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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第11章】調和と不協和音
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11−23 鼻歌混じりの何気ない日常

 結局、帰っていないクソガキ共相手の置き手紙を残して、人間界に繰り出したものの。相変わらず、帽子が窮屈で落ち着かない。しかも、今日も今日とて、リッテルのご希望で「可愛いリボン」を首に結ぶ羽目になっている。


(これ……本当に、俺に似合っているんだろうか……?)


 ゲンナリしている俺のテンションダウンなんぞ、気にも留めていないのだろう。右側から、ご機嫌らしい嫁さんの調子外れの鼻歌が聞こえてくる。……リッテル、意外と音痴なんだな。


(まぁ……リッテルがご機嫌なら、これはこれでいいか……)


 うん。嫁さんがニコニコなら、些細なことは我慢しよう。……ご機嫌を損ねると、本当に面倒だし。


「あ、あなた! アーニャさんがいる孤児院はこっちみたい。この角を曲がって……」

「フゥン? この辺は……どれどれ?」


 気を取り直すついでに、リッテルが持っている地図を見つめれば。きちんと目的地に印がついており、孤児院は俺達が歩いているグリーン・ストリート沿いから、少し入った所の住宅街に位置しているらしい。元病院だと聞いてはいたが、地図上でも結構な大きさだし……相当、広そうだ。


「……にしても、孤児院にアーニャって大丈夫なのか? どう考えても、場違いな気がするんだけど」

「ルシエル様も問題ないと仰っていましたけど……フフ、そうね。アーニャさんは美人ですものね。別の部分で心配事が増えそうな気がするわ……」

「だよなぁ……。まぁ、その為の護身用なんだけど」


 そんな事を言いながら、手元の赤い鞘を見やる。少し短めのこいつはスルトに作らせた両刃の剣で、材料に魔界の溶岩鉱石・マグニスクロサイトが使われている。その為、当然ながら炎属性の武器だが……。


「如何せん、追加効果が派手なんだよなぁ……」

「そうね。抜いた瞬間に炎を吹き出すなんて、勇ましさはあなたの雷鳴ちゃんといい勝負よね」


 雷鳴といい勝負……か。こいつの場合は、単純に自己顕示欲が出しゃばった結果なんだけど。アーニャ様の短剣は雷鳴と違って、言葉は通じないだろうから、却って難しい気がする。一方、リッテルのお言葉に満足げな二陣を片手で諌めながら、やっぱりお供には重いなと後悔し始めていた。

 この間のお出かけに殊の外、満足だった四ノ宮の話に他の2振りも人間界に出かけたいとか吐かし始めたから、仕方なしに二陣をお供に選んだが。……人間界向けのカジュアルさと実用性は皆無のクセに、主張だけは激しいから面倒臭い。


「エメリックがクロサイト系の鍛造が得意なのは、聞いていたけど。必要以上に高性能過ぎんだよ。用途とシチュエーションはしっかり伝えてあったのに……仕上がりがこれって、どういう事なんだ?」

「エメリックさん、張り切って作ってくれたのね。冬眠前にいい仕事ができたなんて、仰ってたけど……高性能なのは、いい事じゃない。アーニャさんも喜んでくれるわ」

「ま、こいつならあいつの趣味とスタイルにも合うか。手軽さはちょいと損なわれた気がするが……魔力遺産専門の武器商人の商材としては、申し分ないだろうな」


 そんな事を小声で話しながら、さっきから気を紛らわせているけれど……やっぱり、リッテルが目立っているのが居た堪れない。

 居住区らしいこの通りには、食材を扱っている店が多いようだが。彼女にとっても、物珍しいのだろう。止せばいいのに、店先に並んでいる赤い何かを指差し、店主と話し始めた。自分が注目の的なのは、自覚なしか……。


「この赤い果物は、何かしら……?」

「リッテル。孤児院に商品を届けるのが先だ。買い物は後にしろよ」

「あら、子供達にお土産を買って行ってもいいでしょ? おじ様、こちらは何とおっしゃるのですか?」

「お嬢ちゃんはライチ、初めてかい?」

「ライチ……? えぇ……お恥ずかしながら。因みに、どんな果物なのですか?」

「え? ライチはな、えっと……」


 おじさん、まさか商品の知識ないのか……? 説明を求められて、困った顔をしているのを見る限り……このまま放っておくと、無駄に膠着状態が続きそうな気がする。本当に仕方ねぇなぁ……。


「……ライチはオリエントを原産とする果物だ。だから、ここで出回るのは珍しいかもな。赤いのは外皮だけで中身は乳白色。上品な香りと甘さが特徴で果汁は多めだが、中の種が大きいから可食部分は意外と小さい。古代バンリ皇帝の愛妃の好物だったとかで、文献にも載っていたりして……歴史は古い果物だろうな」

