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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第12章】恋はいつだって不思議模様
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12−3 銀の氷原

「ここ、みたいだね……」

「うん、間違い無いと思うの。ラヴァクールの屋敷は雪山の崖に埋まっているって、聞いたことがあったし! でも……ちょっと寒いし、疲れたなぁ」

「そうだね。何たって……父さまのところからは、逆の場所だものね。とりあえず、お邪魔しようか? アウロラちゃん、いるかなぁ?」


 早めにご用事を済ませようと、エルと一緒にラヴァクール様のお屋敷まで来てみたけれど。エレメントマスターのお家は、どこもかしこも一味違う。

 マハさんの宮殿とは違う意味で荘厳なお屋敷は、緑の柱がアクセントになっていて、とても豪華な感じだ。廊下の天井に一列に並ぶシャンデリア(なのかな?)にも、キラキラした赤い房が下がっていて……綺麗に煌く赤に異国情緒を感じては、思わず見惚れてしまう。


「ごめんくださ〜い! どなたかいらっしゃいませんか?」

「アウロラ〜! 遊びに来たの! いないの〜?」


 辿り着いたエントランスでエルと一緒に人を呼ぶと、向こうから慌てた様子の足音がバタバタと聞こえてきて……さして待たされることもなく、顔を真っ赤にしたアウロラちゃんが姿を現した。僕達としては、そんなに急かすつもりもなかったのだけど……。息を切らして来てくれたのが、とても申し訳ない気分になる。


「こ、これは、エルノア様にギノ様……! す、すみません、すぐに気づかなくて……」

「いや、別に大丈夫だよ。こちらこそ、ごめんね。急にお邪魔して、呼んだりして……」

「そ、そんな事ありません! お2人が会いに来てくださるなんて、アウロラとしては感無量! とにかく、お部屋にどうぞ!」

「う、うん。アウロラ、本当にごめんなさい……。何だか、忙しかったみたいだけど……大丈夫かな?」

「大丈夫です。実は……あれからちょっと嬉しいこともあり、是非にお話したい所存。お2人にお時間を頂戴できると嬉しいです」

「うん、僕達は大丈夫だよ。それにしても……アウロラちゃん、忙しかったんじゃないのかな? そちらの方は大丈夫なの?」

「無論、問題ありません。特にギノ様がお見えになったとあれば、他は些細な事。カカ様もお喜びになる」

「そ、そうなんだ……」


 含みのありそうな返答に、少し不安になりながらアウロラちゃんの後を付いて行くと……途中の渡り廊下から外の景色が見えるものだから、思わず息を飲む。ガラス張りの外の景色は一面中、白銀で染められていて……所々、氷の下で緑色の何かがキラキラと輝いていて、まるで別世界にいるみたいだ。


「とても綺麗な景色だね……。銀世界とは、まさにこの事を言うんだね」

「ここ銀の氷原の中でも、この屋敷から見える銀湖の景色は別格。特に今は、薄氷の下で泳ぐマボロシトラウトの鱗がとても綺麗に色付く時期。マボロシトラウトは水が冷たければ冷たいほど、輝きを増す。その姿は、泳ぐエメラルドとまで言われるほど。彼らの緑の鱗が光を反射して、輝く様はこの世のものとは思えぬ美しさです」


 あぁ、あの緑色の輝きはお魚なんだ。きっと、綺麗で貴重なお魚なんだろうなぁ。


「あっ、マボロシなんとかって……コンタローが大好きなお魚だよね?」

「そう言えば、そうだね。確か……マハさんからもらっていた気がするけれど」

「マボロシトラウト、美しさもさることながら……とても美味。氷点下の厳しい環境で脂を蓄えて、引き締まったその身は、究極の珍味。食事の必要がない竜族でも、マボロシトラウトだけは食べたい人も多く……竜界ではお祝い事には欠かせない魚でもある」

「そう、だったんだ……」


 確か、そんなお魚をマハさんはクロヒメのために用意していて……クロヒメは今、ベルセブブさんの魔法で無事に竜族になって、マハさんに嫁いだって聞いていた。食べ物の好みがウコバクの時のままなのかは分からないけど、クロヒメはどうしているんだろうな……。言葉を失ってでも一緒にいたい相手、か。この先……僕にもそこまでしてでも一緒にいたい人が、果たして見つかるんだろうか。

 目の前で楽しそうにお喋りをしながら、歩いているエルとアウロラちゃんの背中を見比べながら……ふと、そんな事を考える。結婚とか、お嫁さんとかって……何を基準にして決めればいいんだろう。


「さ、こちらの部屋にどうぞ。すぐにお茶を用意してもらうので、待っていて下さい。それと……カカ様も呼んでくる」

「それじゃ、僕達はここで待たせてもらおうか?」

「うん。アウロラ、お茶よろしくなの。ここに来るまで、ちょっと寒かったから……温かいものが飲みたいの」

「承知。エルノア様、普段は黒の霊峰に住んでる。寒さが苦手なのは、無理もない。体が温まるお茶をお願いしてきます」


 流石にお部屋の中は暖かいけど、特に寒がりのエルは真っ赤なコートの襟を立てて、顔を埋めるようにしていた。僕だけコートを脱ぐのも悪いかなと思いつつ、今度はマフラーも用意した方がいいのかもとぼんやり考える。


