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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第11章】調和と不協和音
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11−17 悪魔さんはお友達

 大勢の前でとんだ茶番を演じる羽目になったが……どうも、天使様の感覚は根本的にズレているものらしい。今の俺はひたすら格好悪いと思うんだが、それすら全くお気になさらない様子で……皆さんが変なため息をつき始める。えっと……これさえも肯定されるとか。色んな意味で大丈夫?


「あぁ、なんて羨ましいのでしょう……」

「私も旦那様とお買い物に行きたい……」

「リッテルはいいなぁ……」

「ふむ? お前達も買い物とやらに行きたいのか?」

「買い物だけだったら、別に行こうと思えば行けますけど……そうじゃないのです!」

「ほぅ?」

「素敵な旦那様と一緒に、買い物に行きたいんです!」


 素敵な旦那様……ね。とりあえず、褒め言葉として受け取っておくか……。


「その為には、悪魔の旦那様を探さないといけないんですよ」

「リッテルみたいに、自分だけの旦那様とデートしたいんです!」

「私が知らぬ間に、随分と天使共は悪魔に友好的になったのだな……」


 俺が情けなくリッテルの尻に敷かれているのも気に留めずに、「旦那様と買い物」に興味を示し始めるヨルムンガルド。どうやら、現代の魔界と神界のあり方について、思うところがあるらしい。邪魔ったらしい髪を弄びながら、更に話を掘り下げてくる。


「マモン。悪魔と天使がかように交流するようになったのは、いつからだ?」

「ごく最近。キッカケはベルゼブブの所のハーヴェン……エルダーウコバクが、人間界で天使の嫁さんを見つけてきた事が発端だけど。向こうさんは向こうさんで、仕事に行き詰まっている部分があるらしくてな。俺達にも協力して欲しいって、情報交換も兼ねて交流するようになったんだよ。……俺もお手伝いのご褒美に、人間界にも遊びに行けるようになってさ」

「そうだったのか? 人間界に遊びに行く、だと?」

「うん。俺、人間界で生まれて初めて青い空を見て、ちょっと感動したよ。買い物以上に、明るい世界に出るのは、何よりも楽しい事だった」

「ベルゼブブが獲物を探しに人間界に出ているのは、ある程度、許容していたが……。まさか、人間界に遊びに行く者がいるなどと思いもせなんだ。そうか。そういう手段で欲望を満たすのも、1つの方法ということか……」


 俺が玉座にいた頃は、神界の全てが憎いと毒を吐いていたはずなのに。随分としおらしく状況をあっさり飲み込んでは、物思いに耽り始めたヨルムンガルド。この様子だと……俺のお願いも聞いてくれたりするだろうか。


「あぁ、そうだ。そういや、お前に1つお願いしたい事があるんだけど」

「お願い? さっき、欲しいものはないと申していたではないか。そのお前が、私に何の願いを望むと言うのだ」

「別に俺の望みって訳じゃないんだけど……。今の魔界と人間界は時間経過のスピードがかけ離れててな。この空間位置だと、約5倍の時間の開きがあるらしい。これが意外と、不便でさ……」


 魔界の時間の進みは不安定でいい加減だから、待ち合わせも苦労するし。年齢とかも、結局は人間界基準で換算していたりするし。俺なんて、あまりにも曖昧すぎて……自分の実年齢が2800歳以上だなんて、ザックリとしか分からなくなっているし。

 そんな事をヨルムンガルドに説明してみれば。結構、真剣に聞いてくれているっぽい。うん……これなら、お願いも聞いてくれそうだ。


「それに……ここからお仕事に行かなきゃいけない嫁さんも、メチャクチャ苦労してて。だから、時間の進みを人間界に合わせられないかな?」

「……要するに、この魔界を人間界の空間位置に近づけろと?」

「いや、空間位置を近づけるんじゃなくて、時間の進みを合わせて欲しいんだけど。まぁ、今の天使様方は悪魔にもフレンドリーだから、前みたいに人間界に出たら速攻で退治されちまう、なんて事もないだろうが……。それを抜きにしても、人間界に出るのは天使様方と契約を済ませてから、が最低条件だろうな」

