11−37 いろんな意味で弾けておるの
元凶を作り出したのが、自分の親玉だという事に申し訳なくなりつつ。ベルゼブブの無責任さには俺も常々、頭が痛い。それでなくても、あいつのいい加減さはそろそろ……俺の手にも負えない気がしてきた。
「……それはともかくとして、じゃ。ハーヴェンちゃん。すまぬが、ルシエル様にも伝えてくれんかの。……例のオズリックとやらは聞いている限り、ワシの血縁に近い者じゃと思う。あまり考えたくはないが、ギルテンスターンは頭だけの状態で帰ってきた……つまり、体は別の場所で失くしている事を考えると、その身がどこかで利用されている可能性もあるじゃろう。女王殿下とも話はしたが、天使様側には今の話を伝えても差し支えないと、了承も取っちゃってある。ここは素直に、そちら様のご協力を仰いだ方が賢明じゃろうて」
「あぁ、それはいいけど……」
しかし、本当に大丈夫かな? 結構な部分で、踏み込んだ内容だった気がするけど。
「なーに、いずれ明かさねばならぬ事じゃろうて。それに……人間界で痕跡が見つかっている以上、我らも他人事では済ませられぬ。……やはり、引きこもりは良くないの。気づけなければいけない事を、垣間見ることすらできなくなる」
この後の事は、ドラグニールとも相談せねばならぬが……と、長老様は難しい顔をしたまま、疲れたように呟く。どうも、長老様自身は竜族の「引きこもり」に思うところがあるようで。そろそろ世界を見つめ直さねばならないと、力なく肩を揺らしている。
「ゲルニカ、そういうコトじゃから……引き続き、頼めるかの?」
「心得ております。ルシエル様との契約を介して、連携しなければいけない事は逐次、ご報告差し上げます。場合によっては、ご協力を要請するかも知れませんが……ルシエル様であれば、快くお力を貸してくださるでしょう。な、ハーヴェン殿?」
「おぅ。俺も大丈夫だと思う。ルシエルはなんだかんだで面倒見もいいし、大天使様だからな。ある程度の要求もゴリ押してくれるだろう」
「そうか、そうか。旦那様のハーヴェンちゃんが言うんなら、問題ないかの。……と、話は大体済んだところで、最後になってしまって、申し訳ないんじゃが。ダンタリオン殿にはせめてもの詫びに、ちょっとした贈り物を用意したのじゃ。女王殿下から秘蔵の品を預かってきたので、貰ってくれるかの?」
必要な話も済んだところで、ほんのり気分が上向いたのだろう。いつもの朗らかな笑顔で、長老様がぶ厚めの本を呼び出しては、そのままダンタリオンに手渡すが。しかし、軽い口調で言っていた割には、秘蔵の品とかって重厚なフレーズがあったような……?
「こ、これは……⁉︎」
「あ、ダンタリオン殿はこれが何だか、分かっちゃう? これは、の。我ら竜族の秘伝の書……古代竜言語魔法大系のコピーじゃ」
秘伝の書って時点で、普通の魔法書じゃないな、これ。そんなものを渡しちゃって、大丈夫なんだろうか?
「流石にオリジナルを渡すわけにはゆかぬが、複製魔法を使っておるから中身は寸分違わぬし、知識の共有に使う分には遜色はあるまいて。まぁ、中身は竜族以外が使うことのできない魔法が大半じゃから、あまり意味はないかも知れんが……モノホンの方はゲルニカの屋敷に保管されておるし、それは好きにしちゃって構わんよ」
あっ、なるほど。ダンタリオンの手にあるのは、コピーなんだ。それでも、竜言語魔法の秘密が一杯な書物でもあるのだろうから……秘伝の書なのには、変わりはない気がするけど。
「こんなに貴重な物を頂いて、構わないと⁉︎」
「うむ、オッケーじゃ。あぁ、そうそう。分からない部分があったら、ゲルニカに聞いちゃうといい。中身を熟知しておるしの。……と、言うことでゲルニカ」
「はい。……ダンタリオン殿にもこちらの屋敷の鍵をお渡ししておきます。私も魔法書の話し相手が欲しい時がありますし、お気軽に遊びに来て下さい」
示し合わせたように、いつぞやに俺が預かったのと同じ鍵をダンタリオンに手渡すゲルニカ。そうして、紛れもなく超貴重品のサンクチュアリピースを受け取って、いよいよ感極まったらしい。さっきまであんなにプンスカしていたのは忘却に彼方と言わんばかりに、ダンタリオンが涙を流し始める。
……何だろうな。ダンタリオンはどうも、魔法書絡みになると感情が豊かになるみたいだ。大抵のことには無関心で無表情だと聞いていた手前、彼の興奮具合に少し不安になる。
「あぁぁぁぁぁ! なんと……なんと、幸運な事でしょう! 竜言語の魔法書を頂けたのもさる事ながら、伝説の地に足を踏み入れる資格を頂けるなんて……! このダンタリオン、今日という日を忘れませんッ!」
「え、えぇ……そんな風に感動していただけると、こちらも嬉しいですよ。あぁ、そうそう。私自身は屋敷を空けていることもあるでしょうが……ダンタリオン殿であれば、魔法書をぞんざいに扱うことはなさらないでしょうし、この屋敷にある書物は全て閲覧いただいて構いませんよ」
「そ、そそそそそ……それは本当ですかッ⁉︎ あ、ぁ……なんという、奇跡……も、もう……幸せ過ぎて、私は、私は……」
「え……えぇッ⁉︎ ダっ、ダンタリオン? って、おい! ダンタリオン、しっかりしろ! おーい!」
トドメにゲルニカの素敵すぎるお言葉を頂いて、いよいよ何かが振り切れてしまったらしい。今度はその場で失神するダンタリオン。……幸せって、一気に詰め込まれると処理不能になるものなんだな……。
「ハーヴェン殿……私は悪いことを言ってしまったんだろうか……?」
「いや、そうじゃないぞ。その内目覚めると思うし、心配しなくていいと思う。ただ、悪いんだけど……ちょっとこのまま休ませてやってくれるかな……」
「あ、あぁ。それは構わないけど……」
「……なんじゃろ。ダンタリオン殿は、いろんな意味で弾けておるの。ワシも年の割には弾けてて、イケてると思ってたんじゃが……まだまだかも知れん」
誰よりもハイテンションなダンタリオンの様子に、黙り込む俺達3人。同じ魔法書バカのゲルニカも、このテンションに合わせる気はないと見えて、かなり当惑している様子だ。成り行きでこうなったと言えど、興奮したダンタリオンは妙に危険な気がする。これ以上はこちらさんに迷惑をかけるわけにもいかないし……しばらく、俺も様子を見に来た方がいいかなぁ。




