11−28 現役の魔力遺産
「あの、アーニャさん」
「どうしたの、シルヴィア?」
嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった、マモンご夫婦を見送った後のテーブル。そんな席の隣から、シルヴィアが遠慮がちだけれども、どこか嬉しそうに話しかけてくる。彼女の少しだけ朧げな視線を追ってみるに……武器商人様がご丁寧に置いていった、赤い芸術品が殊の外、気になるようだ。
「グリードさんが持ってきた短剣、中身をちょっと見てみたいなと思って……」
「そうね。あいつも妙に物騒なことを言っていたし、確認しておいた方がいいかしら。折角だし、裏庭で1度、抜いてみましょう」
「あ、私も見たいな〜。噂の武器商人の逸品を拝むチャンスなんて、滅多にないだろうし。それに、万が一火傷した時は手当してあげるわ」
「そ? それじゃ、決まりね。ジャーノンはどうする?」
「え? 部外者の私も拝見して、いいのかな……」
「いいんじゃない? あの様子だと、グリードもあなたの事を気に入っていたみたいだし」
「……そうなのか? 私は睨まれてから、緊張しっぱなしで……そんな事を考える余裕もなかったな」
「グリードの目つきの悪さはデフォルトだから。怒らせると、あの程度じゃ済まないわよ」
ぞろぞろと裏庭へ移動する道すがら……マモンが怒った時の顔を思い出して、身震いする。
あいつは本気で怒らせると、猛獣のように唸り声を荒げ、牙を剥き出しにしながら……相手を嘲るように、悍ましい笑顔を浮かべるのだ。私は正直なところ、彼の笑顔以上に「悪魔らしい悪魔の顔」を見たことがない。
そんな訳だから、彼が仏頂面で相手に接している時はご機嫌は普通……いや。寧ろ、麗しいと判断していいだろう。何やら、個人的な事情があるらしいシルヴィアにはともかく、本人が自覚しているように「部外者」のジャーノンにまで置き土産……しかもかなりの貴重品……を残していくのだから、彼を気に入ったのだと思う。
「さて。それじゃ、お披露目といきましょうか」
周りに燃えやすいものがないか確認して、裏庭の石畳の上に陣取り、そっと短剣を鞘から抜いてみる。重厚そうな見た目とは裏腹に、随分と抜き口は軽やかで……握り心地を確かめながら、一思いに引き抜くと。まるで刃を守るかのように、鮮やかなオレンジ色の炎が火の粉を舞い上げながら燃え盛る。ショートなのは、あくまで剣自体の事を言っているみたいね。棚引く炎の長さは、短剣本体の倍はある。……なるほど。これだけ派手に吹き出すとなると、一振りしただけで、大抵のものは燃やし尽くせるだろう。
「す、凄い……! この感じが……現役の魔力遺産なんですね!」
「えぇ。私もこうしてお目にかかるのは初めてだけど、流石グリードが仕立てさせただけはあるわね。うん、気に入ったわ」
「やっぱり本物は迫力が違うわね。私もリッテル経由でお願いして、メスを仕立ててもらおうかしら?」
「……ザフィ、そんな物騒な物を何に使うつもりなのよ。医療器具まで魔力遺産である必要は無いでしょうに」
「アハ、それもそうか」
ザフィに軽く請け負いながら、意外と物分かりのいい短剣を鞘に戻す。鞘自体も特殊素材でできているらしく、燃え盛る炎を諌めるように、いとも容易く飲み込んで見せた。様子からしても、この短剣はかなり扱いやすい武器だと考えていいだろう。
「……ジャーノン、どうしたの?」
「い、いや……まさか、本当にこんな武器が存在するなんて、思いもしなくて。グリード様が魔力遺産専門だなんて、噂は聞いていたけど。白状すれば、半信半疑だったんだ。でも……こうして目の当たりにすると、信じざるを得ないな……」
「そ? まぁ、私とザフィは精霊落ちだから、意外と慣れているけど。現代人にしたら、普通じゃないわけだし……そりゃ、驚くわよね」
「あ、あぁ……」
目を輝かせる同じ現代人のシルヴィアとは別方向の感想を漏らすジャーノン。そうして尻込みしていたのかと思えば、やや遅れながら真剣な表情を見せる。どこか固い決意を窺わせる目つきに、また頭の奥がズキンと痛んで……どこかで誰かのこんな表情を見た気がする……。