「そうですね。それに迷子の悪魔さんだった場合は、こちらで保護もできますよ。以前みたいに理由も聞かずに一方的に排除するなんて事は、まずありません」

「もちろんです! 今や、悪魔さんはお友達なんですから!」

「それに、ルシエル様みたいな運命の出会いがあるかもしれないですし!」

「そっか! うっかり出てしまった悪魔さんに優しくすれば、チャンスもあるって事かしら⁉︎」


 俺の説得に対して、真面目に補足するリッテルと……便乗して、はしゃぎ始める天使の皆さん。悪魔がお友達は、絶対に違う気がするが。この調子であれば、現代の神界側には敵意がない事は伝わるか?


「ふむ……考えてやらぬでもない。だったらば、人間界の空間軸と同じ位置に根を下ろし変えるとするか」

「根を下ろし変えるって……あぁ、そうか。そう言や、2000年前の会合のお題はそれだったな……」

「その通りだ。エレメントの関係上、悪魔は天使にはまず勝てぬ。かつての魔界は本当に人間界と近い位置にあったから……意図せず外に出てしまい、天使に狩り取られて還らぬ者が後を絶たなかった」


 そんな事もあって、俺達は話し合いの場を設けて……その結果。無駄に配下を減らさないためにも、うっかり人間界に出ちゃう事を防ぐためにも。ヨルムツリーが更に深層部に根を下ろす事で、人間界との空間軸・時間軸とを離す事になったんだよなぁ。


「そんな事があったのですね……。かつての過ちとは言え、悪魔さん達にそんな悲しい思いをさせていたなんて……。本当に申し訳ありませんでした……」


 ヨルムンガルドの解説を聞いて、しおらしく謝罪の言葉を述べながら、深々と頭を下げる嫁さん。別に、自分がやらかした訳ではないだろうに。まるで自分の過ちだと言わんばかりの反省具合が、却って気に掛かる。一方で、リッテルの様子が益々興味深いらしい。彼女を散々見つめていたヨルムンガルドが、感心した様に呻り始めた。


「ほぉ……現代の天使は悪魔に対して謝罪する事も、頭を下げる事もすんなりできるものなのだな。ルシファーの様子から天使は一律、高慢だと思っていたが……そうでもないという事か?」

「少なくとも、“普通の天使様”はそうだろうな。……ルシファーを基準にしていたら、間違いなく他の皆さんに失礼だぞ」


 あいつの方がイレギュラーだろうな。あれはあいつの個性による、傲慢だろうし。


「そうか! ふむ、なるほど? それにしても、お前の嫁とやらは気立ても良いと見える。……お前には少々、勿体無いのではないか? どうだろう、このまま私に……」

「……貸し出す気も、譲る気もないぞ。リッテルは俺のだ。嫁を探すなら、他を当たれ」

「うぐ……少しくらいは貸してくれても、よかろう? 久々に外に出たのだ、その位のもてなしはあってもいいではないか⁉︎」


 もてなしってなんだよ、もてなしって。大体、勝手に押しかけてきたのは、お前の方だろうが。


「そう言う事なら、アスモデウスの所に行けよ。嫁さんも他の天使の皆さんも、そっちの目的でいる訳じゃねーし。陰気な場所に長年籠ってたもんだから、下半身だけじゃなくて、頭のネジもいくつか緩んでるのか?」

「うるさい! 大体、お前はこんなに天使を集めて、何をしようと言うのだ⁉︎ どうせ、する事は1つだろう⁉︎」


 する事は1つって……何を言っているんだ、コイツは。ピュア(失笑)な天使ちゃん達の前で、いかがわしい事を言うなし。


「んな訳あるか、この色ボケ親父! いいか? 天使の皆さんは、交流とスパのご利用でこっちに来ているの! 俺が言っていたサービスっていうのは、そういう事! 神界には作れなかったとかで、仕方なしに俺の領内に大浴場を拵えてて。で、交代で羽を伸ばしに遊びに来てるんだよ」

「遊びに……魔界に来ている? しかも、大浴場……だと?」

「ほれ、すぐ下の崖に立派なお屋敷が建ってるだろ? あれが嫁さん特製のスパとやらなんだけど。水浴びしか選択肢がなかった俺達としても、湯を浴びれて重宝してる。何だったら、お前も入ってく?」

「湯を浴びる……?」


 うん。結構、気持ちいいぞ? とっても、オススメだぞ?


