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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第12章】恋はいつだって不思議模様
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12−1 なかなか面倒な相手

「それで? 十六夜に、何を聞きたいって?」

「ヨルムンガルド様のことについて、少し確認したいことがあって。ルシエル様もお話を聞きたいらしいのだけど、お願いできるかしら?」


 朝のコーヒーを楽しむべく、「ゴリゴリ」していると。妙に不安そうな顔をしたリッテルが、そんな事を聞いてくる。彼女の曇り顔は「お仕置き」の効果みたいだが、別に俺の不機嫌はいつもの事だし。あの程度のことで、急に不安がるなよ。


「また、面倒なことになってるな……。もちろん俺も協力はしてやりたいけど、正直なところ十六夜は冗談抜きで“変わり者”なんだよなぁ……。それでも、本人に聞くのはナシか。人が“時間軸だけ”ってわざわざオーダーしたのに、何を勘違いしたのか、空間軸ごと人間界に近づけやがった。それでどんだけ俺達が苦労するのか、分かってるのかね、あのクソ親父は……」


 向こうさんは当然の如く、ヨルムンガルドを相当に警戒しているらしい。

 それはそうだろう。あの色ボケ親父が突然やってきて、9人を相手にやりたい放題やったとあれば、見過ごせないのは仕方がない。だけど、さ。それにしたって……。


「……是光、何を勝手な事を吹き込んでんだよ。俺はお喋りをさせるために、お前を持たせたわけじゃないぞ」

(お、お館様……。申し訳ございませぬ。妻君があまりにもお困りだったようでしたので……)

「言い訳はいい! ……ったく。お前から提案したとあれば、ご要望も飲むしかねーだろ。……で? ルシエルちゃんはいつ来るって?」

「まだ、決めていないのですけど……。できれば早いと嬉しいな、なんて思っています……」

「そ。それじゃ、今日の午後は空けとくから、こっちに連れてくれば? 十六夜が喋るかどうかまでは保証しないけど、話を向けるくらいの事はしてやってもいいぞ」

「本当⁉︎」


 俺の答えに笑顔を見せるリッテルに、淹れたコーヒーを差し出すと。頬を染めて「ありがとう」と呟く。そんな彼女の隣に腰掛けたところで、ようやく起きて来たクソガキ共が目を擦りながらやってくるが。

 試しに、毛布と一緒に部屋を与えてみたら、「自分の部屋で寝る」とか一丁前な事を言い出したが。そっちできちんとお寝んねできたようで、何よりだ。……こんなにあっさり寝室を取り戻せるんだったら、さっさと1部屋くれてやるんだった。


「……おはようございます〜」

「あふぅ……おはようでしゅ、パパ……」

「ハイハイ、おはようさん。今日も例によってお客様が来るみたいだから、お前らもちゃんとしとけよな」

「はぁぁい……」


 きちんと返事はするものの。揃いも揃って、まだ寝ぼけてやがる。まぁ……こいつらが何するわけでもなし、気にしなくてもいいか。


「それでは、そろそろ行って来ますね。みんな、いい子にしているのよ?」

「は〜い」

「ママ、行ってらっしゃい」

「ま、こっちはこっちで、それなりにやってるから。早めに帰ってこいよな」


 そんな事をめいめい言いながら見送ると、柔らかく微笑んで出かけていくリッテル。とりあえず、嫁さんが帰ってくるまでに……手入れを済ませて、十六夜に話を着けておくか。それはそれで、面倒なんだけど……クソ親父を野放しにできないと思っているのは、俺も一緒な訳で。……ったく、本当に色々と仕方ねぇなー……。


***

 アウロラちゃんにお土産を早く渡したいらしくて、エルの希望で父さまのところに出かけることになった。そうしてお邪魔した父さまの屋敷はいつも通り、暖かい魔力が満ちていて、あちらのお家とは別の意味で安心する。


「あらあら、いらっしゃいまし。どう、エルノア。きちんといい子にしていましたか?」

「もちろんよ! ちゃんといい子にしてるよ?」

「あい! お嬢様、とってもいい子でヤンすよ!」

「そう? コンタローちゃんが言うなら、安心かしら? フフフ、すぐにお茶を用意しましょうね。皆様もいつも通りで申し訳ないのですが、応接間で待っていてくださる?」

「あぁ、突然お邪魔した上に……お茶まで用意させて、申し訳ない。それじゃ、お言葉に甘えて……お茶の方、お願いします」

「もちろんですわ。ルノは今お昼寝中ですし、私も体を動かさないといけませんし」


 母さまに言われて、いつもの応接間に移動するけど……途中の廊下で、見覚えのある人影が立ち尽くしているのが、見えてくる。ひょろりとした佇まいに、前屈みの姿勢。あのシルエットは、もしかして……。


