11−31 クロナデシコ
「なぁ、リッテル。ちょっとお願いがあるんだが、いいか?」
「あら、何かしら?」
靴もしっかりねだられ、殊の外重たくなった赤い紙袋を引っ込めつつ……土産を買いに行く、道すがら。例の思い出の続きが、こんな所に転がっているなんて思いもしなかったし、厄介ごとが増えた格好になったが。それでも放っておけなくて、リッテルに相談を持ちかけてみる。ここは素直に、彼女経由で向こうさんの力を借りたほうがいいだろう。
「さっきのシルヴィアちゃんの事だけど」
「えぇ、私も気づいていました。あの子……あのお姫様の子孫で合ってるかしら?」
うん、嫁さんも気づいていましたか。そりゃ、そうだよな。あの髪飾りを見れば、一発だよな。
「そうだな。あの子はルヴラの……延いては、精霊の子孫と見て間違いないと思う。だけど、俺が気にしているのはそこじゃなくて。……あの子自体がかなりマズい状態だって部分だ」
「マズい……状態ですか?」
シルヴィアの真っ白な見た目は間違いなく、クロナデシコが悪さした結果だろうが。そもそも……クロナデシコがあんな所に根付いているのが、本来はあり得ない。何故なら……。
「クロナデシコは人間界に適応していない落とし子でな。霊樹の落とし子には、大きく分けて原種と派生種があるが、クロナデシコは原種の方だ。だから、本来は原産地のグリムリースのお膝元でしか自然発生しないはずなんだけど……」
そんな原種がなぜか人間界に……しかも、狙い澄ましたように、霊樹の化石でできている髪飾りに根付いていた。このことからしても、あのクロナデシコは自然に引き寄せられたものじゃないだろう。
「……多分、あのクロナデシコは誰かが故意に髪飾りに植えつけたんだ」
「でも、誰が……何のために?」
「俺もそこまでは分からないが……ただ、あの様子だと、彼女は先祖返りしている可能性もかなり高いと思う。多分、あの髪飾りの持ち主がルヴラ……延いては妖精族の上位精霊・ドルイダスの子孫と知っていた奴がいて、先祖返りを必然的に発生させるために、クロナデシコを仕込んだんだ」
クロナデシコは生長するために苗床の色を奪う一方で、瘴気を浄化して魔力を吐き出す傾向がある。そのため、クロナデシコが吐き出した魔力を元にして、持ち主側が代替わりし続ければ……精霊としての本領が発生することもあり、結果、先祖返りした精霊が誕生する。もちろん、気が遠くなるような時間が必要だが。代を重ねれば、重ねる程、先祖返りの発生率も徐々に上がっていくもんだから。待ってさえいれば、いつかは必ず先祖返りが誕生するって寸法だ。
「だけど、先祖返りは純粋な精霊として扱われないことが多くてな。普通の精霊よりも瘴気への耐性は桁外れだけども、存在自体がタブー視される部分もあって……存在の抹消と有効活用を兼ねて、霊樹の栄養剤として生贄にされるのが、常なんだ。何で彼女が孤児院にいるのかは知らないが、もし本来の目的であの子を利用しようとしている奴がいるなら……きっと狙っていると想定した方がいい」
「でしたら……そんな悪い人達から、あの子を守らないといけませんね」
「そうだな。ユグドラシルが生きていた頃は、あの髪飾りも魔除けになっててよかったのかもしれないが。今じゃ、逆効果だろう。精油程度では、罪滅ぼしにすらならないだろうけど……かと言って、俺自身はこっちにずっといる訳にもいかないし。……悪いんだけど、孤児院の皆さんに話を通しておいてくれないか」
「分かりました。ルシエル様にご相談して、皆さんにも伝えていただくようお願いしておくわ」
「あ、でも……」
「ウフフ、分かっています。……ヴァンダートのお話は秘密にしますから、安心して。そこまで共有してしまったら、大好きな怪盗さんを独り占めできなくなってしまいますもの。そんな勿体無い事、できないわ」
「いや、だから。俺、怪盗をやってた時期は本当にないんだけど?」
「あら、そう?」
例の怪盗絡みになると、やっぱり悪戯っぽい表情で笑うリッテル。彼女の笑顔には敵わないなと思いつつ、俺が意図することを汲み取ってもらえた事にホッとする。しかし、そうして安心していたのも束の間、前方に怒号混じりの人集りができているのが見えてくる。雰囲気からして……大道芸か見世物か何かか?
