10−40 化けの皮
ちゃんと謝らないと。そんな事を考えながらも、内容が内容だけに彼の傷口を広げそうで、つい躊躇してしまって……結局、言い出せないまま。こうして、一緒に湯船に身を沈めている。
(ここは、軽めの話題から入るべきか……?)
そうして、話の取っ掛かりを掴もうと、機嫌が良さそうな彼に今日の出来事を聞いてみるが。……特段用事もなかったとの事で、子供達を連れてピクニックがてら魔法の練習をしてきたという答えが返ってくる。
「……ゔ。いいなぁ、ピクニック……」
「そんなにしょげるなよ……別にピクニックと言っても、近くの草原でお弁当広げてただけなんだし……」
しかしながら、それなりに魔法の練習も成果があったらしい。エルノアがついに魔力コントロールを習得したとかで、人間界でもきちんと魔法を扱えるようになったそうな。きっと本人も頑張ったのだろうが、ギノのアシストが大きい気がする。しかし、そんな事に安心しつつも、やはり肝心の話に繋がる糸口は掴めないままだ。……仕方ない。ここは潔く、白状してしまった方がスッキリするか。
「……ねぇ、ハーヴェン。そう言えば、謝らないといけない事があるんだけど……」
「うん?」
私の何気ない呟きに、軽い返事と同時に腕を回されて、体を引き寄せられる。そうして水面がユラユラと揺れると同時に立ち上る、清々しいシダーウッドの香り。あぁ、そう言えば。ピクニックの時に嗅いだ草原の匂いも、こんな感じだったっけ。
「……ごめんなさい。ちょっとした騒動があって……奇跡の結晶の正体を、ルシフェル様達に話してしまいました……」
「なんだ、そんな事か。別に構わないよ。取り戻してやろうなんて考えてないし、いつか綺麗さっぱりなくなっちまえば、文句もないし」
綺麗さっぱりなくなってしまえば、それでいいか。彼らしいと言えば、彼らしい答えだが。しかし、今回の騒動は綺麗さっぱりなくなる話ではなくて……。
「そう。そう言ってくれると、とても助かるんだけど……でも、事はそう単純でもなくてな……」
「もしかして……結晶絡みで、何かあったのか?」
「あぁ。例の結晶を媒介にして、新しいハール・ローヴェンが降臨したとかで……アーチェッタは今、ちょっとしたお祭り騒ぎになっているんだ……」
「は? 何の冗談だ、それは?」
だよな……そう思うよな、普通。だって、本物のハール・ローヴェンは紛れもなく、ここにいるんだし。
「いやいやいや、待て待て! あんなちっぽけな石っころで、何が出来上がるって言うんだよ?」
「その辺りは調査中なんだけど。どうも彼の降臨には、相当のカラクリがあるみたいで……目的も含めて、偽ハールもただひたすら不気味でしかない」
「あ、あぁ……しかし、偽物ってすぐにバレたりしないんだろうか。そんな事やってみたところで、一体なんになるんだろうな?」
「さぁ……。そればかりは、オーディエル様の報告を待つしかないんだけど。それとは別に、ちょっと相談したいこともあって」
「今度は相談なんだ? なになに、天使の可愛いお嫁さんは、俺に何をお願いするつもりなのかな?」
「……ハーヴェンのバカ。そうやってすぐに茶化すから、話しづらいじゃないか」
「もう、ルシエルはツンツンしてるんだから〜。ほれほれ、素直に話してみろよ〜」
結局、勝手に結晶の事を話してしまった事も怒るでもなく、いつもの調子でカラリと応じるハーヴェン。その明るさが恨めしい時もあるが、今は救われた気がする。
「あの頭蓋骨の持ち主が判明して……その記憶を見る限り、あそこは教会が絡む前は、瘴気障害専門の病院だったらしい」
「瘴気障害……か。罹患すると長生きできない難病だったな。……俺がハールだった頃も、その病気で沢山の子供が亡くなっていたっけ……」
「……そうか。言われれば、そうだよな。ハーヴェンが人間として生きていた頃は、魔力崩壊後だったのだろうし……」
「まぁ、そんな感傷に浸っている場合でもないか。で? 頭蓋骨の持ち主もその病気で亡くなったのか?」
「表向きはそういう事になるな」
「表向きは……?」
背後で不思議そうな声をあげるハーヴェンに、見つめてきた1人の少女の死に伴う裏事情を説明してみる。そしてオズリックの話になると、ハーヴェンが予想外の事を言い出した。
「そいつはきっと、魔法道具と同じ原理だろうな……」
「魔法道具と……同じ?」
「うん。ルシエルもサンクチュアリピースを使っているから、知っていると思うけど、魔法道具は予め魔法の構成情報を書き込んで、道具の材料に魔法情報を定着させたものだろう? きちんとした材料で、きちんと作られた魔法道具であれば、利用に魔力消費は一切なしだ。だから、そちらさんの検知に引っかからなかったんだろう」
そうか、魔法道具か。魔力消費を必要ないカラクリがあれば……確かに、筋は通りそうか?