「ダンタリオン様……でしょうか?」

「お、青猫の旦那もこっちに来てたんですね。チワっす!」


 ダウジャの挨拶で、こっちに気づいたらしい。手元の本から顔を上げると、ダンタリオンさんがニコリと微笑む。


「あぁ、皆さんご機嫌よう。ギノ君はその後、どうかな? 魔法の練習は順調かい?」

「はい! お陰様で。そうそう、この間はマモン様に剣の方も教えてもらいました。僕、魔法だけじゃなくて武器の扱いも上手になりたくて……」

「おや。マモンの稽古は非常に厳しい事で有名ですけど……大丈夫でした?」

「えっ……そうなんですか?」


 確かに、ちょっと難しい部分はあったけど……。そんなに厳しい感じはなかった気がする。


「えぇ。お弟子さんにも過酷な鍛錬を積ませているみたいですし……見た目の割には、頭も切れる方ですからね、マモンも。ただ体を動かしただけでは満足しないのか、頭で理解する事を要求してくるので……面倒な相手でしょう。まぁ、それでも常々お弟子さんが付くのですから、深く考える必要もありませんか」


 見た目はともかくとして、マモン様は頭が良いのも分かる気がする。それに、なんとなくだけど……相手に合わせて、言葉を選ぶ優しさもあると言うか。……多分、かなり教え上手なんじゃないかなぁ。


「あぁ〜、確かに。ギノに武器の扱いを説明していた時も、講釈が長めだったけど……あの時は、それなりに手加減してくれていた気がするな。ただ、その埋め合わせかどうかは、分からんけど。代わりに、死神さんが涙を飲む羽目になってさ。……とばっちりもいいところだぞ、あれは」

「うん。死神さん、心の中で泣いてた」

「アッハハハ、そう。マモンは相変わらず、そんな事をしているのですか。……彼の破天荒っぷりだけは、いつまで経っても、治りませんね……」

「あい変わらず、なのですか?」

「あい?」


 何気ないダンタリオンさんの答えに、ハンナとコンタローがおどおどとし始めるけど……ダンタリオンさんはマモン様の「破天荒っぷり」にも慣れているみたいで、柔らかい表情を変えないまま、更に恐ろしい事を教えてくれる。


「ご存知なかったのですか? マモンが手合わせの相手にレヴナントを選ぶのは……常ですよ? 今まで何体のレヴナントが犠牲になってきたのか、知れたものではありません」


 サラリと言いながら、嬉しそうにクスクス笑い始めるダンタリオンさんだけど……って、事は。マモン様はいつも、あんな感じなんだ。死神さんって不死身じゃなかったっけ……?


「……何つーか、グリード様は色々と突き抜けているんですね……。小説通り、物知りで格好いいと思っていましたけど、それ以上に型破りと言うか……」

「グリードに小説……? あぁ、そうか。マモンの黒歴史の事ですか? ……フフフ。私も詳細は知りませんが、現実も小説並みにロマンチックだったようですね。……ただ、未だに本人も気にしているみたいですので、必要以上に刺激しないであげてください」


 死神さんのクダリで、いよいよ恐れ多いと腰が引けているダウジャに、ダンタリオンさんがやんわりと釘を刺している。やっぱりマモン様にとって、グリードシリーズはあまり触れられたくないものなんだ。だとすると……かなり我慢して、僕達に付き合ってくれていたのかも知れない。


「……さて。折角のお楽しみを邪魔しちゃ悪いから、俺達は応接間で待っていようか? ダンタリオンも程々にな。そんなに前のめりで、ずっと魔法書に齧り付いてたら……それこそ、マモンに怒られるんじゃない?」

「ご心配なく。こちらに入り浸ることは、彼も了承済みですので。竜界に魔法書だらけの世にも素晴らしい場所があると説明したらば、思う存分勉強してこいと言ってくれました。……マモンは知識に対しても貪欲ですから。ここで得た情報をきちんと共有してやれば、文句は言いませんよ」

「あ、そうなんだ。そういう事なら、俺から言うこともないか。ほれ、みんなは部屋に行こうな。ダンタリオン、またな」

「えぇ。それではまた」


 きっと、これ以上は邪魔したら悪いと思ったのだろう。ハーヴェンさんに促されて、みんなで応接間に向かうけど……そう言えば、父さまは屋敷にいないんだろうか? 父さまがいたら、廊下でダンタリオンさんと一緒に魔法書と睨めっこしていそうな気もする。ただ、母さまはそれで大丈夫なのかな……。魔法書に嫉妬していたこともあったし、魔法書を焼き尽くされたりしなければいいんだけど。

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