表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第11章】調和と不協和音
474/1100

11−36 絶対に実らない恋

「さて。あの魔法書をどうして孫が持ち出したか、じゃったな。ワシが申すのも、なんじゃが……ギルテンスターンは変わり者での。風変わりな願望を叶えるために、全ての願いを叶えるという魔法・スペルディザイアの習得を切に望んでおった」


 ゲルニカの書斎に通されて、長老様が事と次第を話し始める。スペルディザイアの習得……か。しかし、あの魔法は代償や魔力消費が大きい以前に、最奥義の魔法だけあって、構築難易度も飛び抜けていた気がする。俺自身はその構築に関しては、考えも及ばないのだけど。ベルゼブブでさえ、あれだけの詠唱をしていたし……仮に悪魔だったとしても、普通に扱えるシロモノではないだろう。


「スペルディザイアは現段階では、ベルゼブブ様しか使えない魔法ですよ? 門外不出のはずの魔法を、どうしてお孫さんはご存知だったのでしょう……?」

「その辺はワシも分からぬが……どうやら、アレに悪い事を吹き込んだ者がおるようなのじゃ。ギルテンスターンの望みはそんな魔法に縋らないといけない程に、現実離れしたものじゃったが……夢というのは叶わなければ叶わない程、人を夢中にさせるようでの。絶対に実らない恋に夢中になるあまり、ギルテンスターンの精神は異常を来し始めたのじゃ」

「実らない恋……? でも、竜族ってオスが圧倒的に少ないんだよな? 言い方は悪いけど、相手は選びたい放題だったんじゃ?」

「そうだね。ハーヴェン殿の言う通り、竜族のオスはとても少ない。だから余程の事がない限り、大抵の求婚は成立するものなのだけど……ギルテンスターン様の恋はどう頑張っても、成立しないものだったらしいんだ」


 どう頑張っても成立しない……? あぁ、もしかして……。


「そういうこと? ギルテンスターンさんは人妻に恋をした……とか?」

「ハーヴェンちゃん、いいセン行っとる。確かに、それも我らの規律では実らぬ恋に該当するの。じゃがのぉ……あやつのは、更に理由が捻くれておっての。それじゃったら、まだ救いはあったのじゃが……」


 どこか歯切れの悪い長老様に、ダンタリオンと2人で顔を見合わせて首を傾げる。長老様の沈痛な面持ちを見る限り、余程の事情みたいだが。どんな理由があったのだろう?


「勿体ぶっても、仕方ないの。……実を申せば、ギルテンスターンが恋をしたのは、メスではなくての。……あやつは幼馴染のオスに恋をしておったのじゃ」

「……え〜と。それって、つまり……」

「ギルテンスターン様は男色家だったと……?」


 おぉう……。ただでさえ超ハードモードだと思っていた彼らの結婚生活に、こんなイバラ道まで存在するなんて。なるほど、絶対に実らない恋……か。うん、これは竜族だからとか云々以前の問題な気がする。


「あ、あのさ……お相手はそれ、知ってたの?」

「……知っていたと言うよりは、気づいていたが応えられなかった、が正しいかの。相手は普通の感覚の持ち主じゃったし……どちらかと言うと、気味悪がられていたと言っちゃった方が、ピッタシかも知れん」


 そりゃ、そうだろうな。

 他所様の感性を全否定するつもりはないが……俺も気色悪いと、まともに取り合わないだろう。仮に、ゲルニカにそんな事を迫られたら、なんて答えていいのか分からないと思うし。……この屋敷に寄り付かなくなるな、間違いなく。


「しかしの、竜族の繁殖能力は驚く程、低くての。オスの出生率が異常に低い事を考えても、その恋路を許すわけにもいかなんだ。そこでの、ワシは……ギルテンスターンに何とかして、諦めさせる事にしたのじゃ」


 諦めさせる? 普通の感覚を持ち得ない相手に……それまた、どうやって?


「ギルテンスターンに伴侶を用意し、婚姻を結ばせたのじゃ。しかしの、ギルテンスターンは諦めの悪さも異常でな。相手が手に入らないとなると、エメラルダを産み落とした奥方を蔑ろにしながら、可愛いオスの子供がいると聞いて出かけて行っては、誘拐まがいの事を繰り返し始めた」


 あっ、これはまた……ダメなヤツだな。長老様のやりようも、あまり良くなかったのかもしれないが。そもそも、「可愛いオスの子供」に執着している時点で、マズい香りがプンプンするぞ。


「……無論、彼らを親元に返してはおったが、日に日に孫の行動は常軌を逸するようになって……辛うじて、エメラルダを可愛がるそぶりは見せておったが、それはあくまで無関心ゆえの体裁でしかなかったようでの。……どうしてあの子がオスではないのだろうと、常々こぼしておった」


 ギルテンスターンさんのこれ、竜族はオスが圧倒的に少ないからこその、執着なんだろうか? ここまでくると、エメラルダさんも不憫だな……。


「あやつが理性を失うのも時間の問題だったのじゃろうが、そんな折にどこの誰かは知らぬが、悪魔に頼めば願いを叶えてくれると吹き込んだ奴がいたようでの。そして、とうとう……ギルテンスターンは一縷の望みをかかるつもりで、魔界に旅立って行った」

