11−4 こんな場所がこの世にあるなんて
「こ、こんな場所がこの世にあるなんて……! エルダーウコバク様、ここの持ち主に引き合わせてくれると言うのは、本当ですか⁉︎」
「えぇと、この姿の時はハーヴェンでいいよ。あ、待てって! お触りは管理者に会ってから! とにかく、大人しく付いて来てくれよ……」
行方不明の魔法書が見つかったかもしれないと話をしてから、大騒ぎしっぱなしのダンタリオン。そんな彼を連れて、ゲルニカの屋敷にお邪魔しているのだけど……例の本棚だらけの廊下に足を踏み入れた途端に、彼のテンションも更に上がったらしくて、青かったはずの顔を赤らめて興奮している。……確かに、この状態のダンタリオンを鎮めるのは、難しい気がする。
「そ、それじゃぁ……ハーヴェン様! 早速、会わせてください!」
「お、ぉう……。と言っても、まだ帰ってきてないかも知れないけど……あぁ、そうそう。この屋敷には、家主以外に奥さんが住んでてな。丁度、赤ちゃんが産まれたばかりだから、お静かに頼むよ……」
「あ、そうなのですね。承知しましたッ! 私としたことが、そんな気遣いも忘れるなんて。……すみません」
「う、うん……」
まだ話は通じるみたいだし、最低限の目的は達成できるかな……。
グルグルと考えながら、ルシエル達が待っている応接間に顔を出すと。嫁さんとゲルニカとで懇々と話をしているところだった。ゲルニカは奥さんの約束を律儀に守って、冗談抜きでまっすぐ帰ってきたらしい。
「ただいま〜。ルシエル、ダンタリオンを連れてきたぞ」
「うん、お帰り。今、ゲルニカ様にざっとヨルム語の魔法書の事を話していたところなのだけど……」
「私も状況を把握したよ。私も持ち主に返すべきだと思うし、何より、魔法書も本来あるべき場所に戻った方がいいだろう」
おぉ、よかった。ゲルニカもきちんと納得してくれたみたいだな。それはそうと、一緒にいたはずの子供達がいないんだが。彼らは彼らで、どこに行ったのだろう?
「そうだな。……ところで、子供達はどうした?」
「中庭にいますわ。待っているのも退屈だったみたいで、ギノちゃんがみんなで魔法の練習をしようと言ってくれまして……」
「あぁ、そういう事……。まぁ、ギノが付いていれば大抵の事は問題ないだろうし、そっちはそれでいいか」
きっと、その方が子供達も退屈しないに違いない。
「それじゃぁ……はい、お待たせダンタリオン。奥に座っているのが、この屋敷の持ち主のゲルニカと、奥さんのテュカチアさん。で、奥さんが抱っこしているのが、産まれたばかりのルノ君だぞ。その左手に座っているのが、俺の嫁さんのルシエル……って、もしもし? ダンタリオン? ……おーい?」
「こ、このお方は……」
「お?」
「も、もしかしてッ⁉︎ 伝説に謳われる漆黒の竜神様では⁉︎ あぁ〜! これはこれはこれは! 何て、素晴らしい事なのだろう! 創世神話の伝説にお目通り願えるなんて、私は……私はッ!」
「ダ、ダンタリオン?」
ゲルニカの姿を見るや否や、感極まったとばかりに涙を溢しはじめるダンタリオン。……どうしよう。本題の前に彼が既に話もできない状態になるなんて、思いもしなかった。
「ダンタリオン様とおっしゃるのですね。お初にお目にかかります。私はゲルニカと申しまして……伝説の竜神かどうかはさておき、私自身はバハムートという竜族です。聞けば、ダンタリオン様は魔法への探究心と造詣の深さは魔界随一だとか。こちらこそ、魔界の重鎮にお目にかかれるなんて、光栄です。是非、魔法について意見交換をできれば、嬉しいです」
「も、勿論ですッ! 先ほどから、素晴らしいコレクションの数々に感動しきりでして……後で是非、ゆっくりと拝見したいのですが!」
「え、えぇ……構いませんよ。とは言え、この屋敷にあるのは殆どがごくごく普通の魔法書です。確かに年代が古いものもありますが、ダンタリオン様のお眼鏡に叶う程のものがあるかどうか……」
「いえいえいえいえいえ! 滅相もありませんッ! 私は本に囲まれているだけで、幸せなのです! 特に屋敷に漂う、芳しい木の香りと、歴史を感じる紙の匂い……! あぁぁぁぁぁ……堪りません……!」
竜界からヨルム語の魔法書を引き離すつもりで、ダンタリオンを呼んだはずなんだけど。魔法書を管理する奴が、今からこの状態で大丈夫なのか……? 呼んできてしまった手前、なんだけど……彼の暴走を取り繕うように、ゲルニカがうまく対応してくれているのが、却って申し訳ない気分になる。見れば奥さんは元より、彼女の腕の中にいるルノ君も驚きすぎて泣くことも忘れている、と言った風情だ。赤ちゃんにまで気を遣わせて、どうするんだよ……。
「とにかく、ダンタリオン。魔法書を引き上げるのが、先だから。悪い、ゲルニカ。ダンタリオンを案内してやってくれる?」
「承知した。でしたら、ダンタリオン様。私に付いて来てください。ハーヴェン殿はどうする? 一緒に来るかい?」
「一応、行きます。色々心配だし」
「……そう、だね」
空気を読むのがお上手なゲルニカも、苦笑いしかできないらしい。……とりあえず、ゲルニカだけでも冷静で助かったよ。
「ルシエル。という事で、俺はちょっと護衛に出かけて来ます。申し訳ないんだけど……」
「うん、大丈夫。今日は神界には戻らなくてもいいと、ルシフェル様からも言われているし……私はテュカチア様と一緒に待っているよ」
「そうですわね。ルシエル様とゆっくりお話できる機会もありませんでしたから、一緒に楽しくお喋りしませんこと?」
「えぇ、そうしましょう。特に旦那の扱いについて、予々、お話をお伺いしたいと思っていましたし」
「旦那の扱い……?」
妙に物分かりのいい返事をしてきたついでに、何やら不穏なことを言い出す嫁さん。旦那の扱いって……それ、要するに俺の扱いってことだよな⁇
「まぁ、ルシエル様はどんな事にお悩みなのですの?」
「色々と。どうしたら、テュカチア様みたいに旦那様にアドバンテージを取れるのか、是非に教えてほしくて」
「そうでしたの? ウフフ……でしたら、私がしっかりレクチャーして差し上げますわ」
「よろしくお願いします」
俺に対するアドバンテージを取るには……? 確かに、ちょっぴり彼女をやり込めている部分があるのは、自覚しているけれど。ルシエルはそんなにも、俺から一本取りたいんだろうか。うん、まぁ。その辺は色々面倒だし、今は忘れておこうかな……。




