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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第11章】調和と不協和音
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11−55 本格的なおままごと

 ネッドから聞いた話によると、シルヴィアは随分と特殊な存在だったようで、彼女は所謂「精霊の先祖返り」として仕立てられた可能性が高いとのこと。そして情報の出所と経緯を聞かされて、マモンの言っていた「フラグ」があの髪飾りそのものだったのだと、思い至る。

 あぁ、なるほど。それでマモンは、随分とシルヴィアには優しかったのか。基本的に誰かと積極的に関わろうとしないマモンが話を持ちかけた挙句に、ここまで世話を焼くのはかなりのレアケースだろう。

 ……そんな事を考えながら、朝食のパンを焼いていると、そのシルヴィアが食堂にやってくる。今朝もかなり早起きな気がするが……働き者の彼女はきっと、お手伝いをしてくれるつもりなのだろう。


「おはよう。もう少しでパンが焼けるから、ちょっと待っていてね。……それで、どう? 随分と気分が良さそうだけど。何か、あったのかしら?」

「はい! 今日は特に目の調子がいいんです。今まではずっとぼやけていたのに、前よりもハッキリと見えるようになって……」

「あぁ、例の薬の効果かしら? グリードが寄越したものだから、かなりの効き目はあると思っていたけど……。それにしても……まさか、シルヴィア。あなた……今まで、目があまり見えていなかったの?」


 普通に生活していたし、彼女の視力に問題がありそうには見えなかったのだが……。


「はい……。あまり見えないのは生まれつきだったので、慣れてしまっていたし、小さい時から色々と訓練もしてきたから……耳さえ聞こえれば、ある程度の距離感は分かったりするのですけど……。すぐ近くの手元以外は、ずっとぼんやりしたままでした。だから、アーニャさんの顔をしっかり見られるようになったのは、初めてです。このお薬……凄いですね。こんなにも、すぐに効果が出るなんて……!」


 感動したように手元の小瓶を見つめて、嬉しそうにするシルヴィアだけど……。この子の目が、そんなにも悪い状態だとは思いもしなかった。今の今まで、そんな事にさえ気付いてやれなかった事に申し訳なく思いながら、お茶を出してやると、いつもながらに嬉しそうに受け取って啜り始める。


「ありがとうございます。……フフ。なんだか、お茶もいつも以上に美味しく感じるから不思議です」

「そう? それは何よりだわ。とにかく、色々と無理はしちゃダメよ? ザフィも言っていたと思うけど、あなたの体はちょこっとだけ特殊なんだから。……苦しいことがあったら、すぐに言いなさいね」


 お節介かなとも思いつつ。天使様方からそんな話を聞かされたものだから、ついつい彼女を気にかけるのは、仕方がないというもので。そんな事を知ってか知らずか、シルヴィアは私のお節介にも嬉しそうに返事をすると、ゆっくりとお茶を口に含んでは、頬を赤く染め始める。肌が白い分、今までも血色は殊の外目立つ気がしていたが、今朝のそれはごく自然な桃色で……どうやら、例の霊薬は彼女の頬を美しく染め上げる効果もあるようだ。


「おはようさん〜! おや。シルヴィアは随分とお早いんだね。まだ、誰も起きてきていないと思ってたけど……」

「あぁ、ネッドにザフィ。おはよう。……早いのは、そちらさんの方だと思うわよ。シルヴィアの早起きは、いつものことだから」

「おはようございます、アーニャさん。それにしても、シルヴィアちゃんは規則正しく起きられて、偉いわ。……ふふ、私はちょっと寝坊することがありますから、見習わないといけないわね」

「あ、言えてる。ネッドは基本、お寝坊さんだからねぇ……」

「って、ちょっと、ザフィ! ここでそれを暴露するのは、反則じゃないかしら」

「ふふふ〜ん。そうかしら〜?」


 殊の外、真面目だと思っていたネッドがお寝坊さんだったのは意外だが、それを軽妙に囃すザフィの様子に面白そうに笑い始めるシルヴィア。孤児院に来てから多少はニコニコしていることはあったけど、声を上げて笑っている彼女の姿は初めて見た気がする。


「さ、もうすぐパンが焼けるわ。悪いんだけど、シルヴィア。他の子を起こしてきてくれる?」

「分かりました。みんなを呼んできますね」

「それじゃ、私達も仕事にかかりましょうか。アーニャ、後でね」

「えぇ、分かっているわ。今日もよろしくね」

「はい、よろしくお願いします。アーニャさん」


 ザフィとネッドとで役割分担を言い合いながら、スープに浮かんでいたローリエを取り除き、鍋をもう1度かき回す。今朝のスープはちょっと贅沢して、ピートロ入りのトマトスープにしてみたけど……。ようやく笑えるようになったシルヴィアだけじゃなく、他の子供達にも気に入ってもらえると嬉しい。

 何せ……どの子もここにやってきた時は底無しに悲しそうな顔をして、中には涙の跡さえ乾いていない子もいて。飢えと満たされない何かを抱えた彼らに、少しでも笑ってもらえたのなら、私も有意義というものだ。

 思い出探しがいつの間にか、本格的なおままごとになってきた気がするが。ここでの毎日の発見が新鮮で、思い切って魔界から飛び出してきて正解だったと、しみじみと考える。だって……あの世界に籠りっぱなしだったら、こんなにも心が躍るなんて事、絶対になかったもの。

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