「な、なるほど! でも、あの時は道具を使っている様子はなかったけど……」
「だから同じ原理、って言ったろ? 魔法情報を書き込めるのは何も、魔法道具材料だけじゃないんだよ。魔法を定着させられる物だったら、何でも構わない。現に、ゲルニカは詠唱なしに魔法を使っていた事があったけど……あれは恐らく、自分の鱗か何かに、予め仕込んであった魔法を発動させたものだろう。きっとあいつは不測の事態に備えて、ある程度の魔法を溜めているんじゃないかな」
「だったら……それは竜族じゃなくてもできるって事?」
だとすると……オズリックが竜族ではない可能性も、一応は出てくるか?
「う〜ん、それはなんとも言えないが。ただ、体内の魔力の流動は激しいし……普通は難しいんじゃないかな。魔法道具を作るのには、必ずそれなりの材料が必要になるが。それは魔法情報を書き込むには、対象が安定した魔力を持った状態で具現化している前提条件があるからだ」
私達は器に魔力を溜めることはできるが、そもそも器自体に形はない。安定した魔力の具現化。その条件からしても、魔法情報を書き込む先には、魔力の器は含まれないと考えていい。……魔力の器程、不安定な要素はないからな。
「だから、魔法道具と同じ原理で体の一部に魔法情報を溜め込むのは、至難の業だと思う。……調子のいい悪いで状態が不安定である以上、体の一部だったとしても魔力状態を一定に保つなんて、普通は無理だ。その辺もゲルニカに聞けば、一発だろうけど……鱗に魔法を書き込んでいるのだとすれば、そんな芸当ができるのは、やっぱり魔力をきちんと溜められる竜族だからって答えが返ってきそうな気がする」
「そっか。じゃぁ、やっぱり……」
「そこまで考えると、オズリックとやらが竜族だと考えた方が自然だろうけど。でも、そいつに角とか尻尾とかは生えていたのか? そんなに鮮明な映像だったら、その程度のことは分かるだろ?」
「あぁ。オズリックにはそんなものは生えてなかったかな……」
言われてみれば、竜族は完璧な人型を取っていたとて、角と尻尾はしっかりと残っていた。ギノはその尻尾があるせいで、お風呂に苦労していると言っていたこともあったし……本人の意思で引っ込められるのなら、とっくにそうしているだろう。
「そか。じゃぁ、変身しているか、化けの皮を被っているかのどっちかかなぁ?」
「変身か……そう言えば、水属性の魔法に年齢を誤魔化す魔法があったと思うけど。ラミュエル様が以前人間界をふらついていた時は、その魔法を使って子供に化けていたっけ……」
「年齢を誤魔化すって言い方に、なんか棘を感じるんだけど……まぁ、状態変化は水属性の十八番だからな。ルシエルの言っている魔法はフォーカスエイジの事だろう?」
「うん、それそれ。水属性の中級魔法だったと思うけど、構築概念はそれなりに難しかった気がする」
私は風属性のため、水属性のフォーカスエイジを使う事はできない。しかし、ラミュエル様によれば「意外と、子供に変身するのって、大変なのよ〜」だそうで。大天使をしてそこまで言わせるのだから、簡単な魔法ではない気がする。
「そうだな。若返る場合は慣れれば苦労はしないだろうけど、歳を重ねた状態を再現するのは難しいんだよな。年老いた時の姿は具体的なイメージが掴めないから、この魔法で若作りするのは大して難しくないけど、加齢を粉飾するのは意外と難しい」
あれ? そうなのか? だとすると、子供に変身するのはそんなに難しくないのか? まぁ、いいや。色々と面倒だし、今はラミュエル様の悪趣味は気にしないでおこう……。
「そっか。でも……私も使えば、ちょっとは大人になれるのかな……」
「いや、別に大人になる必要もないし……ルシエルが大人になっても、嬉しくないんだけど」
「胸はもう少し、大きくなるかもしれないぞ?」
「あぁ〜、そこ? そこを気にしちゃうの、ルシエルさんは。俺は今も昔も胸の大小は気にしてないぞ〜」