「へぇ〜。こんな昼間っからドンチャン騒ぎとは、景気がいいな。そう言や、カーヴェラはお祭りの真っ最中だったっけか?」
「えぇ、そうだったわね。ただ……多分、あの人だかりは違う気がするの……」
「あ?」
さっきまで幸せそうだった嫁さんの顔が曇り始めるもんだから、仕方なく興味もなかった人混みにもう1度、視線を戻す。そんな光景の先から聞こえてくるのは……複数の怒鳴り声と男の子が啜り泣く声。……あっ、もしかして。
「そういう事……。人間ってのは、弱い者いじめが好きなんだから……」
「あなた……」
「ハイハイ。分かってますよ、分かっていますとも。……か弱いボクちゃんを助けてやりゃ、いいんだろ?」
俺が投げやりに返事をすると、今度は嬉しそうに頬を赤らめるリッテル。悪魔的には人間を助けるのが、どれだけ格好悪い事なのかを理解していないんだろうが。そんな顔をされたら、いい子にいう事を聞くしかないよな。
「はーい、お邪魔しまーす。お兄さん達、こんな所で何をしているのかな〜?」
「お前、誰だ?」
「うーん。別に俺が誰かは、お兄さん達には関係ないんじゃない? とりあえず、道のど真ん中で子供相手に寄ってたかって、何してんだよ。……格好悪いにも、程があんだろーが」
低音ボイスで吐き捨てつつ、状況を改めて見やれば。4人のお兄さん達はこの間絡んできたチンピラとは、雰囲気が違う気がする。どこをどう見ても、普通の町人……いや。小洒落た服装から、貴族の坊ちゃん方といった感じか。そんな4人のお兄さんの前で背を丸めて泣いているのは、薄汚れたボロボロの洋服を纏った男の子で……青い髪が妙にぺったりしているのを見ても、しばらく身繕いもできなかったんだろう。
「ハン! 誰が格好悪いだって? まさか、高貴な僕達の事を言っているのかい?」
「町人ごときが私達の制裁を止めようなんて、おこがましい。部外者はサッサと失せ給え」
何だろうな〜……この妙にイライラする感じ。確かに、俺は部外者だろうが……。
「そう? それじゃ、言わせてもらうけど。弱い相手を4人がかりで痛めつけるのは、そんなに格好いい事なのか? 俺にはそれ、どこまでも無様に見えるけど」
「何だと! 黙って聞いていれば、この平民ごときが!」
「生意気な子供は、引っ込み給え!」
平民に……生意気な子供? まさか……それ、俺のことか?
「いや、俺は平民でも子供でもないけど……? 人が穏便に収めようと話してやってるのに、失礼じゃない? なぁ、リッテル。こいつら、延してもいい? 俺、こいつらをボコボコにしないと、気が済まないぞ」
「えぇ、もちろん。やっちゃって下さい、あなた! でも、手加減はしてあげて下さいね。半殺し程度で済ませて下さい」
意外とリッテルは荒事の許容範囲が広いみたいだが……半殺しまではいいんだ、半殺しまでは。言われなくても、3分の1殺し程度で済ませようと思ってたけど。それにつけても、晴れてお許しも出たし……お言葉に甘えて、ちょっと暴れてもいいだろうか。
「はーい、嫁さんのオーダーが出ましたので、お仕置き決行しまーす。お前ら、覚悟はいいだろうな……?」
「あっ……」
「そちらのレディは……あなたのお連れ様ですか?」
「あ?」
「あぁ、何と麗しい! お名前は何と仰るのですか⁉︎」
「この後、お茶をご一緒いただけませんか?」
「えっと……?」
しかし、俺が凄んでみせたのも極めてライトに受け流されて、リッテルの存在に揃って鼻の下を伸ばし始める、坊っちゃま方。見れば目の前の4人だけではなく、人集りの誰もが彼女を見つめている。
……しまった。リッテルが見境なしの害虫ホイホイだったの、忘れてた。と言うか、凄んでも無視されるとか……本当に真祖の威厳、どこに忘れてきたんだろう……?