「エル、大丈夫?」

「うん、大丈夫。もう少ししたら、アウロラもお茶を用意してくれるって言ってたし。……このくらいは我慢できるもん」

「そっか。でも……もうちょっと暖かくできるように、マフラーや手袋を買ってみてもいいかもしれないね」

「あ、賛成! 私、マフラーと耳当てが欲しい!」


 買い物のお話になると、嬉しそうに目を輝かせるエル。とても寒そうにしていた手前、楽しそうに笑ってもらえると、どことなしかホッとする。


「まぁまぁ、遠いところ、よくぞお越しいただきました。フフ、お婿さんが自ら来てくださるなんて……アウロラ、良かったわね」

「はい、カカ様。ギノ様、わざわざ来てくれた。それだけで、今日はとてもいい夢が見られそうです」


 そんな事を話しながら待っていると、きっとカミーユ様も急いで来てくれたんだろう。今日はアウロラちゃんと同じ雰囲気の不思議な感じのお洋服を着ているけど、相変わらず、母さまに負けず劣らず上品な印象だ。


「お、お邪魔しています。えっと、エルからアウロラちゃんに渡したいものがあって……それで、僕はお供に付いてきました……」

「まぁ、そうでしたの? ムムム……やはり、ライバルの存在は大きいですわね。アウロラ! ギノ君にちゃんと選んでもらえるよう、これからもしっかり花嫁修行に励むのですよ!」

「もちろんです、カカ様。私、負けない」

「ゔ……だったら私も、ハーヴェンにお嫁さんの修行してもらう!」


 また変なところで張り合って、エルが意味不明な事を言い出す。……ハーヴェンさんはそもそも、お嫁さんじゃない気がする。ハーヴェンさんにお嫁さんの修行をしてもらうって、何かが違う気がするけど……マスターに教えてもらうのは、もっと難しいと思う。……この場合、それでいいのかな……。


「それはともかく、エル。ほら、アウロラちゃんにお礼のプレゼント渡さなくていいの?」

「あっ、そうだった! ……あのね、アウロラ。この間、アウロラに魔力コントロールの方法を教えてもらって……とっても助かったの。それでね、人間界の雑貨屋さんで可愛いものを見つけたから、アウロラの分も買ってきたんだけど……」

「私、大した事は教えていない気がしますが……。それなのに、わざわざお土産をご用意してくれたのですか?」

「……うん!」


 どこかぎこちなく、雑貨屋のおばちゃんに綺麗に包んでもらったプレゼントを渡すエルと、頬を赤らめて感激した様子のアウロラちゃん。そうして早速、包みを開けて中身を確認すると、とても大事そうに両手で包み込むようにカップを手に取る。


「か、可愛い……! この手に馴染む感じといい、素朴な斑点模様といい、綺麗な赤色といい……! これがあれば、お茶の時間が更に楽しくなりそうです!」

「気に入った?」

「えぇ、もちろんです! ずっと大事にいたします!」

「えへへ、良かった。実はね、それ私とお揃いなの! アウロラは何色がいいのか迷ったんだけど……ハンナに赤がいいと思うって言われて、その色にしたのよ?」

「なんと! あの猫さん、私の好きな色、知ってた。……なんだかあの猫さんには嫌われていると思っていたから、少し嬉しい」


 あぁ、アウロラちゃんはまだハンナにやり込められた事を引き摺っているんだ……。きっとアウロラちゃんは傷つきやすくて、何かにつけ悩んでしまう方なんだろう。エルの方は泣いた後はスッキリして、大抵の事は綺麗サッパリ忘れてしまうみたいだけど……こんなに色んな意味で真逆だと、僕としてはちょっと面白かったりする。


「そうそう、そう言えば。兄上のことで、報告したいことがあるのです」

「兄上……エトルタ様のこと?」

「はい。実はあの後、兄上も無事に三度目の脱皮を乗り越えたのですが……」

「そうだったの⁉︎ あ、おめでとうございます」

「うん、ありがとうございます。……それで、神父様の仰る通りに少しだけ私が優しくしてあげたら、兄上もやる気をちょっとだけ出してくれたみたいで……中級魔法もちゃんと使えるようになった。……きっと、兄上もそれが嬉しかったらしくて、トト様に魔法の教えを自ら乞うまでになりました。……トト様、それを泣いて喜んでて……。アウロラも嬉しくて……」


 そんな事をポツリと呟きながら、目頭を抑えるアウロラちゃん。彼女の様子を横で見守った後、カミーユ様が優しい笑顔でこちらに向き直る。


「アウロラから、ある程度のお話はお伺いしていましたが……神父様がこの子の悩みを聞いて、とても的確な助言をくださったとか。……そちら様としましても、お見苦しい内容だったとは思いますが、そのお言葉でエトルタもアウロラも大いに助けられた事は、紛れもない事実でしょう。ギノ君。見苦しいついでに、不躾でとても申し訳ないのですけれど……是非に主人共々、礼を申していたと、神父様にお伝え願えますか」

「は、はい! もちろんです。今度、神父様に会った時にきちんと伝えておきます」

「うん! 私もちゃんと覚えておくの!」


 僕の隣でエルがやる気満々で答えたところで、真っ白い湯気を上げているお茶が運ばれてくる。とても不思議な香りのお茶は、匂いだけで体を温められるような気分にさせられて……エルも僕と同じだったんだろう、いつの間にか、あんなに身を埋めていたコートを脱いでいた。温かいお茶と、嬉しいお知らせと……そして、楽しいお喋りと。お茶の時間はいつだって、相手が誰だって……僕にとって、とても温かくて楽しい時間だった。

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