11−43 お風呂を作るのって、大変なんですね(+番外編「おまじないの間違った使い方」)
折角のお土産を持ち帰ってきたのに、ドアを開けた途端クソガキ共に抱きつかれて、どうすればいいのか分からない。既に涙声の言葉を辿れば、昨日今日と入れ違いになったのが随分と堪えたそうで……俺達に忘れられやしないか心配で、泣いていたらしい。いや、確かにちょっと帰りは遅くなったけど。……だからって、ここまで大泣きしなくてもいいだろうに。
「いいから離れろ、このクソガキ共が! ちょっと家を空けたくらいで、泣き喚くんじゃねーし!」
「だって、昨日も会えなかったし……」
「グスッ、夕方になっても帰ってこなかったし……」
「パパとママが帰ってこなかったら、アチシ……どうすればいいか分からないでしゅ……」
「だからさ、ちゃんと手紙も書いてったろ?」
何だかんだんで、妙に心配性なんだよなぁ、こいつらも。
「みんな、大丈夫よ。パパも私も、あなた達の事を忘れたりなんかしないわ。ほら、ちゃんとお土産買ってきたから、元気出して。さ、お家に入りましょ?」
「は〜い……」
リッテルがクソガキ共を言い含めて、ようやく身柄が解放されるけれど。ゲンナリしながら俺も家に入ろうとすると、迷惑にも、タイミングを見計らった様に呼んでもいないお客様がやってくる。えぇと……今日は余分に土産は用意してないぞ?
「マモーン! ちょっとお願いがあって、来たんだけど〜?」
「突然に押しかけて、申し訳ございません。少々ご相談があるのですが、よろしゅうございますか?」
「随分と妙な組み合わせだな……。アスモデウスはいいとして……オリエントデヴィルまで、何の用だよ?」
「えぇ、ちょっとお風呂をお借りしたいのと……」
「それと! 私の所にもスパを作りたいんだけど! ね、ね! あれ、どうやって作ったの⁉︎」
「……あぁ、そういう事? つーか、怠惰の悪魔って今は冬眠中じゃなかったのか? 何で、お前がいんだよ?」
この間、エメリックも明日から冬眠に入るので……なんて律儀に挨拶をしに来ていた割には、同じ怠惰の悪魔のはずな色女が目の前に立っている。ご用件の方は何となく、分かる気がするが。冬眠期間中の怠惰の悪魔がどうして、アスモデウスなんかとつるんでいるんだ?
「私は一応、熊猫だったりするものですから。冬眠はせぬのです」
「熊猫って……確か、パンダってヤツだったっけか? あぁ、なるほど。お前の種類名はそっから来てんのな」
「その通りですよ。流石、マモン様はオリエントの時事にもお詳しゅうございますね」
まぁなー。俺も本性はそっち系の動物だしなー。竹林が落ち着くのは、明らかにオリエント系の名残だと思うし。
「……ま、いいか。とりあえず、話は中で聞くよ。スパは俺がというよりかは、嫁さんの所業だし。コーヒーくらいは出してやるから、上がれよ」
「まぁ、そう? それじゃ、遠慮なくお邪魔するわ!」
「お邪魔致します。……しかし、マモン様のお屋敷は随分と控えめなのですね。真祖のお住まいにしては、小さすぎやしませんか?」
「うっせぇな。俺はだだっ広いのは、落ち着かないタチなんだよ。リッテル〜! ちょっと相談があるんだけど! 今、大丈夫か?」
「えっ? あ、大丈夫よ! あら? アスモデウス様と……」
「ひゃっ、アスモデウスしゃま……」
2名様と一緒にリビングに戻ると、そこには俺よりも先に嫁さんの膝枕を堪能しながら、今日のおやつを頬張っている小悪魔共の姿がある。約1名がいつも通り、すかさずアスモデウスに反応するものの。……こいつらはおやつさえあれば、大人しくなるのな。さっきまで大泣きしてたのは、どこのどいつだよ。
「お初にお目にかかります。私はオリエントデヴィルのコーデリアと申しまして。今日はご相談があって、お邪魔したのですが……奥方もよろしゅうございますか?」
「もぅ。コーデリア、大丈夫よ〜! リッテルちゃんは超絶に優しい子なんだから。そんなに緊張しなくても、いいわよ」
「で、ですが……」
「ご相談ですか? もちろん、私で良ければお伺いしますけど……。でしたら、あなた……」