「……リッテル。とにかく、まずは俺の所に避難。話はそれからだ」
「は、はい! あ、すみません。退いてください……主人が呼んでます……」
「しゅ、主人⁉︎」
何気なく、リッテルがそんな事を言いながら俺の背後にくっつくもんだから、今度は別のどよめきが上がるのが、いよいよ切ない。俺が彼女に不釣り合いなのは、十分承知なんだけど……あからさまに驚かれると、情けなくなってくる。そうして、今度は坊っちゃま方が俺の神経を殊の外、お上手に逆撫でしてきて。勘違いもここまでくると、本当にご立派だよな……?
「そういう事ならば! そこの悪徳主人、私と決闘するのです!」
「いや、俺……悪徳でもないし、そっちの意味での主人でもないんだけど……」
「リッテル様! すぐに無礼者の手から救い出してあげますから、しばしお待ちを!」
俺の話なんか、ちっとも聞いちゃいねーし。
ため息をつきながら、さっきまで男の子が蹲っていた場所を見やれば……忽然と姿が消えている。この騒動に乗じて逃げたか。まぁ、それは賢い選択だろうし、別にいいけど。……俺、完全に身代わりじゃん、コレ。
「……私は夫の元から、離れる気はありませんから。あなた達みたいに弱いものいじめする様な、格好悪い人は嫌いです」
「夫……?」
「格好悪い……私達が、ですか⁉︎」
「いや、だっからさー。さっきから言ってるじゃん。弱いものいじめは格好悪いですよーって……」
俺が言うより、リッテルが言う方が効果的なわけね。……そう言えば、クソガキ共も俺の言うことはちっとも聞かないクセに、ママの言うことはよく聞いてたっけな。何か本当に……色々とムカついてきた。
「……で? そろそろ、お仕置きを受ける覚悟はできたか……?」
いよいよ得物を抜くと、その場で張り切って雷を落とし始めるが……あっ。今日のお供は雷鳴だったっけか。風切りのつもりで抜いたはいいが、意図せず目立つ格好になってしまった。あぁ……もう、いいや。こうなったら、勢いで怖い思いをしてもらうのもアリか。
「な、何だ……その武器は⁉︎」
「それは、一体……?」
「あぁ〜、言い忘れてましたー。俺、魔力遺産専門の武器商人・グリードって言いまーす。こいつはそんな魔力遺産の中でも、キッチリ現役バリバリの魔法武器でーす。ったく……さっきから散々、人をコケにしやがって……! 消し炭にされる部位は選ばせてやるから、言ってみろよ。腕か? 足か? それとも……その出来の悪い頭かッ⁉︎」
脅し含みで睨みつけてやると、今までの勢いが信じられないくらいに、4名様が俺に平伏し始めた。そんな事だったら、最初から楯突くんじゃねーし。ますます格好悪りぃな、オイ。
「……お前らみたいな腑抜け相手に、こいつを振るのも勿体ないか。もう、いいや。色々と本当に面倒クセェ。……リッテル、行くぞ」
「はぁい。……フフフ。グリちゃんは最高に強くて、素敵です。もぅ、更に惚れ直してしまいそう」
「褒めてくれるのは、とっても嬉しいけど……頼むから。いい加減、その呼び方と、小っ恥ずかしい事を堂々と言うの、やめてくれよな……」
「あら、そう? こういう事は、しっかり主張しておいた方がいいわよ?」
「あぁ、左様ですか……」
リッテルには頭が上がらず、悔し紛れに様子を窺えば。彼女は殊更、満足そうに擦り寄ってきて……調子外れの鼻歌に何かが慰められる気もして、色々と諦める。振り回されるのも、洋服をねだられるのも、きっと面倒な事なんだろうけど。……それでも、決して不愉快ではないと、仕方なしに納得している自分がいる。
それにしても……やっぱり俺、悪魔である事も諦めた方がいいのかもしれない。




