11−47 色々と手厳しい相手
昨晩にハーヴェンから聞いた内容を報告書にまとめ、ルシフェル様とラミュエル様宛に送付する。そして……それとは別に、魔界の方の報告書もまとめているが。こればかりは事実確認を取らない限り、公表していいものか判断できない。と、いうのも……。
(魔界の時間軸が人間界に近くなった……それはつまり、人間界で彼らとの遭遇率が上がるという事。場合によっては、監視体制を強化した方がいいのかも知れない……が、今の魔界はどんな空気なのだろう……?)
もちろん、彼らが全員危険な相手ではない事くらいは百も承知だ。しかし、こちらとしてはできる事なら、札付きの状態で人間界に出て来て欲しいのが本音で……誰彼構わず警戒しないわけにはいかないのが、悲しいかな、天使のサガというものだったりする。
「ルシエル様、いらっしゃいますか?」
「あぁ、リッテル来てたの? ……そうだ。ちょうど相談したいこともあったし、少しお話ししても大丈夫?」
「えぇ、大丈夫ですよ。魔界の時間の進みが遅くなりましたし、慌てて帰る必要はなくなりましたし……」
「そっか。実は、ね。話というのは、まさにその魔界の時間軸についてなんだけど」
私の答えを受け取って、綺麗な青空色のワンピースに身を包んだリッテルが、ふんわりとした様子で部屋に入ってくる。すかさず扉は閉めますかと目配せをしてくるので、必要はないとジェスチャーするが……彼女の気配りの先を見やれば。既に数名の天使達がこちらを興味津々で覗いているではないか。相変わらず、業務に支障を出している気がして、情けない気分になる。
「どうやら、魔界の時間軸が人間界に合わせられているらしくて。人間界で彼らに遭遇する可能性が高くなりそうなんだ。それで、向こうとしてはどんな雰囲気で受け止めているのかを知りたい。ハナから疑うのも心苦しいんだけど、ここぞとばかりに悪さをしに出てくる悪魔がいないかが心配でね。それで、マモンに確認したいんだけど……」
「それは構わないと思いますが……そればかりは主人だけに相談しても、難しい内容だと思います。今朝は早速、ダンタリオンさんがお見えになって、強欲の悪魔さんについてが主人の方で話をしてくれるようでしたが。……領分が違う悪魔さんへの抑止力は、流石の主人も持ち合わせていません。それでなくても……中には多かれ少なかれ、真祖の言うことを聞かない方も一定数いるみたいで……全てを掌握することはできないのだとか」
あぁ、やっぱり。そうなるよな。いくら最強の真祖様とは言え、他の領分にまで口出しはできないのだろう。
「主人も他の大悪魔さんにも相談してくれる、なんて言っていましたが……。ただ、なんと申しますか。主人に言わせれば、悪魔さん達よりもヨルムンガルド様の方が心配だとか……」
……だろうな。それには、私も同感だ。先日の「やらかし具合」からしても、最大級に警戒するべき相手だと思う。
「今回の時間軸の変更は、主人がヨルムンガルド様を説得した部分もあるのですが、時間の開きがあるせいで私のお仕事に不都合があるからと、言い含めてくれた結果でもありまして。その上で、ヨルムンガンド様もこの間いらっしゃった皆様を、随分と気に入られたみたいで……。ただ、あまりの急接近に主人も頭を抱えていました……」
ルシフェル様の話では、「9人が耐性込みで帰ってきた」とのことだったが……。それは要するに、1度にそれだけの相手をかの冥王はできるということでもあり……何かと真面目なマモンが頭を悩ませるのも、無理はないのかもしれない。
「どちらかというと、悪魔以上に魔界の親玉様を気にしていた方がいいわけか……あぁ、なんだろうな。先日の話じゃないけど、私もそっちの方が大問題な気がする」
「先日の話……?」
「うん。ルシフェル様から、告知が出ていたと思うけど。ヨルムンガルドについて、新しくマナから情報提供があってね。……どうやら彼はオリエントから、この大陸に別の女神を伴って逃げてきていたらしいんだ。その辺の非常に複雑な事情もあって……今、マナの方がとても気を揉んでいるんだよ」
そのマナは今まさに「謹慎中」なのだが。「複雑な事情」も含めて、リッテルにも情報を共有しておいた方がいいだろう。しかし、肝心のヨルムンガルドがどんな男神なのかが今ひとつ、掴めない。浮気性なのは確かみたいだが、それも結局のところ、マナの主観ベースでしかない訳だし……彼の素性を知っていそうな相手に詳しい話を聞きたいのだが。誰か話を聞けそうな相手、いないかな?
