葉に、「天使憎し」の感情がかなり薄くなっていると考えれば、ここでの生活も無駄ではない気がする。


(生きてさえいれば、いつかはきっと会える。だから……)


 どんな苦難があろうとも、どんな現実が待っていようとも。悠長な事を言っている場合ではないのかも知れないけど。せめてそれまでの間は、再会を夢見るくらいは許してくれてもいいだろう。

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