10−26 ボタンの掛け違いを直してくれる相手(+番外編「クローゼットとシルクハット」)
「ダァ! お前らはどうして毎度毎度、余計な事を言うんだよ! 名前と祝詞をやるっていう告知だけして来い、って言っただろうが! 変なオプションまで、勝手に付けてるんじゃねーし‼︎」
「ひゃぁ! パパが怒ったでしゅ!」
「ママ、おいら達……何か悪い事したの?」
最近は本気で怒っているのも伝わらないもんだから、久しぶりに牙を剥き出しにしてみると、今度こそようやく怯え始めるグレムリン達とゴブリン共。そうして、周りで揃って泣き出すけど……まさか、このパターンは……。
「もぅ、いつも言っているでしょ? どうして、あなたは小ちゃい子達を怖がらせて、泣かせるの?」
「いや、だってさ! いくら何でも、そんな事を下級悪魔相手に言い降らされたら、いい加減、頭にくるだろーよ⁉︎ 真祖はそんなに身近でも、気安い存在でもねーんだよ!」
「そう。だったら、私がこうして側にいるのも、場違いなのかしら……」
「は? いや、待て待て! お前と下級悪魔は別モンだろうが! わざわざ同じ扱いをする意味が分かんねーし!」
リッテルも傷つけてしまったのか、今日はちびっ子達を慰めるでもなく、一緒に彼女も涙目になり始める。何が気に障ったのだろう? やがてボロボロとまとめて全員泣き出す目の前の状況に、どうすればいいのか分からない。
「あっ……」
「……私も下級天使ですもの。本来は……あなたの側にいるのが、不釣り合いなのが……薄々は分かっていて……」
なるほど。リッテルは自分が下級天使である事を気にしていて、「下級」というフレーズに傷ついたのか。こっちにいる間はそんなの関係ないと思っていたが、向こうさん的に単純な事でもないらしい。そう言えば、天使達の世界は魔界以上の縦社会だったな……。以前にウリエルが翼の数にモノを言わせて、周りの天使を有無を言わさず従えていたのを、ようよう思い出す。
「別に、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……」
「でも……あなたが魔界の最上位悪魔なのは、事実ですし……。だから、私の方はみんなにそう呼んでもらえると、その事を忘れられる気がしていたの。……パパとママであれば、上辺だけでも辛うじて釣り合う気がして……。でも、あなたは本当に嫌だったのね。ごめんなさい、勝手に勘違いしていて……」
「勘違い……か。……そっか。そういう意味では、そうやって呼ばれた方がいいんだな……」
俺は真祖として周囲の畏怖を集められなければ、実力を発揮できない。だから、配下とは言え、こうして下級悪魔にまで親近感を抱かれる……怖がられなくなるのは、真祖として弱体化を招くという事であり、自分自身の首を絞める事になる。一方で俺が真祖然とあろうとする事は、何気に階級を気にしているリッテルとの距離が開くという事になるらしい。
そんな事をグルグル考えていると、今度はずっと前から引っかかっていた事が頭を擡げ始める。
誰かに優しくする事、誰かを助ける事。無償のそれは、魔界の常識では格好悪い事でしかなかったはずなのに。そのセオリーに従おうとすればする程、悪魔であろうとすればする程……何故か、いつも苦しかった。そして……今はそのセオリーを守る事以上に、彼女を失うのが何よりも怖い。
「……ハイハイ。そういう事なら、強欲の悪魔に限り、パパって呼ばれる事を許可しまーす。ただし、俺が真祖である事は変わらないんだから、それなりに敬意は払う事。分かったか?」
「本当?」
「本当」
「パパって呼んでいいです?」
「だから、いいって言ってるだろーが。パパはしつこい子は嫌いだぞ」
結局……仕方なしにそんな事を言ってやると、目の前のゴブリン達からだけではなく、後ろの行列からも嬉しそうな歓声が上がり始める。しかし、悪魔ってこんなにも家族ゴッコが好きだったっけか? 形だけのはずなのに、パパとママの存在がそんなにも嬉しいんだろうか?
「ほれ、とにかく次。ママからクッキーを貰った子は、サッサと順番を譲れよ」
「……いいの、あなた……?」
「どっちがいいかを天秤にかけた結果、こっちを選んだ。ただ、それだけだ」
「……こっち?」
「真祖であることと、夫婦であることと……どっちがいいか。そんなの、考えなくても分かりきっていて。ボタンの掛け違いを直してくれる相手が、今更いなくなるのは……俺だって寂しいよ」
買い物の日以来、慣れないシャツを着続けているのは、彼女にさり気なく甘えられるからだったりする。ちゃんとできた日は褒めてもらえるし、できなかったとしても叱られもせずに直してもらえる。未だに、俺の指にはボタンが小さ過ぎて言う事を聞かないし、煩わしいことも多いけど。そのひと時が俺にとって、ちょっとした幸せなのも間違いない。
「今朝はちゃんとできたものね。フフ、あなたの指先はとっても不器用さんなんだから。でも……私はあなたのそんなところも……大好きです」
「……うん」
何よりも嬉しい言葉に、ジンワリと腹の奥が暖かくなるのを感じては……今、確かにある幸せを噛み締める。誰にも認めてもらえず、ただ怖がられていただけのあの頃に比べたら、この瞬間はどれ程までに満ち足りた時間だろう。その充足感を得られるなら、もう真祖である事に拘る必要もないのかも知れない。とっくに転落した失敗作が今更……そんな事に執着するなんて、それこそ最高に格好悪いじゃないか。
【番外編「クローゼットとシルクハット」】
いつの間にか、寝室に増えていたクローゼットを開けてみれば。彼女の“戦利品”がビッシリと掛けられている。
確かに、洋服を眺めていたい……そんなコレクション癖は俺も理解できるし、まだいい。トルソーが2つ並んでいるのも、まぁ、問題ないだろう。だけど……。
「……あのさ。これ、何の冗談だろう……?」
「あら? だって、このワンピースはあなたが私のために用意してくれたものだもの。だから、思い出と一緒に飾っておく事にしたの」
トルソーの片方には、例の「ニットワンピ」と貸したままになっていたヒッポグリフの上着が着せられている。思い出と一緒に……なーんて言ってもらえるのは嬉しいんだけど。俺が気にしているのは、そっちじゃなくて。
「いや……その隣が非っ常〜に気になるんだけど……」
「気づいちゃったの? 気づいてくれちゃったの? ウフフ……! あのね、あなた……」
「ハイ、却下。どうして、俺がそんなものを着にゃならん」
「ダメかしら?」
「絶対イヤ」
「そ、そんな……! 私……2人きりの時は、あなたを独り占めしようと思ってたのに……」
……そこで涙目になるのかよ。それが完全に反則なの、いい加減、理解してくれないかな……。
「ハイハイ、分かりました、分かりましたよ……っと。そいつを着ればいいのか?」
「えぇ! 是非、仮面込みでお願い! それでね……お姫様抱っこして、”今宵は予告通り、あなたを攫いに参りました……”って言って欲しいの!」
「……何、その罰ゲーム(しかも、これ……シルクハットってやつだよな……)」
俺が君の涙に弱いのを、姫様はしっかり学習されてしまわれたんですね……。
言っておきますが、俺が怪盗だったことは一瞬たりともございません……。
本当に……本当にありがとうございました……。




