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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第11章】調和と不協和音
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11−14 親らしい事をしてこなかったクセに

 1人であれば、沼を乗り越えるのに小細工は必要ないが。今はちょっとした連れがいる関係上、仕方なしに毒沼を一時的に焼き尽くす事にした。そんな強行突破の片棒を雷鳴に担がせて……一筋の道を作った後は、さして苦労することもなく、昔とちっとも変わっていない、力無い草原の上に降り立つ。


(ようやく帰って来る気になったか、この大馬鹿者が!)


 だけど、俺を歓迎するどころか、罵るような口調で聞き慣れた声が降って来るのが、とにかく煩わしい。こんな風に言われるんだったら、やっぱり来なけりゃよかった。


「ゲコ! ヨルムツリーが喋った!」

「と言う事は……玉座の持ち主は坊じゃなくて、マモン様ゲコ!」

「って、お前達! 何を勝手な事を言ってるんだじょ! 魔界第1位はこの僕ちんだじょ! マモンは僕ちんの呼び出しで、参上しただけだじょ!」


 既に色々とムカムカしている俺の神経を逆撫でするように、背後でリヴァイアタンが喚いているが。……俺、お前に呼び出された記憶は微塵もないんだけど。


「……俺はここに戻ってきたわけじゃないぞ。ただ、真祖の総意で玉座の持ち主を決めてやったのに、何を勝手な事をしているんだ、って言いたかっただけだ。……こんな下らない事をしてないで、玉座くらいリヴァイアタンにくれてやれよ」

(何を世迷言を。誰がそんな失敗作を魔王と認めるものか。私はお前こそがこうしてきちんと帰って来るのを、待っておったのだぞ? さぁ、我が元に戻ってこい。さすればまた、最高の権威を与えてやろうぞ)

「……そんなもの、もういらない」

(いらない? お前、何を言っているのだ? 強欲の真祖が……最上位の地位をいらぬだと?)


 最上位の地位……か。確かにこの魔界で「本当の意味で」第1位になる事は、何にも代え難い権力と名声を手に入れる事になるんだろう。だけど、俺にとってはもう、権威は既に欲しいものでもなんでもなかった。


「この際だから、言っておくけど。俺にはこれ以上欲しいものなんて、ないんだよ。敢えて望むとすれば、青い空の下で嫁さんと一緒に暮らせるようになることくらいか」

(何をバカな事を。大体……嫁だと?)


 あれ? ヨルムツリーは俺が結婚したこと、ご存知ない? それこそ、嫁さんは散々目立っていたと思うんだが。


「俺、可愛い天使の嫁さんと結婚しました。魔界じゃそんな綺麗事は通用しないだろうし、また何をバカな事を……って、言われるんだろうけど。それでも、意外と悪くないぞ? 結婚の真似事をしてみるのも」


 わがままを言われたり、振り回されたりもするけど。玉座に踏ん反り返っているだけで、味気なかったあの日常よりは、今の日常の方が圧倒的に楽しい。例え、真似事だったとしても。リッテルとの結婚生活は、退屈している暇さえない程に、充実している。


(まさか、お前……あの天使の事を、本気でそんな風に考えているのか? あれは遊びで魔界に引きずり込んだのだろう? 何を、天使なんぞに肩入れしているのだ! ふざけるのもいい加減にせんか⁉︎)


 やっぱりヨルムツリーも含めて……悪魔の天使観なんてそんなものなんだな。

 勿論、彼女と出会った時は俺もそう考えていたし、当初は彼女が死のうが、どうでも良かった。だけど一方で……彼女であれば、少しは俺の憂いを理解してくれるんじゃないかと、渇きにも近い切望を噛み締めながら。実際に互いの傷を舐めあう事で、一緒に暮らす今がある。それは、俺にとって何よりも大事な現実。これを分かろうとしない時点で、目の前の霊樹と価値観を共有するのは、至難の業にも思えた。


「そんなんだから、俺は帰ってきたくないんだよ。リッテルに関してはふざけてもいないし、遊びのつもりもない。もちろん、何があっても捨てるつもりもない」


 玉座にただ座っているだけだったら、どうせヨルムツリーにガーガーと上から理不尽に怒られるだけ。だけど、リッテルと一緒にいれば、何かができればきちんと肯定してもらえるし、何かを失敗しても否定もされないし。いい事づくめじゃないか。


「俺を認めようともしなかったお前が、今更、何を偉そうに言ってるんだよ。親木だとか言う割には、ただの1つも親らしい事をしてこなかったクセに」

(なるほど……お前は拗ねているのだな? 別に私とて、お前を否定するつもりはなかったのだぞ? ただ……)


