11−10 不機嫌なすみれ色(+おまけNo.8)
膨大なコレクションを前に、名残惜しそうなダンタリオンが禁書と一緒に去った後の竜界。そろそろ夕刻を迎えようとしている女王の間は、鮮やかな光に溢れており、柔らかな黄昏色の夕日が乳白色の床を優しく染めていた。そんな柔らかな光に照らされ、ゲルニカが玉座の前に傅いている。彼がここに再びやって来たのは他でもない、竜女帝にかの禁書の事実を報告するためだ。
例の魔法書こそが、ドラグニールの力を奪っていた元凶だという事。その元凶が、無事に本来の持ち主の手で引き払われたという事。
竜界の礎にも影響するゲルニカの報告に真摯に耳を傾けていたかと思うと、竜女帝・エスペランザはため息をつきながら……今度は困った表情を作る。
「そうでしたか……。ドラグニールが呪いを抑え込んで、私達を守ってくれていたなんて……。あぁ、今まで気づかなくて、申し訳ないことをしてしまいました。ドラグニールは大丈夫かしら……」
「大丈夫じゃ、エスペランザ様。この竜界の魔力はまだ生きておる。それに、ドラグニールは厳格ではあるが、元来、非常に慈悲深い。暫くして、落ち着けばきっと……使者を寄越してくれるようになるじゃろうて」
竜女帝よりも霊樹・ドラグニールをよく知るオフィーリアの言である。彼がそう言うのであれば、問題なかろうかと、エスペランザはひとまず安堵の息を漏らす。一方、オフィーリアには「孫の事」で気になる事があるのか……ゲルニカに腰を低くしてお伺いを立てた。
「して、ゲルニカ。すまぬが、もしダンタリオン様がこちらに来る事があったら、ワシにも会わせてくれんかの。ワシからも礼と謝罪をせねばならんじゃろうし……まさか孫が持ち出した魔法書が、先方の最重要書物だとは思いもせなんだ。……ほんに、こちら側の見通しが色々と甘くて、ご迷惑をかけてしまったようじゃのう……」
「承知いたしました。本日はルシエル様のご都合もあり、一緒にお帰りになりましたが……ダンタリオン様ご本人は今後も、私の魔法研究のお相手をしてくださると仰ってくださいました。ルシエル様と契約もされていたようですので、こちらからご連絡を取ることも可能かと思います」
竜界は今も昔も、秘境と呼ばれる聖域だ。今日はハーヴェンに連れられて、こちらに来ていたものの……当然ながら、ダンタリオンが易々と足を踏み入れられる場所ではない。そもそも、ハーヴェンすらも人間界を経由して、ゲルニカの鍵を使っていたりするので、魔界から竜界に出かける場合は魔界と人間界をつなぐユグドゲートと、ゲルニカの鍵という2つのルートを経由しなければならず……おそらく、その事をようよう知っているのだろう。ゲルニカのコレクションを隅々まで堪能したいダンタリオンはあろうことか、竜界への足がかりを掴むためにルシエルとの契約を選んだようだった。
悪魔が人間界に出るには、天使との契約は必須。魅惑の世界への経路に人間界を挟む以上、契約をした方が今後も面倒がないと、判断したらしい。打算まみれの理由にはハーヴェンも、そして、当事者のルシエルも呆れていたが……。きっと、竜界の一大事を丸く収めた褒賞の意味もあるのだろう。結局、彼の熱意にほだされたルシエルが申し出を受け入れ、晴れてダンタリオンは調和の大天使の精霊としての立場を手に入れていた。
「それにしても……ギルテンスターンが放り出されたのが、魔界だったなんて。しかも彼を救ったのが他でもない、悪魔という事でしたし……。フフフ、例のお頭様といい、ダンタリオン様といい。こうして交流してみると……悪魔は存外、悪い相手ではないという事なのでしょうね。そういう意味でも、悪魔殿との縁さえもを取り持ってくださっているルシエル様に、私もお目通りいただきたいものです。ゲルニカ、お願いばかりで申し訳ないのですけど、かの大天使様にお会いできる機会があったら、そう伝えて頂戴。エルノアの事も、改めてお礼をしなければいけないでしょうし……その時は迎えに来てくださる?」
「えぇ、勿論ですよ女王殿下。きっとルシエル様も快く、お目通りくださるでしょう」
「ありがとう。では……あぁ、そうね。飛び切り寂しがり屋のあの子から、あなたを必要以上に引き離すのもいけないでしょうし、今日はこのくらいでお帰りなさいな。……また何かあれば、教えてください」
「ハッ。では本日はこちらにて、失礼致します。ご報告事項がございましたら、逐次こちらに参上致しますので、ご面倒でなければご対応いただけると幸いです」
「えぇ、もちろんです。今日は本当にご苦労様でした」
柔らかな謝辞を頂戴して、一層深々と頭を下げた後、女王の間を後にするゲルニカ。娘婿の背中を長老様と見送って、エスペランザはもう1度……深々とため息をつく。
「……お疲れかの、エスペランザ様」
「いいえ。そういうわけではないのですよ、長老様。ただ、フュードレチアはどうしているのかと思いまして。もし、ドラグニールが使者を寄越してくれていたら。……あの子にも、竜女帝としての未来があったのでしょうか」
