11−27 フラグを回収できて、御の字
「あぁ、忘れるとこだった。こっちがザフィさんリクエストの薬草。……使い方は知ってる?」
「いいえ、知らないわ。超レア物って聞いてたけど……ちょっと検めてもいいかしら?」
「ハイハイ、どうぞ」
斜に構えた態度を崩さないまま、マモンがザフィに包みを取り出して渡す。中身が薬草だというそれは、厳重に数枚の鞣革できっちり包まれており……包みが1枚、また1枚と剥がされる度に、いい香りが鼻に届く。いよいよ深い紫色の花が姿を見せると、ザフィが白衣のポケットから乳鉢とピンセットを取り出して、慎重に花を検め始めた。
「……これが噂のミルナエトロラベンダーか。瘴気の中でしか咲かないとかっていう、幻の花よね」
「そうだな。しかもこいつはドライじゃなくて、生の状態だ。ハッキリ言って、ここまで香りが強い状態のものが手に入ることは、そうそうないぞ」
「まぁ、本当⁉︎ さっすが、超一流の武器商人ね!」
マモンの仏頂面に対し、興奮気味で褒め言葉を投げるザフィ。しかしながら……マモンは褒められても、あまり表情が変わらないのよねぇ。ちょっとは嬉しそうにしてもいいだろうに。
「……で、肝心の使い方は?」
「使い方も知らないまま、人を持ち上げるとかどうなんだ……?」
しかも、更に間抜けな質問を投げられて、今度はマモンの仏頂面に困惑の色が乗る。あら。マモンも困った顔はできるのね。意外だわ。
「まぁ、いいや。えっと、こいつは砂糖漬けにした物を煎じて飲むのが、一般的な使い方だが……ただ、砂糖漬けにしたら保存は利く一方で、効果は落ちるな。花自体はそのまま食っても問題ないから、暫くは生のまま使え。そうして少し萎れ始めたら、砂糖漬けにするといい」
「うん。それじゃ、そうしてみるわ。しっかし、これだけの分量、よく用意できたわね。代金、足りた?」
「代金はそちらさんのボスから前金でもらってるから、気にするな。そう言や、ジャーノンさんも薬屋だったっけ?」
「えぇ、そうですが……。私はこの花を見るのは、初めてです……」
テーブルを中心にいい香りがするものだから、その場の全員がミルナエトロラベンダーに注目している中で、マモンが思い出したようにジャーノンに話を振る。しかし……これはどう見ても、魔界の花だろう。ジャーノンが知らないのは、当然だと思うのだが……。
「さっきの詫びに、ジャーノンさんもこいつを持って帰るか? ドライになっちまって悪いんだけど、俺も普段から常用しているもんだから。それでよければ、いる?」
「いいのですか? ザフィ先生の話からするに、これは相当の貴重品なのでは?」
「うん。5グラムで金貨1枚くらいだと思うが、居合わせたのも何かの縁だろう。使い所は任せるが、こいつには蕾1つでも瘴気を綺麗サッパリ清める効果がある。……ここぞという時に、大事に使うこった」
表情は相変わらずだが、言葉の感じからするに、マモンはジャーノンを気に入ったらしい。意外と細かい事に拘るマモンが秘薬を与えている時点で、かなりの高待遇だろう。へぇ、マモンもいいトコロあるじゃない。
「で、最後になっちまって悪いが。そっちのお嬢さん、お名前は?」
「あ、はい! シルヴィアと言います」
「シルヴィア……か。あの、さ。変な事を聞くようで申し訳ないんだが。その髪飾り、どこで手に入れた物だ?」
「これですか? これは……母の形見です……」
「そうか。ごめん、悪い事を聞いたか。で、更に失礼を承知の上で、お願いするんだが……そいつを見せてくれないかな。その髪飾りも魔力遺産の一種だろうが、今は力がなくなって引退しているどころか、ちぃっと悪さをしている気がするんだよ」
「は、はい……」
妙な事を言い出したマモンに、何の疑いもなく髪飾りを外して彼に手渡すシルヴィア。アッサリと手渡された髪飾りを、マモンがルーペを取り出して調べ始めるが……。
「チィ……選りに選って、こんなところに根付きやがって……」
「あなた、それは……?」
「この髪飾りは霊樹の化石でできたものだろうけど……ほれ、この花びらの隙間に黒い双葉が見えるだろ? こいつはこのまま生長させると、直に宿主を喰らいにかかると思う。だから手遅れになる前に、っと……」