 いや、拗ねている訳でもないんだけど。……やっぱ、色々と面倒だな。ヨルムツリーは。


「ただ、俺が言う事を聞かなかったのが、気に入らなかったんだろ? 都合よく座っているだけだったはずの人形が言いなりにならなくなったから、代わりを探してみたけど……見つからなかったから、駄々をこねているんだよな?」


 結局、ヨルムツリーにとっては俺もお遊びのお人形でしかない。気に入らなかったら、捨ててみて。手放した後に惜しくなったから、取り戻したくなって。そのお人形に意思や気持ちがあるなんて、微塵も考えていないから、ここまで自分勝手になれるんだろうな。


「悪いが、俺はパス。お人形遊びをしたいんだったら、他を当たれ。後ろのリヴァイアタンもだけど、玉座に座りたがる奴はいくらでもいる。お前の言う事を聞くだけで、魔界第1位の地位を手に入れられるんだったら……真祖じゃなくたって、お遊戯に付き合ってくれる相手はゴマンといるだろうよ」

(何を、怒っているのだ? 私とて、誰でも良い訳ではないぞ? よかろう。その嫁とやらと暮らすことは許容してやるから、私の元に帰ってこい。そうだ。この際だから……嫁にも首輪を付けてやろうではないか。お前から逃げられないようにしてやれば、文句もあるまい?)


 何それ……? もう、本当にいいや……。ヨルムツリーはなーんにも、分かろうとしていないし。


「今ので……俺が何を言ったって、無駄ってことだけはよく分かったよ」

(何が気に入らないのだ? お前は天使と暮らしていく事を望んでいるのだろう? だったら、手伝ってやろうと言っているだけだろうに。……何が、そんなにお前を不機嫌にさせるのだ?)

「何もかも。お前なんぞに手伝ってもらわなくたって、彼女は逃げないし。ハイハイ、そう言うことならお邪魔しましたよ、っと。もう俺がここに来る事はないだろうし、話すこともないな。ただ……リヴァイアタンには、きちんと話くらいはしてやれよ。本来の姿をもうそろそろ、返してやってもいいだろう?」

(分かった口を利くな、マモン。誰がこの失敗作に……)

「僕ちんの……本来の姿? マモン、何を言っているんだじょ?」


 失敗作……か。そう言われる側がどんなに惨めな思いをするのか知らないクセに、その割には語気が弱まるヨルムツリー。分かった口を利くなと言われはしたが、この様子だと……俺の予想はそう大きく外れていないだろう。


「リヴァイアタンはクソ寒い魔界で……何で自分のベースが恒温動物ではなく、両生類なのかを考えた事はあるか?」

「考えた事ないじょ?」

「それ、おかしいと思ったこともないのか?」

「別にないじょ……。だけど、マモンはそう思う部分があるのかい?」


 うーん……リヴァイアタンには自覚ゼロか。この様子だと……そこまで考えるオツムがなかったとする方が正しいか。


「まぁな。俺はどうしてお前だけ不安定な姿なんだろう、っていつも不思議だった。だって普通、神界に仕返しをしたかったら、強い奴を作るだろ? そんな目的で作られているはずの真祖の中で……お前は中級悪魔程度の実力しか与えられていない。だとしたら、お前だけは違う作られ方をしていたんじゃないかって、考えた方が自然だと思わないか?」


 リヴァイアタンは俺達と違って、ヨルムンガルドの意図とは関係なく生まれてきた奴なのだと仮定すれば、色々と辻褄が合う。どうして魔界に適していない姿をしているのに、魔界の毒には完璧に適応しているのか。この矛盾を埋める理由があるとすれば。多分、リヴァイアタンは……。


「元々、爬虫類だったヨルムンガルドの性質を色濃く残しているのだと考えれば。リヴァイアタンだけ変温動物の姿を取っているのも、ちょっとは納得できるだろう?」

(もういい、マモン! それ以上はお前が言うべきことではない!)


 この焦り具合……やっぱり、な。ヨルムツリー……もとい、ヨルムンガルドはリヴァイアタンの出自について、大嘘も吐き続けてきたんだろう。


「そう? それじゃ、俺はもう帰るけど。……リヴァイアタンに玉座と翼くらいはきちんと与えてやれよ。その程度の事もできないんじゃ、父親失格だろ?」

「父親……?」

(お前なんぞに、父と呼ばれる筋合いはない! 我が子はとうの昔に死んだはずなのだ……! 既に私の元にはいない!)


 とうの昔に死んだはずの我が子。声の荒げ具合からするに、余程、認めたくない現実があるっぽい。最上の伴侶を得るために努力を重ねた地底神と、それを受け入れた太陽神と。その間に生まれた子供は、すぐに息を引き取ったと聞かされたことがあったが……それは多分、ただの言い訳だと思う。

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