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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第10章】同じ空の下なのに
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10−29 不釣り合いな正義感

「おじさん、ジャガイモと玉ねぎ……あ、人参ももらえる?」

「あいよ、アーニャちゃん。いや〜、今日も別嬪さんだねぇ。今夜はシチューかい? ジャガイモ、ちょっとおまけしておくから、みんなにたくさん食べさせてやっておくれよ」

「ウフフ。もう、おじさんったらお上手なんだから。ありがと。きっとみんな喜ぶわ」

「ん!」

「ありがとうございます、おじさん」

「おぅ! メイヤちゃんとシルヴィアちゃんも、たくさん食べろよ」


 メイヤとシルヴィアがやってきてから、日課になりつつあるグリーン・ストリートでの買い出し。今まで裏路地に子供達を放逐してきた引け目があるのか、それとも単なる下心か……それはともかく、顔なじみになったお陰で、色々とおまけしてくれるのは、とても助かる。資金に関してはかなり恵まれているとは言え、こういう部分で贅沢をさせるのは子供達に悪い影響を出しかねない。

 いずれ、子供達は孤児院から巣立っていく。彼らには贅沢をさせること以上に、標準的な金銭感覚を身につけさせるのは、何よりも大事なことだろう。贅沢をすることを1度覚えると、生活の質を落とすのが何よりも大変な事を……なぜか、私は脳裏の奥底でハッキリと理解していた。


「夕食が今から、とっても楽しみです。アーニャさんのシチュー、私大好き」

「ん! ん!」

「そう? 2人とも気に入ってくれているようで、何よりだわ。だったら、今日も腕によりをかけて作っちゃおうかしら」


 孤児院が稼働してから現在、保護している子供達はメイヤ達の他に3人。その内、2人は片足がないのを見る限り……親に売り飛ばされたらしい。今の人間界では、「化物対策用」にお偉いさん達向けの「撒き餌屋」が秘密裏に営業している。それは大都市でも例外ではなく……そんな悪徳業者に良いようにされて、どこか諦めた表情でやってくる子供達の現状を突き付けられると、胸が締め付けられて苦しい。


「ただいま……って、あら? 今日はお客様がいるみたいね」

「う?」


 食堂へ材料を置きに戻ると……そこには見た事のある男女の後ろ姿が2つ、並んで座っているのが目に入る。そう言えば、ネッドが気になる事を報告したって、言ってたっけ。それでわざわざ、律儀に様子を見に来たのだろう。見れば、他の子供達は別のテーブルで、竜族の2人にモフモフ3匹と楽しそうにお喋りをしている。


「あぅ!」

「あっ、メイヤお帰り! 元気だった?」

「ん!」


 子供達の顔ぶれにかつての同居人の顔を見つけて、いち早く駆け寄るメイヤ。すんなり輪に加わると、楽しそうに頷いた後に、気配り上手なウコバクから差し入れのマフィンを受け取って、一生懸命口を動かし始めた。喉の傷の経過も良好だということで、固くない物であれば食べられるようになった彼女には、お菓子は何よりのご馳走だろう。その一方で……。


「どうしたの、シルヴィア?」

「え……えぇ。もしかしたら、この声は……」

「?」


 何やら、私としても見慣れた背中の片方に思うところがあるらしい。おやつのあるテーブルに加わる事もなく、隣で緊張した面持ちのシルヴィア。しかし、彼女に緊張の理由を尋ねる間も無く……男が振り向く。


「お? よぅ、アーニャ。その後どうだ……って。えっと、そっちのお嬢さんは……」

「え、えぇ……お陰様で、それなりにやっているけど。ハーヴェンも……何をそんなに驚いているのよ?」

「うん……と。その子も孤児なのか?」

「そうよ? シルヴィアって言うんだけど。ちょっと前から、ここで生活しているわ」


 シルヴィアの姿を認めるなり、少し訝しげな顔をするハーヴェン。何かを知っている風にも見えるが、やがてお人好しの表情に戻ると……いつもの調子でシルヴィアに話しかけてくる。明らかに何かを避けた様子だが、少なくともここで話すべきではないと判断したのだろう。


「そか。ここに来るまでに、色々と苦労したんだろうけど……まぁ、面倒を見るのがプランシーであれば、悪いようにはしないだろうし。アーニャはちょっと乱暴なところがあるけど、ネッドとザフィも優しいから。これからは心配しなくていいぞ〜」

「は、はい……ありがとうございます。院長先生もアーニャさんもとても優しいから、大丈夫です。しばらく、こちらでお世話になります……」


 そうして何かと聡いシルヴィアも、彼の意図を読み取ったのだろう。互いに何かを伏せたまま、穏便に会話を進める2人だが……しかし今、さり気なく私の事を乱暴って言ったか? このノッポは。


「って、誰が乱暴ですって⁉︎ 確かに、ちょっと悪さしてた時期はあったけど、乱暴だったことはないでしょうよ⁉︎」

「お〜? そうだったか?」


 最後は調子よくカラカラと笑うハーヴェンの横で、警戒心丸出しのお嫁さんが怖い顔をしている。そんな顔をされたら、子供達になんて説明したらいいのか、分からなくなるではないか。