「ハイハイ、分かってますって。今、コーヒー淹れてやるから待ってろ。お前らもサッサと座れよ。そんな所で突っ立たれても、却って落ち着かねーだろ」
若干投げやりに請け負って、実はちょっと楽しみにしている「ゴリゴリ」をしながら様子を窺う。リッテルはリッテルで妙に緊張しているのか、ぎこちない様子で自分用に買って来ていたお菓子を差し出しているけど……ったく、こっちの都合もお構いなしにやって来た奴にまで、気を使う必要なんかないのに。
「これ……何のお菓子?」
「フロランタンというナッツクッキーです。ちょっと甘めなので、コーヒーと一緒にお召し上がりになった方がいいと思いますよ?」
「ほぉ……これまた、甘美な色合いのお菓子でございますね。私の故郷にはこんな菓子はなかったので、つい物珍しくて……不思議な気分になります」
「そうなのですか?」
「えぇ。私はこうなる前はバンリ出身でございまして。……色々とありまして、落ち延びた先で闇堕ちしましてね。お恥ずかしゅう話ではありますが、生前は自分で身の回りのこと1つできぬ、ぐうたら娘だったものですから。闇堕ちした先が怠惰の領分だったのも、当然と申せば、当然なのでしょう」
「そう、だったのですか……。何れにしても、闇堕ちされたからには、とても苦労されたのですね……。えぇ、でしたら! 是非に、ご相談内容をお聞かせ下さい。私にできる事があれば、喜んでお手伝いします!」
妙な方向で色女に同情したらしいリッテルが、さっきまでの緊張感もかなぐり捨てて、前のめりでおっしゃる。そんな彼女達を尻目に、ようやく淹れたコーヒーを差し出すと、お仕事達成とばかりに彼女の隣に座ってみるものの。……えっと、あの。俺、隣に座りましたよ? もうちょっと、こっちに来てくれても……いいんでない?
(ゔ……俺、忘れられてる?)
女3人で顔を突き合わせて嬉しそうにしている横で、こじんまりとしながらコーヒーを啜るけど……何だろう。今日のコーヒーは心なしか、しょっぱい気がする。
「相談というのは、他でもございません。あちらのスパを怠惰の領内にも作りたいのです。と申しますのも、ベルフェゴールの領域は永久凍土に覆われているせいもございまして、きちんと寒さを凌げる術は皆無と申していいでしょう。本来は冬眠しないはずのフィボルグでさえも、寒さに嫌気が差して惰眠を貪りに入るくらいなので……。少しでも体を温める設備があればいいなと思い、こうしてお願いしている次第でございます」
お前ら、冬眠したくて永久凍土を選んでたんじゃないのかよ。まぁ、あれか。ベルフェゴールのお役目……罪人を永久凍土に閉じ込める……からしても、もしかしたら「冬眠したい」はオプションなのかも知れないなぁ。でも、配下も丸ごと永久凍土に住んでいる必要はないだろうし、あったかい場所に移るって選択はないんだろうか。
「まぁ、そうだったのですね……。でしたら、いいですよ? 丁度、スパの素になる魔法道具に余裕もありますし。よろしければ、お分けします」
「まぁ、本当⁉︎ あ、私も専用のスパが欲しいんだけど! いつぞやにマモンに屋敷のすぐ横におっきな穴を開けられちゃったもんだから、持て余してんのよね。穴は埋めたけど、元々あった水晶庭園が台無しになったし! ちょっと、どうしてくれんのよ⁉︎」
「あ〜、あ〜。ハイハイ、いつぞやはすみませんでしたー……っと。仕方ねぇだろ。あの時はお前がいう事を聞かなかったんだから」
「うるさいわね! とにかく、私もスパが欲しいの! ね、リッテルちゃ〜ん。私にも魔法道具、貰えないかしら?」
「まぁ……主人がご迷惑をおかけした様で、申し訳ありませんでした。もちろん、いいですよ! 私自身も1度で上手くできる自信がなかったので、10個くらいオフロマン……スパの素ですけど……を用意していたので、余っていますし。お2人もこれを使って、素敵なお風呂ライフを堪能してください!」
あの時と同じく、急激に上がったテンションで嫁さんが例の魔法道具を呼び出す。
……しかし、10個もあったのかよ、それ。俺の領域にいくつ失敗作を拵えるつもりだったんだ……?