「そうだったの⁉︎ ギルテンスターンさんって、長老様があのドアで追放したって聞いたけど……?」

「表向きはそうじゃな。……本当のところを言っちゃうと、ワシはあやつを探すつもりでミレニアムポートを作ったのじゃが……思うように目的の世界に辿り着くようには、作れなくての。どうも、魔界は空間位置が安定していないようで、繋がったところで接続を維持するのも難しい」


 あっ、それは言えてる。魔界からユグドゲートを使うと、いつも違った場所に放り出されるけれど、これは人間界側の問題じゃなくて、魔界側の問題だったりする。魔界は時間の進みも、空間軸も不安定ないい加減な世界。そんな魔界に向けたポータルを構築するのは、ヨルムツリーの祝詞を持つ悪魔でない限り、無理な話だ。


「が、どういうわけか知らぬが、ギルテンスターンは1冊の魔法書を咥えた頭だけの状態で帰ってきての……。エメラルダを納得させるためにも、話をでっち上げたのじゃ。……かつての父親の行動が不安定で、異常だったのはワシがエレメントマスターの職を奪ったから。そして気が狂れてしまっても、ワシには孫は殺せぬ……だから、あのドアで追放したのだと」


 ……長老様、かなり泥をかぶってるな。エメラルダさんを傷つけないためとは言え……嘘を仕立てて、自分を悪者にすることで、ギルテンスターンさんを庇うなんて。


「エメラルダはそれから、ワシをお祖父ちゃんと呼んでくれなくなっての。しかし、それを差し置いてでも、隠蔽せねばならぬ事だったのじゃ。まさかギルテンスターンが男色家で、しかも相手が……エスペランザ様の夫でもある、シェルデンであったなんて。とてもではないが、口外できぬ内容じゃった」

「……シェルデンさんって、人間界で邪竜扱いされて魔禍になったって言う……あの?」

「あぁ、ハーヴェンちゃんも知っとるのね。その通りじゃよ。しかしの、シェルデンの事情にも……何か裏があるようなのじゃ。あの一件以来、竜族が総じて天使を深く憎むようになった事を考えると、誰かが仕向けたのかも知れんの」


 それってつまり……竜族と天使を引き離そうとした奴がいたって事か……?


「竜族は世界の守護と調律を務めとする精霊じゃが、その本分は紛れもなく、ドラグニールをもたらした始まりの天使・ミカエルより授かった性分じゃ。そもそも彼女達が精霊と契約を交わし、使役できるのには……礎となっている霊樹を天使がもたらした事に起因する。我ら精霊は霊樹の魔力を介して彼女達からの制約と制限を受けている事に他ならぬし、故に竜族も例外なく天使との契約を持たぬ限りは、能力を最大限に発揮できぬ」


 あぁ、なるほど。これは要するに、天使との契約を選ばなかった場合、竜族も本領を発揮できなくなるんだな。竜族と天使の関係を悪化させることは、両者の勢力を削ぐ事にもなるのか。


「竜界は約500年程前から、この空間位置に移動したのじゃが、ギルテンスターンが魔法書を持ち込んだのはタイミング的にはそのすぐ後じゃ。あの魔法書がドラグニールの力を奪っていた事を考えると……時期の一致は、偶然ではないのかも知れん」

「しかし……あの魔法書はそれまでも当時も、私の元で厳重な封印を施していましたし、専用の魔法道具がない限り触れる事すら難しい書物です。……ギルテンスターン様は、どうやって持ち出したのでしょうか……?」


 そうだよな、ダンタリオンのご指摘はご尤も。なんだけど……それも、真祖の悪魔が噛めば、できちゃったりするみたいなんだよなぁ。


「あ〜……一応、言っておくと。どうもな、その辺はベルゼブブが絡んでいるっぽいぞ」

「ベルゼブブ様が?」

「うん。当時、魔界に迷い込んできたギルテンスターンさんの面倒を見ていたのが、ベルゼブブだったりしたんだけど。あいつは例の魔法書を餌に、ギルテンスターンさんを散々コキ使ったらしい。何をさせていたのかは知らないが、ベルゼブブはあれで、その魔法書に書かれている魔法も使えるわけだし。色々とやらかしているのは、間違いないと思う」

「そういう事でしたか……! 真祖であれば、あの封印を解くのは造作もない事。こうなったら、マモンにベルゼブブ様の触覚を綺麗サッパリ、引っこ抜いてもらうとしましょうか……!」


 ギリギリと牙を鳴らし始めるダンタリオンだが……これまた、お怒りもご尤も。

 お屋敷の書架の様子からしても、彼が魔法書の整理と研究に心血を注いているのは間違いない。そんなコレクションを勝手に持ち出されたとあれば……うん、俺もお仕置きが必要だと思う。これを機に、マモンとヤーティのコンビでいい加減な根性を叩き直してもらった方が良さそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