11−7 真祖の紹介状
いつも通りに、集まってきた奴らに稽古をつけていると。拡張した鍵の効果で、お連れさん付きのリッテルが帰ってきた。その顔ぶれにルシファーがいるのに、バツの悪い気分になりつつ……向こうは向こうであまり気にしていないのか、意外と普通な感じで話を振ってくる。しかし、偉そうな上から目線は直っていないか。……この辺は元傲慢の真祖だから、というよりかは個人の気質なんだろうと思う。
「久しぶりだな、マモン。それにしてもお前、随分と雰囲気が変わったな……。髪型以上にどうしたんだ、その格好は」
「ハイハイ、お久しぶりですね……っと。別に俺の服の趣味は、関係ねーだろうが……」
「あ、えっとですね。パパは人間界でお洋服を買ってきたんです!」
「で、ママと一緒にお出かけするのに一生懸命、お着替えしているんですよぅ!」
「ダァ! お前ら、ちょっと黙れ! そういう小っ恥ずかしい内容は黙っとけ!」
「そうなのです?」
「全く、パパは恥ずかしがり屋さんなんでしゅから……。ママにボタンを掛け直してもらえるのが嬉しくて、シャツを着ている事くらい、公表してもいいんじゃないでしゅか?」
「……こんの、アホ羊が……! そういうのが恥ずかしいんだって、いっつも言ってるだろうがッ‼︎」
「いや〜ん! パパ、ギブギブ! ギブでしゅ〜!」
「パパのお仕置き!」
「お仕置き!」
「グリグリ、グリグリ!」
慣れたモノとばかりに、ハンスのコメカミをグリグリと締め上げるが。どうしてこいつは、いつもいつも余計なお口が減らないんだろう。そうして一通りお仕置きを済ませてみたところで、ビシビシと刺さる好奇心いっぱいの視線が殊更、痛い。
「まぁ〜……マモン様は小悪魔ちゃん達にパパって呼ばれているのね〜」
「ってことは、ママはリッテルの事?」
「えぇ、そういう事になってます。……ウフフ、みんななんだかんだで、主人に懐いていて。ここにいるグレムリンちゃん達以外の子達からも、そう呼ばれていますよ」
「なんと羨ましい光景なのだろう……。私もサタン様と家族になってみたい……」
好き勝手に、明後日の方向の感想を漏らしている天使様ご一行だけど。……あぁ、そう言えば。
「……あんたがサタンの文通相手だったっけか?」
「はいっ! 私はオーディエルと申しまして……。えぇと……」
「オーディエル様、ファイトです! 今日はサタン様に会いに来たのでしょう?」
「う、うむ……」
でっかい図体の割には、大女はかなり奥手なタイプらしい。人間界で派手な武器をぶっ放してきた小柄な天使……えぇと、リヴィエルだっけ? にそんな事を言われても尚、顔を真っ赤にしながら俯いている。……ったく、仕方ねぇなー……。
「クラン、ラズ、ゴジ。悪いけど、お使い頼めるか?」
「はい?」
「もちろんいいですよぅ?」
「今度はどこにお使いですか?」
「うん、少し待ってろ。すぐに紹介状を書くから……」
手元にレターセットを呼び出して、紹介状を一筆認める。そして仕上げの封蝋をした上で、3人の中で1番しっかり者のクランに手渡すが……行き先が行き先だし、説明が必要だろうな。
「いいか? この手紙をサタンの所の……ヤーティに届けてくるんだ」
「ヤーティ様にです? サタン様じゃなくてですか?」
「うん。サタンじゃなく、ヤーティの方に間違いなく渡すように」
「どうしてです?」
「……サタンを勝手に呼び出したとあれば、あのトリ頭に俺まで怒られかねない」
「あ、そういう事ですね」
「で、サタンの城に着いたら、この手紙をきちんと見せるように。そして、俺のお使いだってハッキリ言うんだぞ」
「これまた……どうしてです?」
「サタンの城は、切り捨て御免の危ない場所なんだよ。その封蝋を見せれば一発だろうから、手紙を絶対に落とすんじゃないぞ。……いや、違うな。落とした時は、無理せず戻ってこい。分かったな」
「は〜い!」
「それじゃ、行ってきます!」
3人にそこまで言い含めて送り出すと、稽古の続きとばかりに弟子達に向き直るけど。いつもと違う視線を感じて、これはこれでどうしていいのか、分からない。えっと……。
「マモン様、その……」
「あ?」
「今のって、真祖の紹介状ですよね?」
「そうだけど? だから、何?」
「しかも、さっきの黄色い封蝋は虎の紋の……?」
「俺の紹介状なんだから、そんなの決まってるだろうが」
「いや、だって……」
「な、なんだよ……」
そこまでやり取りして、シンと静まりかえる弟子共。……ハイハイ、分かってますよ。分かっていますとも……!
