11−24 魔界に青空
「パパとママ……まだ帰ってきていなかったです……」
「お土産買ってきてくれる、って書いてあったけど……」
「……寂しいですよぅ……」
「グス、パパとママに忘れられちゃうでしゅ……」
今日も今日とて、マモンさん家の小悪魔ちゃん達がやってくるが……どうやら、入れ違いになってしまったらしい。口々に「パパとママに会えなかった」と呟いては、既にしょんぼりと涙目だ。
「マモンに限って、それはないんじゃないかな……大丈夫。書き置きしている時点で、忘れていないと思うから。そんなに心配するなよ。ほれ、今日はおやつを食べた後、向こうに帰ったら間に合うんじゃない? だから、そんなに泣くな〜」
「すみません、ハーヴェン様……。私も間に合うように帰ったつもりだったのですが……魔界の時間軸が変更されたようで、計算が合わなくなってしまいまして」
「お?」
ダンタリオンも手に余ったと見えて、小悪魔たちを引き連れてやってきたと思えば、すかさず申し訳なさそうに呟く。俺はご訪問も一向に構わないのだけど、それ以上にダンタリオンがもの凄く気になる事を言い出した。えっと……魔界の時間軸が変更された、だって? それ、どういう事だ?
「実を申せば、今の空間位置はかつての魔界と人間界が近すぎた事に対する、予防策だったのです。うっかり人間界に出てしまう悪魔があまりに多かったので、2000年前ほどから、少しずつ人間界と時間軸をズラす事でヨルムツリーは悪魔達を守っていた側面があったのですが……その化身であるヨルムンガルドが天使にご執心とのことで、時間軸の見直しをしたそうですよ」
「はい?」
ヨルムンガルドが……天使にご執心⁇ 何がどうなって、そんな事になったんだ?
「ヨルムツリーって……天使が憎いとかって毒を吐いていた、アレだよな?」
「そうですね。神界を敵対視していたあの霊樹に、マモンが何を吹き込んだのかは判りかねるのですが……彼の直談判があらぬ方向に転がったみたいですね。黒かった空が綺麗に青くなっているので、魔界では別の意味で大騒ぎになっていますよ」
魔界に青空、ね。マモンはあの陰気な霊樹に、何を話したんだか……。
「しかし、それは嫁さん側にも知らせた方がいいかも知れないな。人間界と魔界の距離が近くなったとあれば、悪魔との遭遇率が上がるのは必然だろうし。即刻悪魔を退治しにかからないにしても、全員が無害なワケじゃないからな。注意喚起をしてもらった方がいいだろう」
「それには、僕も同意見です。皆に契約が必須という認識があれば、問題ありませんが。残念ながら……そこまで頭が回らない連中が一定数いるのも、事実です。私も折角の交流がなくなるのは惜しいですし、マモンが帰ってきたらば、強欲の悪魔に関してはきちんと躾けられるように、話をしておこうと思います」
おぉ。魔法書以外には無関心だったダンタリオンから、そんなポジティブな言葉が出てくるなんて……と、そこまで考えて、延長上にはちゃっかりゲルニカとの交流が乗っかっているのにも、すぐに気づく。あぁ。ダンタリオンの契約は魔法書っていう餌がぶら下がっていたから、成立していたんだった。
「だったら……そうだな。今日はみんなで、ゲルニカのところにお邪魔しようか。この間の話の続きも聞かないといけないだろうし。おやつをお土産を持っていけば、向こうでみんなで食べられるし」
「ほ、本当ですか、ハーヴェン様!」
「う、うん……だけど、ダンタリオン。この間も言ったけど、ゲルニカの所には赤ちゃんがいるから、あまり騒がないでくれよな」
「もちろんですッ! あぁ、今日もこっちにきて良かった……!」
「……ダンタリオン様。僕達のこと、忘れていませんか?」
「ゔ……おいらはパパに会いたいです……」
「ママ……寂しいですよぅ」
「もぅ。ダンタリオンしゃまはこうなると、目の前が見えなくなるんでしゅから……」
感極まってテンションダダ上がりなダンタリオンを、じっとりと半目で見つめる小悪魔ちゃん達。……この落ち着き加減を見る限り、この子達の方がよっぽど常識的に思えるな。
「それはそれ。マモンとリッテルが帰ってくるのは、きっと夕方だろうから、それまでみんなで一緒に待っていような。すぐに他の子達も呼んでくるから、ちょっと待ってて。みんな揃ったら、竜界にお出かけしようか」
そうして彼らの頭を順番に撫でてやると、少しは前向きに納得してくれたのだろう。待っていなければいけない事に変わりはないのが分かるみたいで、ゴネる事なく大人しくしている。この辺はおそらく、マモンの躾が行き届いているのだろうが……強欲の悪魔は一律凶暴だと聞いていたものだから、真祖の変化1つでここまで変わるものかと、つい考えてしまう。
なるほど。真祖の方向性は、配下への影響力大なんだな。例の魔法書持ち出しの件もあるし、うちの親玉はヤーティに再教育してもらえるように、頼んでおこう。