「そうか……そういう事か! だったらば! この天使達と一緒に湯を浴びるとしようか! そうか、そうか! お前もきちんと分かっているではないか!」


 いや、俺は何も分かっていませんし、分かりたくありませんよー?

 ……どう転んでも、怪しい方向にしか話が向かないんだが。大丈夫なのか、こいつの思考回路は。


「……言っとくけど、湯船は男女別だ。混浴じゃないんで、そこんところヨロシク」

「は? 何を、トチ狂った事を言っておる?」

「俺は狂ってないぞ。あれはそういう施設じゃねーんだよ」

「……少しくらい、いいではないか?」

「ダメ」

「……この私は魔界の冥王だぞ? 特別ルール適用もアリなのではないか?」

「ハイ、却下。 当スパご利用の際は、それなりの貞操観念をお持ち頂きますよう、お願いしまーす。淫らな行為、及びそれに準ずる迷惑行為はご遠慮くださーい。混浴はあり得ませーん」


 いつぞやにミシェルにも言ってやった事を、何故かヨルムンガルドにも宣言すると、途端に周囲からクスクスと笑い声が聞こえてくる。一方でギリギリと歯噛みしながら、悔しそうにこちらを睨んでいるヨルムンガルド。しかし……冥王様とやらが、何をこんな下らないことで顔を真っ赤にしてるんだよ……。


「でも……私はヨルムンガルド様と一緒に入っても、いいですよ?」

「ヨフィエル、抜け駆けはズルいわよ! 私も一緒でも構わなくてよ!」

「えぇ〜! だったら、私も一緒に入る!」

「……あの、皆さん……俺の説明聞いてました?」

「えっと、皆様、落ち着いて。初対面でそれは、羽目を外しすぎではないかと……」

「もう! リッテルはマモン様と思う存分、イチャイチャしているクセに!」

「そうよ、そうよ! ちょっとくらい、私達にも悪魔さんとのディープな交流をさせてくれても、いいでしょ!」

「私達はお話の続きをしたいし、ヨルムンガルド様とご一緒します!」


 しかしこれまた、何かの利害が一致したのか……色ボケ親父と一緒に入ってもいいなんて、危なっかしい事を言い出す天使様ご一行。リッテルと一緒に彼女達を諌めにかかるが、リッテルの立場が弱いせいもあるんだろう。多数に無勢と言わんばかりに、一方的に押し切られる。そうしてチヤホヤ具合に真っ赤な顔から一変、何だか得意げな顔をし始めるヨルムンガンドだけど。どうして、こうなるんだろうな……。


「……何があっても、知らないからな」

「皆様、本当に大丈夫ですか? それは自己責任以上に……」

「大丈夫よ! 私達も子供じゃありませんから!」

「そうそう! さ、行きましょ、ヨルムンガンド様!」

「うむ、よかろう! では参るとするか!」


 俺達の説得も虚しく、スパの方に降りていく天使様達の背中を、リッテルと一緒に呆然と見つめるが……本当に大丈夫なんだろうか?


「あなた……」

「皆さんが仰る通り、子供じゃないんだろうから、その辺は自己責任の範疇だ。……何も言う事、ないだろーよ」

「そう、ですね……」

「ま、とにかく家に入るぞ。色々と話したいことがあるんだろ?」

「はい。折角ですから……皆さんを待っている間くらい、ゆっくり2人でおしゃべりもいいですよね」

「うん、そうだな」


 何はともあれ、2人きりの時間を確保できたのに安心しつつ……さり気なく抱き上げると、嬉しそうに頬を寄せてくるリッテル。天使様達の浮つき具合のおかげで、色々と新しい不安要素が醸成されつつあるが。そればっかりは、俺の責任でもない。郷に入っては、郷に従え……ここは大抵の事は許される魔界だ。であれば、彼女達の浮かれ騒ぎも流してもいい気がする。うるさく口出しするのも、却って野暮だろう。

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