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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第12章】恋はいつだって不思議模様
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12−6 ドMってヤツでございますよ

 余計な部外者を強制的に追い返し、息を荒げながら戻ってくるルシエルちゃん。そんな彼女に、俺の嫁さんがリッテルで良かったと、ちょっと考えてしまう。リッテルはリッテルで色々とクセがあるし、ワガママだけど……いくら何でも、ここまで凶暴じゃないと思う。そうして、ルシエルちゃんの凶暴性を再認識したクソガキ共が大人しくなったのに、これ幸いと、この流れで本題に入ればいいんだろうか。


「えっと……クソ親父を追い返してくれて、助かったよ。あれで、こっちでは1番偉いもんだから。俺もストレートに拒否できなくてな。それで俺に……というよりかは、十六夜に話があるんだろ? よければコーヒーでも出すから、家に上がれよ」

「は、はい……こんな所で大暴れして、すみません。私も落ち着いてお話をお伺いしたいですし、是非にお邪魔したいのですが……よろしいでしょうか?」

「もちろんです! さ、ルシエル様。どうぞこちらに」


 妙にウキウキしながら、リッテルがルシエルちゃんを促すが。彼女に見せたいものでもあるんだろうか……と考えていた矢先に、玄関正面の突き当たりに、非常にマズいモノが架かっていた事に気づく。そうして、慌てて家に入るけど……既にマズいモノの前でホホォ〜、とルシエルちゃんが唸っていた。


「リッテル……これ、もしかして」

「えぇ、そうなんです! こちらモードの主人も有名人でしたので、素敵な絵が売られていまして。フフ。この間、アスモデウス様もなかなかいいじゃない、って言ってくださいました!」

「そうなんだ……。ハーヴェンの絵もあるかな……。リッテル、この絵はどこで見つけたの?」


 当然のように、ハーヴェンの絵もあるかな……って、言うけれど。普通は個人の絵はないんだよ。たまたま、ハーヴェンは生前が有名人だったから、そっちの絵はあるかもしれない……あっ、いや。もしかしたら、悪魔側の絵もあるかもしれないな。でも、きっと悪役扱いだろうし……どっちにしても、本人にとってはあまり気分がいいモノじゃない気がする。


「カーヴェラのブルー・アベニューで見つけました。通りに大きな美術館がある影響か、絵を売っているお店がとても多かったんですよ?」

「そうなの? そう言えば、私達は決まった場所にしか行かないし……ハーヴェンとデートに行く時は、足を伸ばしてみようかな。あ、そうそう。カーヴェラで思い出したんだけど、ギノからマモン宛の荷物を預かっているんだ。後でお渡ししていい?」

「まぁ、そうなのですか? ギノ君から……主人に?」

「うん。お稽古のお礼だって」


 そんな事を2人で言いながら、家主の俺を堂々と無視して奥のリビングにルシエルちゃんをご案内する、リッテル。えっと……色々とハーヴェンに申し訳ない事を言っていた気がするけど、大丈夫だろうか。と言うか、お稽古のお礼って言われてもなぁ。元々、クソガキ共がご迷惑をおかけしていた詫びを入れに、お邪魔していた気がするんだけど……。まぁ、あまり深く考えなくてもいいか……。


「……ほれ、お前らも来いよ」

「でも、さっきの見ました?」

「あのヨルムンガルド様が……」

「お仕置き、されていましたよぅ?」

「別にいいだろ。色ボケクソ親父には、チィっとお灸を据える必要もあったろうし。ただ、お前らも……ルシエルちゃんだけは、怒らせないように気を付けろ」

「ルシエルしゃまは……やっぱり、アスモデウスしゃま以上におそろしーでしゅ」

「ハンス。……それだけは、本人の前で絶対に言うなよ」

「ハ、ハイでしゅ!」


 さて、と。お題は十六夜にヨルムンガルドの事を聞きたい、だったな。ご本人様に聞くのが、1番早い気がするけど……間違いなく、それは最適解じゃない。いくら曲者とは言え、第三者の客観的な視点で語っていただいた方が遥かにいいだろう。


***

(そち……我に何を聞きたいと?)

「え、えぇ……少々、困った事態が発生しておりまして。もし良ければ、かの冥王……ヨルムンガルド様がどんな人物なのかをお伺いしたいのですが」

(ふむぅ……天使如きが面妖な事を申すのぅ。そもそも、若。何故、かような者に我らの成り立ちを喋らせようとするのじゃ? 敵に塩を送るような真似ぞ、これ如何に?)