「そ、その通りです……えっと、お嬢ちゃんのお連れさんは、物知りみたいだな……」

「まぁ、これでも大陸全土を旅しているもんで。その程度の知識は、一応」


 実際にこの知識は旅で得たもんでも何でもなくて、ダンタリオンの霊樹生成学とやらに付き合ってやっていた時に勉強しただけだ。配下よりも知識量が少ないなんて、格好悪いと意地になっていたんだよな……当時の俺。その時の知識が、こんな所で役に立つなんて思いもしなかったけど。……感動の表情でリッテルに見つめられるのは、なかなかに気分がいい。


「……ハイハイ。だったら、貰っていこうな。おじさん、それ、1山いくらだ?」

「おっ、毎度あり。お値段は銅貨3枚だよ」

「舶来物の割には、意外と安いんだな。まぁ、生モノは足も速いから、当たり前か……」


 銅貨3枚を手渡して、代わりに果物カゴを受け取ると、リッテルにそのまま手渡す。そして……。


「ほれ。興味津々だったみたいだから、お前も1つ食べてみたら?」

「えぇ……そうしたいのだけど、このまま食べられるのかしら……?」

「赤いのは皮だから、食べない方がいいな。皮は柔らかいから、簡単に剥けるんだけど……。それにしても、そこからか……。お前は冗談抜きで、世間知らずなんだな……」

「まぁ! あなたが剥いてくれればいいじゃないの。グリちゃんの意地悪!」

「妙なところから、変なセリフを引用するなよ……ハイハイ、分かりました。分かりましたよ、っと。剥いてあげますから、ちょっと待ってろ」


 ご説明からお給仕までさせられて、薄皮を綺麗にツルッと剥いてやると……これまた、感動したように驚嘆の声をあげる嫁さん。そこまで見届けて今度は何も言わずに、口をパクパクし始めるが。こんな所で何を甘えてるんだよ、お前は。


「えっと……リッテル。ここまですれば、自分で食べられるだろ?」

「あら、折角ですもの。あーんしてくれても、いいでしょう?」

「……なぁ、さっきから気になっていたんだけど。お前はどこを目指していて、俺に何を求めているんだ?」

「もちろん、今日こそはあなたを独り占めするつもりなのですけど。……最近お弟子さんとか、お客様とかのお相手で……私のこと、ちっとも構ってくれないのですもの」


 こんな大衆の面前で涙目をされたら、俺の立つ瀬がないだろうが。リッテルはお構いなく俺を振り回してくるのが、厄介だ。今となっては、彼女の強引っぷりも織り込み済みなのだが……ガッツリ目立っている事を自覚していないのが、結構イタい。


「あぁ、分かった、分かったから! その埋め合わせで遊びに来ているんだから、こんな所で拗ねるなよ……」


 お望み通りに「あーん」をしてやると、ケロリとご機嫌を直して嬉しそうにライチを堪能し始める嫁さん。最後に種を吐き出させると、残った皮で受け取る。


「ありがとう、あなた」

「ハイハイ、どういたしまして。初めてのライチのお味はいかがでしたか?」

「上品な風味と甘さに、ウットリしたわ。古代の王妃様がライチに夢中になったのが、よく分かりました。なんて言えばいいのでしょう……同じ果物を食べられたというだけで、王妃様と同じ時代を感じられたというか。……これって、とてもノスタルジックな事よね。フフフ、王妃様はどんな風景を見つめながら、ライチを食べていたのかしら?」

「おぉ、お嬢ちゃんは詩人だねぇ。うちのカミさんに捻らせても、そんな言葉は出てこないだろうなぁ……」


 リッテルの感想に、満足そうにダンゴ鼻を赤らめているおじさんに軽く挨拶をして、リッテルの歩みを促す。そうして、彼女は彼女で律儀におじさんにも柔らかな笑顔を振りまきながら、籠を片手に左腕に抱きついてきて……さっきの続きのつもりなのか、鼻歌を漏らし始めた。やっぱり調子はずれの旋律に、脱力しながらも……彼女の鼻歌を聞くのは初めてだと、改めて気づく。


《気分が良くても鼻歌1つ歌えなくなったりもする……そんな些細なことも含めて、言葉と一緒に失う日常はあまりに多い》


 鼻歌混じりの何気ない日常。以前、ハーヴェンがクロヒメを諭していたことがあったが……そうか。これも確かに、1つの幸せのカタチなんだろう。些細な事でも、例えちっぽけな事でも。その一瞬を日常として共有できるのは、平凡だけど、これ以上ないほどの……幸運ってヤツなんだな。

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