「……久しぶりですね、アーニャ。仕事ぶりはコンラッドからも伺っていますし、子供達からも食事が美味しいと聞きました。なので、こちらであなたが働くことはもちろん、問題ないと認識しています。ですが、だけど……これだけは、よーく覚えておけ! またハーヴェンに変に近づいたりしたら、許さんぞ⁉︎ 分かってるんだろうなッ⁉︎」


 前半部分は冷静だったのに、急に何かが爆発したのか……後半はドスの効いた声で激昂し始める、小柄な天使様。捲し立てるように息を荒げている様子は、何かの小動物が精一杯毛を逆立てて、威嚇しているようにしか見えない。


「久しぶりの再会なのに、幾ら何でも、それはないだろう? ルシエルはどうして、そういう所は子供なんだろうな……」

「ルシエル様、どうか落ち着いて。子供達が怯えておりますし……」


 しかし、肝心の私を怖がらせることはできなくても、子供達を怯えさせる事に成功してしまった天使様が、我に返った後に……モジモジと赤くなり始める。仕方ない。この場は私の方からある程度、説明してやるか。


「あ〜、みんな、怖がらなくていいわよ。院長から聞いているかも知れないけど、この小っちゃいレディはそっちのノッポの奥さんでね。この孤児院の運営資金を寄付してくれてる、貴族様なのよ。……で、どうでもいい事なんだけど。昔、そっちのノッポを私と取り合った仲なもんだから。未だに、ちょっとギクシャクしてて。当時は貴族のお嬢さんとお城のメイドとで、王宮騎士様を巡って三角関係になって……話題になったりしたんだけど。今となっては、懐かしいわね」

「あ、あぁ。アーニャ……それ、ここでバラしていいのか?」

「別に? 何だかんだで、私は吹っ切れてるし。……ま、互いに精霊落ちって事もあって、あんた程の相手がいないもんだから、未だに私は独身なんだけど。これはこれで、気楽で問題ないわ」

「そ、そうか……うん。色々とごめんな。ったく、ルシエルは変な所でムキになるんだから……ほれ、みんなを驚かせたんだから、ちゃんと謝らないと。……ごめんなさいは?」

「ハィ……突然、大声を出してすみません……」


 旦那様に促されて、しおらしく謝り始める天使様だけど……その様子は夫婦というよりは、どちらかと言うと親子でしかない。しかし、そんな事を言ったら……きっとまた怒られるのだろうし、ここは黙っておこう。


「おはようございます……あら、ルシエル様。もうこちらにお見えだったのですね」

「みんな、おはようさん〜。ルシエル様もおはようございます。あぁ、そう言えば。ネッドから定期的にお手紙を出していたって聞いてたけど。それでわざわざ、来てくれたのかしら?」

「えぇ。みんなで仲良く過ごしているとのことでしたが、折角、お手紙を頂いたのですもの。私も様子を見に来たのです」


 さっきまでしょげていたのが嘘のように、コロリとよそ行きの笑顔を見せると、同僚の2人ににこやかに応じる天使様。

 そう言えば、ネッドやザフィとは受け持ちが違うとは言え、彼女は今や大天使様……だったか。かつて中級天使だった割には、ロンギヌスまで持っていることに驚かされたことがあったが。ようやく、彼女は相応しい階位に上り詰めたのだろう。ネッドやザフィに丁寧な態度で応じつつも、彼女達の態度から誰よりも最上位の存在である事は明白で……なるほど。そういう意味でも、支援元の貴族様という偉ぶった設定が生きてくるのか。


「それでは、コンラッド。私はハーヴェンと少々、院内を視察して参ります。引き続き、頼みましたよ」

「もちろんですよ、ルシエル様。お気の済むまでどうぞ。では、ネッドさん……ご案内をお願いいたします」

「かしこまりました。さ、ルシエル様とハーヴェン様はこちらへどうぞ。アーニャとザフィは子供達をよろしくね」

「えぇ、分かっているわ」

「はいはーい、行ってらっしゃい。今日は診察もないから、代わりに洗濯、やっておくわね」


 手筈通りに役割分担をしながら、視察が示す内容に思いを巡らせる。ネッドが「秘密の場所」で見つけたもの……それがあまりに痛ましいものだったので、急遽報告を上げたという事だったが。まさか昨日の今日で使者、しかも大天使様自らがやってくるなんて、思いもしなかった。それ程までに、かなりの重要事項だったのだろう。

 初めは自分には関係ないと思っていたが、何故か孤児院設立の経緯を聞かされた時に、腹の底が熱くなるのを戸惑いながらも感じていた。悪魔であるはずの自分の中に、不釣り合いな正義感が残っていたのにも、驚いたが……何よりも面倒事を避けてきた自分に、こんなにも熱くなれるものがあるなんて、思いもしなかった。どうやら、生前の私も相当お人好しだったらしい。この感情が……どこか懐かしい熱を帯びているのに気づけない程、私は鈍感でいることも最早、できなかった。

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