マモンがルーペをしまいつつ、小さな小瓶を取り出して、精油らしいものを1滴、花びらの隙間に落とし始める。垂らされた油が花びらの合間を伝ってポトリとテーブルに落ちると、油の上に本当に小さな黒い葉が浮いているのが見えた。
「……グリード様、これは?」
「この世界には、霊樹の落とし子と呼ばれる植物がいくつかあって。そいつらは根付く先によっては毒を生成したり、宿主を絞め殺したりするんだけど……こいつはそのうちの1つだな。葉の形状からして、クロナデシコだろう」
「クロナデシコ……?」
「本来は霊樹を苗床にするヤドリギだが……何を勘違いしたのか、この髪飾りを苗床にして、今まさに生長中みたいだな。肉眼で見えるまでになっている時点で、数百年単位で潜伏していたんだろうが……こいつはこの状態になると、自分が優先的に日光を浴びるために周りの色素を吸って、色を奪う傾向があってな。付着した先が人間とか動物とかだったら、かなりヤバかったな。そういう意味では、この髪飾りもお守りとして……あ、違うな。逆か。こいつの素材が霊樹の化石だったから、引き寄せられたのか」
精油を落とした痕を布で清めつつ、髪飾りをシルヴィアに返すマモン。彼の言葉を借りれば、ちっぽけな黒い葉っぱは相当の危険なものらしいが。まさか……。
「なるほど……シルヴィアの色素欠乏症はそれが原因だったの。しかし、グリードはなんですぐに分かったんだい? 私もクロナデシコくらいは知ってはいるけど、気づかなかったわ」
「……その髪飾り、以前にとある場所で見たことがあってな。その時はもうちょっと色が付いてたんだよ。元々はベージュに近いミルク色だったと思うけど、今は見事に真っ白で……それでお嬢さんのその状態だろう? だから、もしかしたらと思ってだな」
とある場所って、どこなのかしら……は、聞かない方が良さそうね。下手な事を聞いてマモンを怒らせたら、面倒だし。
「そういう事。それじゃぁ、元凶がこうしてなくなったという事は……」
「お嬢さんの色もそのうち戻るだろ。でも、それにはかなりの時間がかかるだろうから……こいつを渡しておこうかな。中身はミルナエトロラベンダーの精油なんだけど。その精油を毎日、1滴ずつ飲むといい。そいつは純度も高いから、すぐに効果も出るだろうよ」
「あの……貰ってもいいのですか?」
「別にいいよ。……昔にやらかした事のフラグを回収できて、御の字だから」
……さっきから、妙に含みのある言い方をするわね。何があったのか、ちょっと興味があるけれど……ここで喋ってくれるつもりはなさそうかしら。まぁ、マモンは数千年単位で生きている悪魔だし。それだけ生きていれば、色々とやらかすものなのかもね。
「さて。随分と長居しちまったが、用事も済んだし……俺達はお暇しようかな。嫁さんのワンピース探しに付き合う約束もしてるし、クソガキ共も待たせてるし……ほれ、リッテル行くぞ」
「はーい、ただいま。フフ……約束を覚えていてくれて、とっても嬉しいわ」
「だって、お前は約束を忘れるとすぐに拗ねるだろ。……プリンセスのご機嫌は損ねるよりも、保つに限る」
「まぁ! グリちゃんは所々、意地悪なんだから。そういう事なら、靴もセットで買ってくださいね!」
「ハイハイ……相変わらず、話が点と線で繋がっていない気がするが。プリンセスのお気に召すままに。このグリードめは姫様の行く先、どこまでもお供する所存でありますよ、っと……」
「よろしい! それでは、皆さま、お邪魔いたしました。またお伺いした時は、よろしくお願いしますね」
満面の笑顔を振りまきながら、マモンの腕に抱きつくリッテルだが……あのマモンをしてそこまで言わせるなんて、リッテルは彼に何をしたのだろう? ……この2人の力関係が分からなくなってきたけど、契約の力だと理解すればいいのかしら?
そんな事に混乱している私をよそに、マモンはマモンで些細なことと言わんばかりに、それじゃと軽い調子で食堂から出て行く。マスターが同じだけで……真祖様も随分と身近な存在になったものねぇ。




