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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第11章】調和と不協和音
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11−52 全身全霊を懸ける事を誓います!(+番外編「秘密の冷蔵箱」)

「ただいま〜……」

「お、おかえり。お仕事お疲れ様でした……って、大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫……」


 リッテルを見送った後に、魔界の動向について話がしたいとルシフェル様に捕まってしまい……今日も予想以上に帰りが遅くなってしまった。そんな私の表情に、不機嫌の理由をきちんと読み取ったのだろう。ハーヴェンが苦笑いしながら、まずは一息と、カモミールティーを出してくれる。


「今夜のメニューは小海老とブロッコリーのペペロンチーノに、オニオングラタンスープ。で、メインはローストビーフ香草ソース掛けに、付け合わせはカブとカシューナッツのサラダとなっております。……すぐに夕飯の準備をするから、ちょっと待っててな」


 相変わらず、キビキビと厨房で夕飯の準備をしてくれるハーヴェン。どんなに帰りが遅くなろうとも、嫌な顔1つせずにこうして迎え入れてくれるのが、何よりもありがたい。そうして、更にありがたいと思われる夕食が目の前に並べられると、どんな煩わしさも些末な事と、食欲がこれ以上ない程に刺激される。


「……美味しい。どれも……とっても美味しい」

「そか。それは何よりだよ。あぁ、そうだ。今日はマモンがこっちに来ててな。あちらさんの小悪魔ちゃん達がお世話になりましたと……その詫びだなんて、こんな物を置いて行ったんだけど」


 リッテルが必要以上にマモンを遠慮させるなんて、毛布を準備していた時に言っていた気がするが……マモンはマモンで、かなり律儀な性格らしい。しかし、ハーヴェンがお礼の品だと取り出したのは明らかに、貴重品の薬草な気がするのだが。……こんなに貰って、いいものなんだろうか?


「それ、ミルナエトロラベンダー……だよな?」

「うん、そうだな。しかもこいつは、生状態の超貴重品だ。コンタローのこともあって、サクッと砂糖と一緒に瓶詰めにしてしまったが……これがあれば、ある程度の病気は心配しなくていいかな」

「そう言えば……そのミルナエトロラベンダーって、なんなんだ? 魔界に咲いているという割には、瘴気を浄化するとか言われているし、かなりの万能薬な気がしないでもないんだが……」

「俺には、詳しい成り立ちは分からないんだけど……マモンによると、どうもこいつはマナツリーの落とし子らしくてな。ヨルムンガルドが地底に逃げ込んだ時に、彼の体にくっついていたマナの髪の毛が根を下ろして……魔界に適応したのが、今の状態なのだそうだ」


 マナの女神がマナツリーに姿を変えた事を考えても、髪の毛が植物に変質するのは不思議ではないけれど。……魔界に適応した上に、瘴気を浄化する性質まで発揮するなんて。マナの魔力はどれだけしぶといのだろう。


「ルーツがそっちさん由来なものだから、こいつの吐き出す魔力は、かなり強力な光属性を帯びているもんで。普通の悪魔には触ることさえ、できなかったりしてな」


 しかも、悪魔除けにもなっているらしい。……触ることさえできない植物なんて。魔界の住人からしたら、迷惑極まりない気がする。


「実際のところ、マモンもかなり持て余しているなんて言っていてさ。花自体は風邪薬として利用されてはいるものの、材料以前に加工自体が悪魔には難しい部分があるからなぁ。……流石に、真祖様は事もなげにこいつを手渡してきたけど。コンタローはもとより、グレムリンちゃん達もきっちり怯えていたところを見ると……その辺の事情はあまり、変わってないんじゃないかな」


 私が深い紫色で埋め尽くされた瓶の奥に、マナの女神の横暴さを見つめていると……お待ちかねのデザートを運んできてくれるハーヴェン。今日のデザートは洋梨のシャルロット。1人前で丁寧に作ってくれていたのだろう、小さめの帽子型にこれでもかと詰められた洋梨の艶に思わず喉が鳴る。

 それにしても、マナツリーの落とし子か。リッテルが報告してくれた内容にも、「精霊の先祖返り」を意図的に発生させるためのメカニズムが記載されていたが。そこには、別の落とし子の存在があったらしい。


「それはそうと、悪魔ってもの凄く博識だよな……。ルシフェル様があの調子なのに引き換え、随分と人間界の事情にも詳しい気がするし……」

「う〜ん……全員博識な訳じゃないと思うけど、物知りな奴は多いかもな。なにぶん、魔界は今も昔も大勢の人間が迷い込んだり、堕ちてきたりする場所だからさ。そちらさんと違って、人間界の事情が伝わりやすいんだろう。特に大悪魔ともなれば、生きてきた年代も桁外れだし。それに……ベルゼブブは別ルートで知識を吸収できたりしたみたいで。あいつも、かなり物知りかもしれない」


 別ルートで知識を吸収? 知識って……吸収できるものなのか?


「以前、ダークラビリンスって魔法の説明をしたことがあったろ?」

「確か、魂を闇迷宮に落とす魔法だったっけ?」

「うん、それそれ。この間、ダンタリオンに聞いて、初めて知ったんだけど……どうやら、あの迷宮に落とし込んだ魂の知識はそのまま、術者の知識として吸収できたりするらしい。あいつが今まで、どれだけの人数に対してダークラビリンスを使ってきたのかは知らないが。変なところにまで事情通だったりするのは、その魔法のせいだと思う」

「そ、そうだったんだ……」


 以前にベルゼブブが神界に関しても、妙に詳しいのは何故だろうと思ったことがあったが。彼はその魔法で、被害者の知識も吸収していたということか。だとすると、彼がダークラビリンスを使った相手には……天使も含まれていたのだろうか?