ドラグニールの不調の原因を早くに突き止めていられれば。フュードレチアにも、竜女帝になれる可能性があったのかも知れない。その「もしかしたら」に思い至り、エスペランザは取り返しのつかない事をしてしまった気がして、心がキュッと痛むのを感じていた。
「……それはどうじゃろうな? ワシはもしドラグニールが健在だったとしても、フュードレチアちゃんが女王に据えられることはなかったと思うがの。あの子には、明らかに女王になるための素質が欠けておる。ドラグニールが竜女帝に選ぶのは、エルノアちゃんじゃろう。そうなれば、フュードレチアちゃんは遅かれ早かれ……この竜界を見限っていたじゃろうて」
「そう、かも知れませんが……。それでも、あの子がこうして出て行ってしまう前に何か手立てがなかったのかと、未だに考えるのです」
竜族とて、ドラグニールの恩恵なしに異世界で暮らすことは難しい。彼女が飛び出してからと言うもの……娘が苦しい思いをしてやいないかと、エスペランザは気が気でなかった。そう……彼女は竜女帝である以前に、フュードレチアの母親なのだ。彼女の現状を心配するのは、当然の親心である。
「私は竜女帝として、あの子を正す必要性を痛感しつつも、何もできずに出さなくていい犠牲者を出してきてしまいました。……我が子可愛さのあまりに、女王としての役目を放棄してきたのです。それでも、心の底からあの子が無事である事を望み……あの子を断罪する覚悟を持てずに、立ち止まっている。……何て、罪深くて、愚かな事でしょう」
「仕方なかろうて。母親が我が子を心配し、助けたいと思うのは当然のことじゃ。それにしても……遣る瀬無いの。フュードレチアちゃんもテュカチアちゃん同様に、あなた様に愛されていた事に気づけていたなら。……こんな事にはならなかったかも知れんのに」
「そうですね。私もあの子も……互いに理解し、歩み寄る思いやりが足りていなかったのかも知れません……」
黄昏色に、不機嫌なすみれ色が混ざり始めた女王の間。柔らかな光の中に、エスペランザのため息がまた1つ、吸い込まれていく。虚空を見上げる彼女の瞳は、もうすぐ来るらしい夜空に1つの星を輝きを捉えていた。あまりにか弱く、頼りない瞬きに、言いようのない不安を覚えながらも……エスペランザが自室へ引き上げていく。彼女の傷心の背中が女王の間から下がっていくのを見届けて。オフィーリアもまた、悲しそうに首を振ってはため息をつく。
我が子可愛さあまりに、断罪する覚悟を持てなかったのは自分も同じだ。しかも彼の場合は、諦めが悪かったばかりに、当人にも……そして、彼の娘にもあまりに凄惨な結果を押し付けてしまった。……そう、罪深くて愚かなのは自分の方だと自責する一方で、オフィーリアはするべき事を見失うつもりもなかった。
(オズリックとやらは、話から察するに……間違いなく、我が一族の者……。だとすれば、ワシが責任を持って幕引きをせねばならんようじゃの)
どこまでも穏やかで優しい目元に、新たな決意を滾らせて。いよいよ女王の間を後にする、長老様。もう1度、可愛い曽孫に「お爺ちゃん」と呼んでもらうためにも。……最後のひと花を咲かせる覚悟が自分の中に芽生えている事を、オフィーリアは確かに感じていた。
※コンタローの呟き No.08
あい! 皆様、久しぶりでヤンすね! ネタ切れだと思われていた、コンタローの大きさ講座の時間でヤンす! えっと、今回のお題は……。
『霊樹について』
……なんでしょうね、おいらの手には負えない内容になってきているのは、気のせいでヤンしょか……。仕方ない、今回はちょっとした裏情報に頼るですよ(えぇと、確か……ここにアンチョコが……)。はい、お待たせしました!
この禁断の裏設定書によりますと、霊樹は全部で7本あるみたいでヤンす!
それで……神界のマナツリーと、魔界のヨルムツリーはそれぞれ神様が変化した霊樹なので、大きさもかなりビッグでヤンすよ! おいらは、魔界のヨルムツリーすら見たことないんですけど……お頭によると、大きさ以前に立地が最悪だって、言ってましたです……。霊樹の形自体は「この木なんの木気になる木」……っていう人間界で有名な童謡(?)に出てくる木に、似ているらしいでヤンすね。
この調子で、他の霊樹も大きい順に紹介するです!
今は焼けてしまっているらしいですけど、その次は人間界のユグドラシルが大っきかったみたいです! ユグドラシルは元々ルシファー様が植えた霊樹で、人間のせいで燃えてしまったんですよねぇ……。
えぇと、次は……竜界のドラグニールでヤンす。これは調和の大天使・ミカエル様の手で植えられたみたいですね。後は……機神界のローレライ、魔獣界のアークノア、最後は妖精界のグリムリースと続くでヤンすね。それぞれ順番に救済の大天使・ラファエル様、排除の大天使・ウリエル様、転生の大天使・ガブリエル様によって植えられた……とあるでヤンす。
それにしても、この裏設定書……どうして、おいらの次元袋に入っているんでしょうかね……? これが世に聞く、ご都合主義ってやつでしょうか?
あ、と、とにかくでヤンす! 今回もちょっと長くなりましたが、お付き合いくださって嬉しかったでヤンす! ありがとうございました!




