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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第11章】調和と不協和音
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11−39 疲れ切った声色

 この季節の日が落ちるのは殊更早いが、今日の夕焼けはどことなく不穏な色が混じっている気がする。ジャーノンはそんな事を考えながら、幹部を全員招集すると……約束の時間だと、ホーテンに声を掛けに部屋に出向く。しかし、今日も今日とて、シャリアが彼に泣きついているらしい。中から響く声を前に、ドアをノックする手が思わず止まってしまう。

 さて、どうしようかな。ドアの前で様子を窺うが、娘の懇願をホーテンが面倒そうに遇らっているのも確かに聞こえて……彼の疲れ切った声色を聞き取ると、遠慮せずに割り込んでしまった方がいいと判断し、ジャーノンは改めてドアをノックした。


「……ドン。会議の時間でございますが、いかがしますか?」

「あぁ、すぐに行く。皆を待たせるわけにもいかんし、今日はシャリアも一緒に会議に参加すればいいだろう。……ワシの今後について把握すれば、身の程が理解できるというものだ」

「えっ? お父様の今後……?」


 きっと、シャリアが一方的に話していたのだろう。彼女はホーテンに僅かな話をする間も与えぬ程に、自分の話ばかりを続けていたのだ。……現状でさえ、何よりもルルシアナ家にとって重要な事情を知らない様子を見ても、彼女の自己中心的な考え方は抜けていないらしい。


「……でしたらば、シャリア様もご一緒にどうぞ。今日は跡目の話になりますので、あなたにも無関係な事ではありませんし」

「フン。ワシはほとほと、疲れた。とにかく、ジャーノン……行くぞ」

「ハッ」


 やれやれと首を振るホーテンと、彼の後ろにおずおずと付いてくるシャリア。そんな彼らを会議室に招き入れた後、ジャーノン自身も定位置のドンの隣へ歩みを進めるが……シャリアの登場が予想外だったのだろう。集まっていた幹部達は声こそ上げないものの、驚きを隠せない表情をしている。


「……さて。ある程度、ジャーノンから話は行っているかも知れんが、先日の取引会で少々面倒なことになってな。ワシ自身も限界ということもあり、この場で跡目を決めることにした。本当は例の商人と取引を付けられた奴にとも思っていたが……それを抜きにしても、ワシがここに座り続ける明確な理由は最早、ない」


 ジャーノンにしてみれば、アズル会はホーテンがトップだったからこそ、回っていた部分も大いにあると思うのだが。「ほとほと、疲れた」の弱音に嘘はなかろうと勘繰っては、静かに付き従うまでである。


「それでなくとも、ワシが家長だったせいでシャリアが調子に乗っている部分はあったようだし……そういう部分も鑑みて、お前達の中から跡目を決めると同時に、隠居することにした。尚、ジャーノンは隠居の護衛に付いてくるそうだから、跡目候補からは外れておる。……故に、お前こそはという者もいないから、お前達で話し合い、ルルシアナの家長を決めろ。推挙理由が納得できるものであれば、晴れて新しいドンの誕生だ。ということで、皆。自由に話し合いを進めるがいいだろう」

「そ、そんな! お父様、幾ら何でも急すぎませんか⁉︎ このルルシアナ家はどうなるのです⁉︎」


 ホーテンのやや投げやりな決定事項に、真っ先に声を上げたのはシャリアだった。しかしながら、彼女の心配はルルシアナの行く末ではなく、自分の立場に向いているとハッキリ分かってしまう程に……お粗末だった。


「どうなる? 別にどうともならんよ。跡目の件はあらかじめ、予告はしておったし。まぁ、その慌てようはワシの今後を心配しているというよりかは、自身の心配をしてのこと……か。そうだろうな。ワシがこの座を降りれば、カーヴェラで威張ることもできなくなる」


 図星である。ホーテンがトップの座を降りれば、その娘であるシャリアは理不尽に威張れなくなってしまうのだ。それでなくとも、最近は失態続きで評判もすこぶる悪い。そんな中で、ホーテンまでもが降板となれば。……この街で悠々自適に暮らしていくのは、無理だろう。


「そう睨むな。きっとワシが憎いのだろうが……だがな、それは思い上がりというもの。恨むのなら、こんな事になるまでに気付けなかった、自分の無能さにすることだ。今まで、自力で何かを成し遂げようとしてこなかった怠慢こそが、自身の足元を掬ったことにまだ気付けんのか?」

「……‼︎」


 無関係ではないだろうと言われて、付いてきたはいいものの。挙句、大勢の前で木っ端微塵に鼻をへし折られて、そのまま居座れる程、流石のシャリアも図太くはなかった。父親のあまりに無慈悲な宣言に、言い訳も弁明も述べることもできずに、涙を流しながら退室していく彼女の背中を見送って。……ジャーノンが心配そうに、ホーテンに囁く。


「よろしいのですか? いくら何でも……あそこまで、申さなくても」

「別に構わん。あのバカ娘は今日も市役所でルルシアナの家名に泥を塗ってきおったのだ。……この際、スッパリ切り離してしまった方が互いのためだろう」

「……」


 連日、新聞を賑わせる年増区長。そんな区長が孤児院長に説教をされて、凹まされたとあれば。彼女を快く思っていない街の人間が、こぞって面白がるのも無理はないわけで。例によって、その顛末を取り上げた記事には一方的にシャリアの悪評を書き連ねた上に、ルルシアナ家を小馬鹿にする論調で溢れかえっていた。

 彼女の性格から、その内容は多少の誇張はあっても、大筋は外れていないだろう。しかし屋敷内でさえ味方がいない中で、大々的に陰口を叩かれた日には……彼女の傷心にどれだけの塩が塗り込まれていくのかを想像すると、ジャーノンは俄かに居た堪れない気分になるのだった。

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