「……私はそこ、とっても気にしてるんだけど」
って、いかんいかん。私のお胸問題を気にしている場合じゃなくて。
「それはそうと……オズリックは多分、地属性なんだ。蔓が繁茂する類のあの魔法は紛れもなく、地属性だろうし……水属性の魔法は使えないと思う」
「そうなると、この場合は化けの皮の魔法だろうな……」
「化けの皮?」
「あぁ。こっちは水属性でも地属性でもなくて、闇属性の上級魔法なんだけど。メタモルフォーゼって魔法があってな……」
「メタモルフォーゼ……? 文字通りだと、ただの変身魔法に聞こえるが?」
「うん、そうだな。字面だけだと、無害そうに聞こえるよな。ルシエルの言う通り、こいつは確かに変身の魔法だけど……発動条件が特殊なもんだから、あんまり気軽に使える魔法じゃなくて」
「そうなの? 発動条件は?」
「うん。この魔法が闇属性である事を決定付ける要因だと思うけど……まず、変身する相手が死んでいる必要がある」
相手が死んでいる必要がある? なんだ、その妙に血生臭い条件は。
「ノクエルがルーシーに化けていたのは、この魔法を使っていたと見て間違い無いと思うが。構築概念の難解さも去る事ながら、この魔法にはあるタブーを回避するためのルールがあってさ。術者と変身先の相手とで存在が重複する事を避けるために、化けたい相手が既に生存していないことが前提になる」
つまり、相手が生きている場合は殺せということになるらしい。魔法名は普通なのに。……本当に危ない魔法しかないんだな、闇属性の魔法って。
「この魔法が発動している時点で、変身先の相手は死んでいる事も確定するから、オズリックさんの本物は既に死んでいるんじゃないかな……」
「まさか……場合によっては、変身するためだけに誰かを殺すのか? そんなの……」
「……そうだな。される方としては、堪ったもんじゃないよな。しかも、継続発動型の魔法である以上、魔力消費量も規格外だが……それ以外のリスクはない上に、変身した先ではある程度のカスタマイズもできたりするもんだから、使いようによっては無限の悪用が可能なとんでもない魔法だ」
「カスタマイズって?」
「色々あるみたいだが……まぁ、ノクエルの場合はルーシーをベースにセイレーンっぽく化けていたみたいだが、変身相手の特徴に、ある程度の自分の特性を乗っけることができるらしい。どうも、この魔法は自分が手に入れられなかった相手と1つになる、とかっていう概念から出来上がっているみたいでな。手に入らないのなら、いっそ殺して自分のものにしてしまえ……って自分勝手な妄想が発端なんだと」
「そうだったんだ……。しかし、だとすると……ハーヴェンの言う通り、オズリックはそっちの魔法で化けの皮を被っている可能性が高いと思う」
無限の悪用……か。彼はきっとメタモルフォーゼと言う魔法に対して、言ったのだろうけど。どことなく、奇跡の結晶にも引っ掛けられているような気がして、切ない。
「とにかく、ゲルニカに詳しく聞いてみた方が良さそうだな」
「そうだな。あぁ、そう言えば。俺もマハさんとクロヒメの様子を見に行きたいし、一緒に竜界にお邪魔しようかな」
「うん、そうしてくれると助かる。あ、だったら……」
「へいへい。ちゃんとルシエルの分も用意するぞ。デザートも適当に付けるから、心配すんな」
「心配しているのは、そこじゃなくて……」
「尚、ピーマンの登場予定はありません!」
「本当⁉︎」
「本当。今日は街に出かけなかったからな……。ルシエルさんの愛しいピーマン男は例のブツを仕入れられなくて、意地悪できないんだよなぁ。くぅ〜……残念!」
「……残念がる所じゃないし、それ」
そんな事を言いながら、背後から更に強く抱きしめられて、とろりと瞼が落ちてくる。彼の腕に頬を預けながら、今日の出来事をぼんやり思い返して……そう言えば、オーディエル様達は大丈夫だろうか。今まさにアーチェッタに潜入中のはずだが。今頃……どうしているだろう。