「あ、そう言えば。確か、是光ちゃんって……ヨルムンガルドの身から作り出された魔法道具、だったっけ? ここでヨルムンガンドについて、是光ちゃんに話を聞くことって……できるかな?」
「言われてみれば、そうですね。少々、お待ちください……是光ちゃん、ちょっとお話いいかしら? 聞きたいことがあるのだけど」
ヨルムンガルドの素性を抑えておきたい……そんな事を考えていると、要件を満たす相手がいるのにも気付く。そうして、私の思いつきに近いお願いにもしっかりと応じて、リッテルが手元に呼び出すや否や……不機嫌そうな声で応じてくる是光ちゃん。……相変わらず、私には色々と手厳しい相手のようだ。
(いかがしましたか、チビ天使)
「だから、是光ちゃん! ルシエル様は私の上司の大天使様なのよ? それでなくても、普段から悪魔さん達のために色々とご協力してくださっているのに……その言い方はダメでしょ?」
(左様ですか? まぁ、愛しい妻君がそうおっしゃるのであれば、そういう事にしておきましょう。……ところで、某に質問でもおありで? 可能な範囲ではお答えしますが、某は口が軽い方ではありません。その辺り、勘違いしないでいただきたいのですが)
既に、口が軽い気がするが……ここは無粋な指摘はせずに、彼のペースに乗っておこう。
「え、えぇ……もちろん、差し支えない範囲でお答えいただければ、結構です」
(そうですか。……で? ご質問とは?)
「……魔界でヨルムンガルドが目覚めたという事で、かの存在について少々知りたいことがございまして。……マナの話ですと、元はオリエントの龍神だったとお伺いしていますが、何分……その……」
(あぁ、そういうことですか。……仕方ありませんね。ヨルムンガンドは殊の外、女道楽にご熱心みたいですから)
最後まで思い切って言えずに、言葉を濁していると。私の様子に、言わんとしている事をしっかりと把握してくれたのだろう。彼は態度こそ辛辣ではあるものの、察しが良くて助かる。
(霊樹の身でありながら、お館様の色事に口を出しては煙たがられておりましたし……こちらの皆々様方が気を揉むのも、無理はないというもの。……しかし、某も主人たるヨルムンガルドのことは分からぬ部分が多いのです)
なんでも、是光ちゃんは作られると同時にマモンに仕えていたため、彼にとっての主人はどうしてもマモン寄りになる様子。彼自身が本来の主人……ヨルムンガルドに仕えていた時期はないそうな。
(ただ……某の武器名からするに、元の性別は違ったのではないかと、勘繰る部分はございます)
「性別が違う……?」
えぇと、それは……ヨルムンガルドの素性に関係のある話なのだろうか?
(某は“これみつごぜん”と申し、三条の白鞘に住う刀ではありますが……“ごぜん”は主に、女性への敬称として使われる言葉です。無論、神の御前という意味や、性別を意図しない敬意を込めた二人称としての用法もありますが、某の場合は地位のある女性の名称と考えていいでしょう。某が男性としての性質を持つようになったのは、ヨルムンガルドの身の一部を引き継いでいるが故の変化と思われますが、生前は女性だった可能性もあるのではないかと)
なんだろうな。マモンの刀は本当に物知りなんだな。彼の説明はやや、蛇足には感じられるものの……確かに、彼らが意思を持ち得ているのは、原動力となる魂が搭載されているからで。その出どころは、気にはなる。
(複雑な経緯があるのは間違いないでしょうが……何れにしても、某はヨルムンガルドの詳細は存じません)
……と思いつつ、「結局、分からないんかーい」と、内心で突っ込んでしまう自分がいる。興味深い話ではあるとは言え、結果が「存じません」ではガッカリするではないか。まぁ……是光ちゃんは意外と話好きなのだと、判明しただけヨシとしておこうか……。
(ただ、この場合はお館様の他の刀……殊、十六夜丸に聞いてみるのが、よろしいかと。あれは我らの中でも、甚だ曲者ではありますが。最古参者である故、ヨルムンガルドについても存じているやもしれませぬ。……あれは元来、お喋り好きでもありますので。“所定の方法”で口さえ割れば、ペラペラと言の葉を吐き出すでしょうて)
一方的ではありつつも、思いの外、協力的な内容を吐露すると途端に黙り込む是光ちゃん。一頻り黙りこくった後に、お役目も済んだとばかりにリッテルの空間へと引っ込んでいく。口が軽い方ではないと、但しを付けてくる割には随分と饒舌な気がするが……やっぱり、それは黙っておこう。