「出でよ、魔法道具! オフロマン★」
「「おぉ〜!」」
無事に呼び出された魔法道具を2人に手渡す、リッテル。だけど、それを渡したってことは、当然……。
「あのさ、リッテル……」
「何かしら?」
「それを使うってことは……2人にも、あの変なおまじないと踊りをさせるって事だよな……?」
「まぁ! 変な、なんて失礼な!」
「いや、だってさ。ハービバノンノン……とか、意味不明だろ……」
「そんな事ないわ! あの呪文はとーっても由緒正しいものなの! 意味不明とか、酷いにも程があるでしょッ⁉︎」
「あっ、ハイ……」
何故かキレ気味に俺に応じた後、さも当然と悪魔2人にもおまじないと踊りを伝授し始めるリッテルだけど……。しかも、何故かアスモデウスもオリエントデヴィルも、妙に乗り気だし……。
「……あら。結構、面白いじゃない、この呪文」
「そうですね。元気になると申しますか、前向きな気分にさせられると申しますか。うむ、帰ったらベルフェゴールにも寝起きの準備運動として、提案してみるとしましょうか」
「ウフフ、2人ともお上手です! 後はおまじないと一緒に、どんなお風呂がいいかを想像して、箱ごと夢と魔法を振りまいちゃってください! さぁ、みなさんご一緒に!」
「「「レッツ・オフロマン★」」」
最後に3人揃って、ノリノリで流し目をくれちゃったりするけど。えっと……これ、どうすればいいんだ? 大体……よくそんなヘンテコな踊りを覚える気になるよな? しかもアスモデウスに至っては、嬉しそうにステージに取り入れようとか言い出したし……。
「パパ……」
「うん……何だ?」
「お風呂を作るのって、大変なんですね」
「そうだな……」
「あ、あのアスモデウスしゃまが、こんなに楽しそうにするなんて……」
「……その辺は忘れてやってくれるか……」
「はい……」
この辺の感覚は小悪魔共の方が正常な気がして、ますます居た堪れない。勢いでスパを量産するのは、大いに結構な事だけど……。変な方向に魔界を巻き込んでいるっぽいのは、気のせいか?
【番外編「おまじないの間違った使い方」】
「マモン様、久しぶりです! あ、えっと……」
「ハイハイ、お久しぶり。サファイも元気してたか?」
「はい! とりあえず、元気です。今日はみんなと一緒に、お風呂を頂きに来ました」
「あ、そうなんだ。もちろんいいぞ。丁度空いてるし、好きなだけ浴びてけ」
いつぞやに声を掛けてやってから、懐かれたレッサーバエル……サファイが約束通り、お仲間を連れてやって来た。俺としては根源違いの小悪魔にまで親しまれるなんて、思いもしなかったけれど。それはそれでいいかと、情けなく納得していたりして。
で……そんな事を考えながら、ちょっとむず痒い気分で風呂のご利用を了承したが。サファイ達の口から、衝撃の事実が告げられる。
「あ、そうそう! 僕達もちゃんと、お風呂の儀式を覚えてきました!」
「入る前に、準備体操が必要なんですよね⁉︎」
「……儀式? 俺、そんな事を言った記憶はないけど……」
「えぇ〜? アスモデウス様がお風呂にはおまじないが必要だって、言ってましたよ?」
「うん! 折角ですから、マモン様にも見てもらうです!」
めいめい訳の分からない事を言いながら、6人のレッサーバエルが目の前で整列し始めると、嫁さん仕込みのファンタスティックな踊りをご披露してくれちゃったりする。
……これ、何の間違いだろう……?
「ババンババンバ、ハービバノンノン!」
「も1つ、ハービバノンノンッ!」
「ビバノンノンノン!」
「ビバノノンノノン!」
……拝啓、神界の皆様……。お陰様で、魔界の悪魔達は今日も元気です……。
神界発祥のおまじないは今、魔界で大流行しているようです……。流行病以上にタチの悪いトレンドに……俺はどうすればいいのか、分かりません……。
本当に……本当にありがとうございました……。