「別にいいだろーが! 俺が配下が心配で魔力封を使うのが、そんなにオカシイかよ⁉︎ あぁ⁉︎」
「い、いえいえ! そんな事ありません!」
「配下の心配をするのは、親の悪魔として、当然ですよっ!」
当然とか吐かすんだったら、いちいち変な反応するんじゃねーし。しかも、妙な流れになったせいか……お稽古な雰囲気、ゼロになったじゃん。
「あ、マモン様! そろそろ……」
「それも、分かってますよ。分かっていますとも。とりあえず、小休憩にしまーす。つー事で、あいつらにサタンを呼びに行ってもらってるから。天使の皆さん方も休憩がてら、一緒に楽しくおしゃべりしつつ、待っていてくれるか」
「良かったですね、オーディエル様。サタン様、来てくれるみたいですよ!」
「は、はいっ! ありがとうございますっ!」
「うん……別に礼はいいし……」
何気に自分よりも背の高い大女に、恐縮したように頭を下げられると、そこはかとなく居心地が悪い。そんな大女の後ろで、チンチクリンとラミュエルとやらが嬉しそうにしているが……その笑顔、何か落ち着かないんだけど。そして、更に後ろでは鬼のような形相で、ペンをガリガリと走らせている天使がいて……こいつはリッテルを見送りに来た時にもいた気がするけど。もしかして、彼女が例の小説の作者だったりする?
「あの……ところで、あなた」
「あ?」
「さっきの魔力封って、どんなものなの? 何か特殊な意味でもあるのかしら?」
「……それ、ここで説明しないとダメか?」
今回も小説のネタにされるっぽい事を警戒してみるものの、リッテルの何かを期待するような瞳が眩しい。どうしてお前はお前で、空気を読まないんだよ。
「魔力封は所謂、真祖のお墨付きみたいなものだ」
「……今は真祖でもねーお前が、余計な口を挟むなよ」
しかも、空気を読むスキルがゼロっぽいルシファーが、元真祖様の権威を振りかざして状況を悪化させてくる。折角、人がこっそりと気を回してやっているのに。何で、わざわざ暴露しようとしているんだ……?
「別によかろう? その程度の説明をするくらい。一般的に、魔力封は手紙の持ち主の身元を保証するものであると同時に、真祖が行動の責任を取るという意思を示したものだ。だから、この場合は彼らの身柄一切について、マモンが請け負うという意味を含む」
「……あのさぁ。そんな事をバラされたら、格好悪いにも程があんだろーが。いい加減にしとけよ……」
「そうか? 私は格好悪いとは思わぬが」
悪魔的には格好悪いんだよ、それ。
「それでな、さっきの魔力封は真祖のカラーをきっちり乗せた、特別仕様のもので……」
「……ルシファー。これ以上の説明、本当に必要か?」
「もっちろん、必要でしょう!」
「私も知りたいで〜す!」
「ミシェルに、ラミュエルも! 調子に乗るなよ……!」
「「いや〜ん、怖〜い!」」
なーにが、いや〜ん……だよ。揃いも揃って、お前らの頭の中はハンスと同じレベルなのか?
「あ、ルシフェル様……」
「うむ? 何だ、リッテル」
「えぇと……主人も嫌がっているみたいですので、続きは後で聞きます……。皆さんの交流にお越しいただいたのですから、今は悪魔さん達とお話しされた方がいいかと」
「ほぅ……? それもそうだな。ほら、お前達! 稽古とやらで疲れている悪魔達の傷を癒してやらんか! 次のチャンスはいつか、分からんぞ?」
「あ、それもそうですね〜。はいはーい!」
「まぁ〜……どの悪魔さんも逞しくて素敵……!」
「こちらの悪魔さんはかなり鍛錬されていると、お見受けします。……お名前は何と仰るのですか?」
ようやくしっかり空気を読んだ嫁さんが、さりげなく話の流れを変えると。無事に軌道修正されて、被害の拡大は免れたっぽい。オーディエルと書記係らしい天使以外の3人が、早速交流とやらを始めたみたいだ。
(ありがとな、リッテル)
(いいえ、私が言い出したこととは言え……こちらの都合で嫌な思いをさせて、ごめんなさい……)
「おぁ〜! これこそ夫婦愛ですね〜! 今回の報告書も燃えてきましたよ〜!」
……人が嫁さんの気配りをシミジミと噛み締めているのに。小声のやり取りさえもきっちり拾ったのか、さっきまで大人しかった小太りが叫び始める。……もの凄く、嫌な予感がするんだけど。
「……なぁ、リッテル」
「はい……」
「一応、確認だけど。……あのペンを走らせてるのが、例の小説の作者で合ってる?」
「合っています……」
「……そうか……」
きっと格好悪い内容で小説にされるんだな、今回も……。そんな事に俺が絶望していると、向こうの空から何かが猛スピードで飛んでくるのが見えてくる。あ、意外と早かったな。




