11−34 一撃必殺の魔法のおやつ
ダンタリオンを連れてお邪魔すると、ご用件があるとかで……ゲルニカが長老様を呼んでくる。そうしてやって来た長老様は相変わらず、テンションは高めだが。表情はいつもよりも若干、硬いようにも見えて。……お話の内容は、あまり気楽なものでもない様子。例の魔法書絡みとあって、ダンタリオンに向き直っては、自己紹介とあらましから始めているものの。萎れ具合を見る限り、長老様も孫の素行に思うところがあるのかもしれない。
「お初にお目にかかるの、ワシはオフィーリア。一応、竜界の長老ではあるのじゃが……例の魔法書を持ち出した、ギルテンスターンの祖父でもあっての。この度は孫が飛んだご迷惑をおかけしたようで、誠に申し訳なかった。ほんに、すまぬ事をしたのう……」
「いえいえいえ、私としてはあの子が無事に戻って来れば、それ以上を申し上げるつもりはありませんよ。ただ……あの魔法書を持ち出して、お孫さんは何をされようとしていたのでしょう? あれはご存知の通り、ヨルム語の魔法書です。悪魔以外の手にあっても、無意味かと思いますが」
こっちはこっちで、テンション高めなダンタリオンだけど。流石に竜界の長老相手にいきなりはっちゃけるつもりはないらしい。意外な程に常識的な反応で、至極当然の指摘を投げる。
「理由はある程度、予想もできておるが……すまぬの。それをここで話す事はできぬのじゃよ。……ゲルニカ。悪いが、部屋を借りれんか? 出来ればお前とダンタリオン殿、そしてルシエル様に伝える意味でもハーヴェンちゃんの4人で話をしたいのじゃが」
うん……やっぱり、お話は気楽なもんじゃなさそうだ。長老様の困り顔といい、内緒話を持ちかけてくるのといい。あまりオープンにできない内容なのだろう。
「えぇ〜⁉︎ 爺や、私達には教えてくれないの?」
「エル、仕方ないでしょ? 多分、その話は僕達が知っているのは良くないんだよ。ほら、今日も一緒に魔法の練習をしよう?」
「大人には大人の事情があるでヤンす。お話に混ぜて欲しいんだったら、ちゃんと大人にならないとダメでヤンす」
「ムゥ〜!」
「まぁまぁ、お嬢様は相変わらずふくれっ面をするのですね? そんな顔ばかりでは、坊ちゃんに嫌われますよ?」
「確かに、折角の可愛さが台無しですぜ。ほらほら、坊ちゃんに嫌われてもいいんですかい?」
「そ、それはイヤだけど……」
公然と内緒話をすると宣言されて、すかさず抗議の声を上げるエルノアをギノ達が嗜めるけど。すんなりとワガママちゃんが引っ込まない。まぁ、確かにここまで聞かされて、その先は秘密です……なんて言われた日には、気になって仕方がないのも分かるけど。大人のお兄さんとしては、ここで駄々をこねられるのは困っちゃうんだな。
「エルノア、仕方がないだろう? ここから先はあまりよくない話なんだよ。だから、いい子のエルノアに聞いてもらうのは、ちょっと都合が悪いんだ。……すまないが、テュカチア」
「えぇ、そうですわね。ほら、みんなは母さまと一緒に、お茶をしませんか? 久しぶりに、アップルパイを焼いたのよ? いい子のエルノアはアップルパイ、好きだったでしょう?」
「うん! だったら、母さまのアップルパイ食べる!」
なんだかんだでアップルパイに目が無いエルノアと、阿吽の呼吸でゲルニカのご希望を汲み取ってくる奥さん。きっと、ルノ君の出産がひと段落して、「ニカちゃんモード」が解除されたんだろう。
「アップルパイ? クラン、それって何か知ってる?」
「僕、知らないです……ゴジは?」
「おいらも知らないよ?」
そうか、グレムリンちゃん達はアップルパイも初めてか……。そう言えば、こっちにきていた時も、コーヒーに警戒心丸出しだったり、初めてのおやつも物珍しそうにキラキラしながら食べていたっけな。
(この反応、なんだか新鮮だな〜。まぁ、初めてだろうと、なんだろうと。奥さんのアップルパイだったら、問題ないだろう)
それでなくても、当の奥さんは気遣いも満タンのご様子。不思議そうにしているグレムリン達もまとめて面倒を見てくれると見えて、迷惑がることもなく彼らにもお菓子の説明をし始めた……と思っていたけど。ちょいとばかり、雲行きが怪しい。
「ウフフ、私のアップルパイは魔法書マニアの父さまをメロメロにした、自慢のお菓子なの。ここのお庭のリンゴを使って焼き上げたアップルパイは、一瞬で相手を笑顔にする、一撃必殺の魔法のおやつなのですよ」
「おぉ〜!」
「……テュカチア。頼んでおいて、すまないが……子供達の前で、恥ずかしい事は言わないでくれるかな……」
一撃必殺、ね。何がどう必殺だったのかは……ここでは聞かないほうがいいかな。




