11−16 嫁は1人で良いのか?
(ゔ……何だ、あの妙な団体さんは……?)
家に辿り着くと、明らかに戦慄を禁じ得ない光景が眼下に見えてくる。このまま素知らぬふりをして逃げ出せたらば、よかったのだが。嫁さんが迷惑な来訪者に捕まっているのも、しっかり見えるもんだから……逃げ出している場合じゃないと、急いで彼女の隣に降りる。
「……お前が、マモンの嫁とやらか?」
「は、はい。リッテルと申します……。あの、どちら様でしょうか?」
もちろん、嫁さんの方が先に帰ってきている、それは予想通りだ。それで、嫁さんがお仲間を連れてきている、それも想定内だろう。だけど……。
「なんで、お前がここに居るんだよ? さっきまで、ヨルムツリーにいたじゃん。何がどうなって、俺よりも早くこっちに着いてるんだ……?」
「見くびるでない。私はこの魔界の全てに根を下ろしている、霊樹の化身ぞ。体を具現化した以上、この世界のありとあらゆる場所へ、自由自在に出没可能なのだ!」
「……何、その傍迷惑な特殊能力……。どうでもいいけど、何の用? 言っとくけど、俺はこれから嫁さんのお仲間相手にサービスしないといけないから、冷やかしなら帰ってくれよな」
俺が不貞腐れながらヨルムンガルドに応じると、なぜか周囲から居心地の悪い黄色い声が上がる。サービスの内容を変に勘違いされた気がするが、それはともかく……嫁さんにこいつを紹介する方が先か。
「紹介が遅くなって、悪い。こいつはヨルムンガルド。今はヨルムツリーの化身姿らしいんだけど、要するに俺達の生みの親でもあって……」
「その通りだ、天使共! 我こそがヨルムンガルド……この魔界の創世主にして、偉大なる冥王ぞ! 皆の者、私の前にひれ伏すが良い!」
俺の親切心込みのご紹介を、空気ごとぶった斬って。どっかの誰かさんよろしく、無駄な上から目線で宣うヨルムンガルド。……俺とソックリな顔でそんな事を言われると、色んな意味でゾワゾワする。
「いきなりやって来て、偉そーに何を言ってんだよ、このクッソ親父! 初対面の相手にひれ伏せはないだろうが、ひれ伏せは!」
「うるさいぞ、愚息が! お前が外の世界に出てみろと申すから、こうして出てやってみたのではないか! それなのに、何だ、その態度は! 最大限に扱うくらいの配慮は見せてもよかろう⁉︎」
「それとこれとは、別問題だろうが! 俺に横暴な真似をするのはまだいいだろうけど、嫁さんのお友達に無礼かましてるんじゃねーし! 天使の皆さんに、お前を丁重に扱う義理はねーだろうよ!」
本当は、俺相手にだって横暴は許したくないけど。ここはそうでも言っておかないと、天使ちゃん達に害が及びそうだし……うん。俺がちょっと我慢すれば、いい話だと思う。
「あ、あの。あなた、落ち着いて……。えぇと、意外と皆様も乗り気みたいなんだけど……」
「あ?」
ヨルムンガルドとみっともなく口論を繰り広げていると、困り顔のリッテルが皆様のご様子を教えてくれる。そうして、辺りを改めて見渡してみると……あからさまに居心地の悪いキラキラした視線がビジバシと刺さるのにも気づいて、もの凄く気まずい。でも、彼女達が見つめているのは俺ではなく……。
「マモン様の生みの親……と言うことは、お父様と言うことですか⁉︎」
「や〜ん! マモン様にソックリで格好いいです〜!」
「ヨルムンガルド様……! あぁ! なんて、スマートで美しいんでしょう!」
「そうか、そうか! お前達にも、私の美しさが分かるのだな!」
「もちろんですッ! あ、あの……是非、お話を聞かせて欲しいんですけど……」
「うむ、うむ。よかろう! そういうことであれば、特別にお前達の質問に答えてやろうぞ!」