「ベルゼブブは随分と、神界の事情にも詳しかったりしたけど……。もしかして……」

「細かい経緯は俺も分からないが、ベルゼブブには何かと、人間界をフラついていた時期があったみたいでな。魔力のジャミングやシャットアウトもお手の物だから、本人曰く、そちらさんの検知に引っかかることはなかったらしいんだが……ま、あの出で立ちだからな。実は見つかったりして、揉め事の1つや2つ、あったのかも知れない。天使様方の魂を、取り込んでいる可能性はゼロじゃないだろう」

「そっか。……何よりも危険なのは、ヨルムンガルドとベルゼブブだってことは、よ〜く覚えておくよ」


 他愛のないお喋りをしながら、デザートもきっちり平らげる頃には気分も上向くもので……つくづく自分は単純だと思いながら、子供っぽさをひた隠すように残りのお茶を啜る。そんな私の憂慮を気にも留めず、ハーヴェンがテキパキとテーブルの片付けに入るが……彼が下げられた空の皿と引き換えに、今度は昨日食べ損ねたはずの夕焼け色の瓶と、綺麗な青い宝石が嵌っている鍵をコトリとテーブルに置いた。


「ハーヴェン。これって、もしかして……」

「お待ちかねのアプリコットのコンフィチュールと……出来立てホヤホヤのサンクチュアリピースです! ようやく試作品が完成しました〜! 構造としては、俺の角にアンカーを刻んで、尻尾の鱗を素材にしてみたんだけど。もちろん利用者は限定1名様……俺の可愛いお嫁さんだけとなっています! フッフッフ……これでどんな時でも、俺の胸にダイブできるな〜」


 どうどう? 早速、ダイブしてみちゃう? ……なんて、イタズラっぽい表情で、楽しそうに戯けるハーヴェンだが。彼の手には、皿が積まれているわけで……。


「……その状態でダイブしていいのか? 多分、皿が割れるぞ? それとも……皿の方が大事で、私をキャッチするのを諦めるのか?」

「あ、そんなこと言っちゃうの? もっちろん、皿を盛大に全滅させようが……嫁さんをキャッチすることに、全身全霊を懸ける事を誓います!」


 言ったな? 本当にいいんだな?


「ただし! 当分、ルシエルの分はメニューが減るのと、しばらくおかずはピーマンの肉詰めになることが確定するけどな〜」

「なんでそこで、ピーマンが出てくるんだ……?」

「野菜を皿代わりにでもしないと、品数を確保できないだろ」

「ゔ……ハーヴェンのバカ! 意地悪! そんでもって……ピーマン男!」

「へいへい。俺はいつだって意地悪なピーマン男ですよ〜。それじゃ、お皿を犠牲にしないためにも……鍵のご利用は、Bプランの後でと参りましょうか?」

「そういうことなら……し、仕方ないな。それで……手を打ってやってもいいぞ……?」


 最初から最後までハーヴェンのペースに巻き込まれたまま、鍵の利用はお預けになってしまったが。……手元に輝きを添えている宝石の深い青が自分だけのものだと思うと、嬉しくなる。

 そうして、片付けもしっかり終わらせた後で、鍵を使う必要もないまま彼の胸元に抱き上げられると。今度は少し眠たくなってきて……トロリと溶けるような温もりと安心感が、これ以上ない程に心地良い。その確かな充足感が自分の身をすっぽりと満たすのを感じながら、目を閉じる。……今晩も、とってもいい夢が見られそうだ。

【番外編「秘密の冷蔵箱」】


 ハーヴェンであれば、コンタローのポシェットに忍ばせておいた冷蔵箱を使いこなしているはず。だとすれば……2つの冷蔵箱を「同期」させれば、「美味しい思い」ができるかも。

 そんな予感を当てにして、とある仕込みを成功させた結果……最近のベルゼブブはおやつに囲まれ、幸せな日々を送っていた。


「ふっふふ〜♪ 今日のおやつは洋梨か〜……あぁっ! しかも、ローストビーフまで入ってるし! 超ラッキー?」


 ……ベルちゃんの魔法道具に不可能はない。

 2つの冷蔵箱間にミラーリング(一方向同期)機能を搭載させ、ハーヴェンさんちの冷蔵箱の中身をコピーするという構築を仕込んだのは、限りなく正解だったらしい。その結果……ターゲット側にあたるベルゼブブの冷蔵箱は、ソース側の人間界の冷蔵箱から中身の「バックアップ」を自動で行っており、ベルゼブブは難なくおやつ(コピー)をゲットする事に成功していた。とは言え……。


(あぁ、でも……あったかいスープも飲みたいなぁ……)


 ……不可能はないと言いつつ、所詮は冷蔵箱。

 温かい食卓を再現する機能はないため……やっぱり、今度は夕食に混ざりに行こうと、ほくそ笑むベルゼブブ。


 食べ物はもちろん、独り占めしたい。でも、1人の食事はちょっと寂しい。どうやら……暴食の真祖にとっても、食事は大勢の方が楽しいもののようだ。

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