 何故かマモンが淹れてくれたコーヒーを頂きながら、フワフワと浮かんでいる真っ赤な鞘の妖刀にお伺いを立ててはいるが……是光ちゃんの前置とは全く異なる対応に、私は少々困惑していた。彼の話だと、十六夜丸はかなりのお喋り好きだと聞いていたのだが。


「事情はさっき、説明してやったろ。天使ちゃん達としては、手当たり次第にオイタを働いたクソ親父を野放しにできないんだと。それに、俺もあいつがどうしてこっちの世界に来たのかも知らされてないし、今まで散々迷惑を被ってきた部分もあるし。今後の暴走を抑える意味でも、弱みでも知ってたら教えて欲しいんだけど」


 マモンも話を通してくれていたようだが。やはり、明らかに是光ちゃんよりは口が重い。さて、どうすれば話をしてくれるかな……そんな事をアレコレ考えていると、目の前の鞘がモゾモゾと変な動きをし始めたのに気づく。何だろう……何か、悪い事でも言ってしまったんだろうか?


(あはぁ〜! そういう事……そういう事ですね、若!)

「……そういう事、じゃないぞ、別に。いいから、真面目に答えろ」

(もぅ。恥ずかしがらずとも、良き哉。若、これは要するに……我を頼りつつ、言葉で痛ぶり、罵る遊戯でございましょう?)


 見当違いのセリフとともに、興奮し出す十六夜丸だけど……罵る? 何がどうなって、その発想になるのだろうか?


「……ハイハイ。分かった、分かったよ。ご要望通り、罵って差し上げればいいんだよな? ったく……サッサと質問に答えろ、このゲス野郎。さもないと、柄糸を解いて鍔を引っぺがして……身も立たないくらいに、ガタガタ言わせてやるから覚悟しろ」

(あぁぁぁぁぁ! 何とも、身の毛もよだつ、素敵なお言葉ぞ! 冷めたお顔がまた、堪らない……堪りませぬ! あぁ……呪いが漏れる……! これぞ、エクスタシス……! もっと、もっと! 極限に冷たい罵倒をお寄越し!)

「色々漏らしてんじゃねーよ、このビチグソお漏らし野郎。物理的にも精神的にもへし折られたくなかったら、潔くゲロっちまえよ。あ? どうなんだ? ……って、恐れ多い一威がもうそのザマかよ。本当に情けねーな? いつから、お前はそんなに……」


 棒読みのセリフをさも仕方ないと、十六夜丸に延々とぶつけるマモン。遠い目をしながら、悟りにも近い諦めの表情にも見えるが。もしかして……これはこれで、彼に嫌がる事をさせてしまっているのだろうか。


(ふぅ……ふぅぅぅ……! 若、ご褒美ありがとうございました……! 久々の汚物のようなお言葉に、我は非常に感動致しております! ふ、ふふふふ……よろしゅうございます。お望みどおり、このゲスヨイマル……盛大にゲロって進ぜましょう……!)


 最早、聞くに耐えない罵倒を散々浴びせられ……自らを「ゲスヨイマル」と改名しながら、満足げに息を荒げる十六夜丸。

 ……あ、なるほど。是光ちゃんの言っていた「所定の方法」は、このお遊戯の事を指していたのか……。一応、私も600年程生きてはいるが、ここまでの「変態」に出会った事はなかったように思う。


「あなた……。もしかして、十六夜ちゃんって……」

「えぇ、えぇ、その通り。十六夜はドMってヤツでございますよ、っと。普段は割合マトモなんだが、いざスイッチが入ると見境がなくてさ……。オープンモードで喋っていれば、自然に見えるだろうけど……。今まで、十六夜のこの性癖のせいで……俺がどれだけ、周りから白い目で見られてきたことか……」


 苦労話を交えつつ、最後はうっすら涙目でしょんぼりし始めるマモン。しっかり猫耳がついているせいか、本人には非常に申し訳ないが……なんか、可愛い。なるほど、これが旦那様を可愛いと思う瞬間か。こうなったら、ハーヴェンにも付け耳をしてもらおうかな。


(さて、愛しい若の罵倒も堪能いたしましたし……仕方ございませんね。我が知る限りで、ヨルムンガルド様の事をお話しして進ぜましょう。……ふむ、まずはかの龍神が落ち延びてきた理由からお話ししましょうか? 少々長くなりますが、ご傾聴頂きたく存じます。では、早速……)


 そうしていよいよ、「昔話」を嬉々として語り出す十六夜丸。かの妖刀にとって愛しいマモンに口汚く罵られて、十六夜丸が声を高揚させながら語る物語は……どう頑張っても、太古に落ち延びた龍神と女神達の痴話喧嘩でしかなかった。

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