「ザフィ先生。先ほど、先生は奥様経由でメスをお願いする、とおっしゃいましたね?」
「え? えぇ……。そもそも私達はリッテルの知り合いだし。今日の薬草も、方々を旅している彼女の旦那様であれば見つけてくれるかもと思って、お願いしてあったのよ。まさか、こんなに早くオーダーに応えてくれるなんて、思いもしなかったけど。その辺は前金以上に、奥様の口添えが効いているのかもね」
「奥様の口添え、ですか?」
あぁ、それは言えてる。リッテルのお願いは、なんだかんだで聞いているみたいだし……さっきのやり取りを見ていても、マモンが彼女の尻に敷かれているのは間違いなさそうだ。
「ミルナエトロラベンダーを常用している時点で、グリードは瘴気内の探索に関しても相当、手慣れていると思うわ。ただ、ね。当然ながら、そのスジのプロフェッショナルを働かせるには、失敗する可能性も考慮の上で、かなりの金額を前金で渡さないとダメなのよ」
その辺り、グリードはプロ中のプロでしょうね……と、ザフィは思わしげな様子で、腕を組む。……なんだか、話が逸れてきた気がするが、大丈夫だろうか?
「でも、そのプロも奥様にはとにかく甘くてね。普通料金だったら、支払えない額を請求されると思うけど、リッテルのお願いであれば、掛け値無しでやってくれたりするものだから。リッテル経由で、っていうのはそういう意味よ。グリード本人にお願いしても素気なく断られることでも、リッテルがお願いしてくれれば、アッサリと引き受けてもらえたりするし。アーニャの武器も、口添えがあったのかもね〜」
あぁ、そこに話が落ち着くのか。この短剣については、リッテルが……という訳ではなさそうだけど。ここはそういうことにしておきましょう。……ちょっと頭も痛いし、色々と考えるのも煩わしいわ。
「そうかも知れないわね。そもそも、ここの働き口を紹介してくれたのもリッテルだったけど……結構、心配してくれていたのは事実かも。護身術だけでは悪い虫を追い払えないんじゃないか、って。……もぅ、リッテルはリッテルで変に心配性なんだから」
頭痛を紛らわせながら、話を合わせる。きっと、ザフィは魔力遺産がどんな物かを把握した上で、ボロを出さないように話を作り上げたのだろう。現役の魔力遺産が眠っているのが例外なく瘴気の中であるという事に、ミルナエトロラベンダーの効果を結びつけた上で、奥様には甘すぎるグリード……という構図を難なくデッチ上げる口上は、見事というより他ない。
悪魔は瘴気への耐性があるもんだから、その中でも活動できるのが本当の所だが。折角、マモンも人間界に馴染むためにグリードを名乗っているのだし……例え不名誉だったとしても、彼が奥様には激甘設定にしておいた方が無難だろう。
「……そういう事ですか。彼に仕事を依頼する場合は、本人よりも奥様を納得させた方が早いわけか……」
「ジャーノン。さっきから気になっていたけど……グリードに何か用件でもあるのかしら?」
「あ、あぁ……まぁ、色々とね。さて……そろそろ私もお暇しようかな。今日は面白い話と、貴重な体験ができて楽しかったな。……また来た時も話し相手になってくれると、嬉しいよ」
「そ? こちらとしてもお菓子がやってくれば、子供達も大喜びだろうし。……問題ないけど」
「私も問題なし、かしら。まさかここまでディープな世間話ができる相手がいるなんて、思いもしなかったし。また時間があれば、お話ししましょう」
「えぇ、是非。それじゃ、私はこの辺りで失礼しますね。シルヴィアちゃんもお元気で」
「はい! 今日はお菓子、ありがとうございました」
何かをはぐらかされた気がするが、それすらも容易く隠すように穏やかな笑顔を見せて、帰っていくジャーノン。その背中を見送りながら、さっきの眼差しの意味に思いを巡らせる。あんな視線を誰かに向けられて、そんな視線を受け止めて……。
(……やっぱり、分からないわ。ったく、どうしてこうも肝心な事を覚えていないのかしら。……思い出を探すのも、ラクじゃないわね……)