自分よりも圧倒的に若い女の子達にチヤホヤされて、有頂天のヨルムンガルドがそんな事を宣言すると、一層甲高い声で騒ぎ出す天使の皆様。大体……ヨルムンガルドは一律、天使を憎んでいるんじゃなかったのかよ。心の中で毒づきながら、やっぱり落ち着かない光景を窺うが……見事に利害が一致したって認識でいいんだろうか、これは。もういいや。色々と面倒だし、しばらく放っておこう。
「……ところで、リッテル。クソガキ達はどうした?」
「ダンタリオンさんと一緒に、ハーヴェン様の所に行っているみたいですよ? ほら、こんな置き手紙がありました」
リッテルから受け取った手紙の主は、ダンタリオンご本人らしい。
“ハーヴェン様の所に出かけます。
帰りが遅くなるかもしれないけど、探さないでください。
あぁ、そうそう。
君の所のグレムリン達も退屈だそうだから、一緒に連れて行くことにしました。
可能な限り目を離さないようにはするから、安心して。それじゃ、よろしく。
君の友人 ダンタリオン”
「……あなた、大丈夫?」
「一応……は。オープンモードのダンタリオンに預けるのが、何よりも心配なんだけど……。出かけ先がハーヴェンの所なら、問題ないか……?」
「そうですね。それに、あなたと2人きりで過ごせるかもしれないですし……フフフ。コーヒーを飲みながら、お仕事の話を聞いてくれると嬉しいな」
「それもそうか……うん。そいつはいいな」
「……マモン。そう言えば1つ、聞きたいのだが」
思いがけず、2人きりになれることに気づいた嫁さんと、ちょっとした相談をしていると。何やら、俺達の様子が気になるらしい。機嫌がとってもいいらしいヨルムンガルドが、こちらを不思議そうに見つめている。
「お前はこんなにも沢山の娘御がおるのに、嫁は1人で良いのか?」
「はい?」
「強欲が性分のお前が1人で満足できるのか、と聞いておるのだ。確かに、その娘は見目が良いようだが……」
それ、間違いなく悪魔の理論だからな? 天使様相手に、その理論は通用しないぞ。
「いいか? 天使様の価値観だと、浮気は全面禁止なんだよ。それに俺はリッテルと契約している身でもあるから、立場も弱いもんで。浮気しないって約束もしちまったし、それを破るワケにはいかないかな。まぁ、俺自身も約束を破って泣かせるよりかは、約束を守る方が面倒が少ないと考えてるけど……」
「あら、そうだったの? それって……私のことを面倒な女だと思っているって事?」
えっ? リッテルさん……それ、今怒る事? 俺はお前を泣かせないように、頑張っているってだけであって……。
「そういう意味で合っているかしら?」
「イヤイヤイヤ、待て待て! そういう意味じゃねーし! 確かに、お前に泣かれると色々と大変な部分はあるけど! 別にお前自体を面倒がっているとか、そんなつもりじゃなくて、だな!」
「……本当?」
「本当!」
「そう? それじゃぁ……明日お出かけした時は沢山、お洋服を買ってもらうことにします!」
今の話、どうしてそこに着地するんだ? 話が点と線で繋がらないんですけど……?
「だって、私は面倒な女じゃないのでしょ? でしたら、お願いは聞いてくれて当然よね?」
「面倒なのと、お願いを聞くのは、話の大筋が全然違う気が……」
「あら、そう? 何れにしても、明日も沢山お買い物するつもりで……ウフフ、次は綺麗な青空色のワンピースが欲しいの! 満足のいく物が見つかるまで、トコトン付き合ってくださいね!」
「あっ、ハイ……」
逸れた話が変化球で返って来たかと思ったら、強烈な自打球が俺の神経をゴッソリと抉る。大体、何で超上級者向けな会話のキャッチボールをしなきゃいけないんだよ……。しかも、明らかにデッドボールだろ、これ!




