11−51 転職の話
お仕事の概要と、お給金の話だけになったとは言え。新しい職場のメンバーに迎えてもらって、一安心と言ったところか。パトリシアは誰に向けるでもない、ただいまの挨拶と一緒にリビングに向かうと……気分も軽やかに、お茶を淹れようとお湯を沸かし始める。
(あっ。そう言えば、お兄ちゃんに転職の話していなかったっけ……)
英雄降誕の日から新生ハールの身元を掴もうと、セバスチャンは単身ローヴェルズに出かけたままだが……いくら推奨図書の作者とは言え、本当に大丈夫なのだろうか。
相変わらずの方向性も危うい、暴走具合が気になるが。あれで、セバスチャンはその場をうまく受け流す術だけには長けているし……。今までの傾向を元に判断すると、パトリシアはお茶を口に含みながら、何かと破天荒な兄を憂慮するのを早々に諦める。きっと、そのうちひょっこり帰ってくるだろう。そんな事を考えながら、気持ちを切り替えついでに、改めて渡された雇用条件に目を通す。
(えぇと。拘束時間は朝の9時から夕方4時まで。週休3日のお給料は、月額銀貨1枚と銅貨25枚……。う〜ん……。これ、貰いすぎな気がする……)
勤務時間は前職とあまり変わらないが、給料だけは大幅に増えたとあっては、何かの間違いかと丸眼鏡をクイクイと上げつつ、再度書面と睨めっこしてみるものの。並んでいる数字はどう頑張っても、変わらない。
業務内容は受付と適宜掃除の手伝い、それと……事務処理。かの院長先生は孤児院の運営に関して、きちんと行政部分でも筋を通すつもりらしく……事務処理も任せるつもりで、パトリシアを招き入れたのだろう。しかし、その含みを考慮しても、提示された待遇は破格な気がすると、パトリシアは頭を悩ませる。それほどの価値が果たして、自分にあるのだろうか?
(ま、まぁ……お給料を頂けるのは、ありがたいことなのだし。見合うお仕事ができるように、頑張らないと)
現在、孤児院にいるのは18人。子供の人数に対して、大人の手が回らない部分もあるらしい。だとすれば、おそらく書面以上に業務内容は雑多なものになるだろう。きっと息つく間もなく忙しい、だけど確実に充実した毎日になるに違いない。だったらば、折角のお仕事を前向きに楽しまなければ、損ではないか。
(そうよね。子供達もみんな可愛かったし……フフ、あの子達のためだけでも、お仕事頑張れそう)
ティーカップから立ち上る湯気に眼鏡を曇らせながらも、それすら意に介せず、パトリシアは子供達の面影をそっと思い出す。特に、何かと不安げな顔をしていたメイヤが嬉しそうにしてくれていたのだから、彼らともうまくやっていけそうだ。
突然の出来事で、あれよあれよという間に決まってしまったが。予想だにしなかった毎日が、間違いなく明日から始まる。それでも……成り行き任せの日常とは言え、新しいことが始まるのはいつだって、とてもワクワクする。
軽やかに浮き立つ期待と高揚感とを一緒にお茶を飲み干すと、自分自身も刷新される気がして。……新しい自分ともうまくやっていけそうだと、パトリシアは心が躍るのを確かに感じ取っていた。




