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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第10章】同じ空の下なのに
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10−25 お名前と祝詞の授与を行いまーす

 ちょっとした奇跡を目の当たりにして、ベルゼブブの屋敷から帰ると。俺の帰りを待ちわびていたグレムリン……だけではなく、大勢のゴブリンとハイエナの姿をしたグール、その他諸々。中級以下の悪魔が、家の崖下できちんと待っていた。

 さっきまでベルゼブブに相談していたのは、他でもない。配下にどの程度、名前と祝詞をやっているかを聞くためだったんだけど。あいつからは、配下には漏れなく名前と祝詞を渡しているという、驚きの答えが返ってきた。何でも、ハーヴェン以外に上級悪魔がいない暴食の悪魔は、数だけは多いとかで……そうでもしておかないと、本人達も自分が誰なのか分からなくなるから、という事らしい。しかし……どんだけオツムが足りないんだよ、暴食の悪魔は……。


「で、お前ら。自分の名前は決めてあるんだろうな?」

「もちろんですよ! じっくり考えました!」

「どんな風に呼んで欲しいか、ちゃんと考えましたよ?」

「名前もらえる、本当?」

「本当。このままだと、お前らは天使と契約できないし。嫁さんのお仕事上、お手伝いの可能性もあるから。今後は漏れなく、名前を付けることにしましたー。祝詞もセットでちゃんとやるから、ほら、並んだ並んだ」

「良かったわね、みんな。私もちゃんと、お名前で呼びますからね」


 誰にでも分け隔てなく優しいリッテルのお言葉に、俺の宣言以上に盛り上がる配下達。以前、目の前に並んでいるゴブリンに嫌な思いをさせられたのを、忘れた訳でもないだろうが。今となっては、ある意味でいい思い出なのかもしれない。……と言うか、あれ以来妙に怯えられていたゴブリンまでもが名前をやるって言っただけで、巣から出てくるなんて。やっぱり、名前は本人にとっては大事なんだな、きっと。


「はーい、お待ちかね。お名前と祝詞の授与を行いまーす。順番に1人ずつ刻んでやるから、騒がず焦らず、きちんと並べ。心配しなくても、最後の1人まで全員にきっちり対応してやっから」


 待ちきれない様子の配下に対して、仕方なしに列を作らせる。そうして、名前と祝詞をもらいっぱぐれる心配がないことが分かると、素直に喧嘩をすることもなく並び始める配下達だが……列にちょいちょい、明らかに俺の管轄外の奴が混ざっているのが、気に掛かる。


「レッサーバエルは強欲の悪魔じゃねーだろうが。祝詞は親のリヴァイアタンに頼めよ……」

「そ、そんなぁ。僕も祝詞、欲しいです……」

「いや、無理なものは無理だし……。名前はともかく、祝詞は自分と根源が一致する配下にしかやれないんだよ。別に意地悪をしている訳でも、除け者にしている訳でもなくて。こればっかりは、法則を捻じ曲げることはできないんだ。悪いが、諦めてくれるか」


 多少、予想はしていたが。実際に目の前で涙を浮かべられると結構、切ない。俺だって、できれば祝詞くらいは授けてやりたいが……根源の不一致は当然ながら、無視できる事柄じゃない。

 俺達は一括りに悪魔と、総称されてはいるものの。厳密には、根源に沿って種族そのものが違う。本性の動物の違いに始まり、能力や特徴なんかも大きく分かれていて……精霊がそれぞれ種族で分かれているのと同様に、完全に別物だと言っていい。

 そんな種族の違いともいうべき根源の不一致は、真祖でも覆せない要素の1つでしかない。


「そんなにガッカリするなよ。祝詞は与えてやれないが、困ったことがあったら、話くらいは聞いてやるから。悪い、リッテル……」

「はい、かしこまりました。ほらほら、泣かないで。何かあったら、いつでもいらっしゃい。さ、これを食べて元気出して」


 膝上の缶からクッキーを1袋取り出して、律儀に涙目の下級悪魔の手に乗せてやるリッテル。俺が配下の数の把握ついでに、お仕事のために祝詞を与えることにしたと話をしたら、すかさず大量の焼き菓子を用意してくるのは、流石はお優しい天使様というか。そんな気遣いと優しさらしきものが詰まったクッキーと一緒に、頭を撫でてもらえば、少しは気休めになるんだろう。祝詞が羨ましいのは変わらないみたいだが、少しは前向きに納得してもらえただろうか。


「はい、次。……で、お名前は?」

「僕はニューって名乗ることにしたです!」

「ニュー、ね……それ、新しいって意味で合ってる? まぁ、名前の由来はこの際、どうでもいいか……」


 気づけば、長蛇の列がずっと視界の先まで伸びている。長い間、真祖としての役割を放棄していた割には、意外と自分の配下が多い事に安心するものの。いちいち名前の由来を気にしていたら、いつまで経っても終わりゃしない。とにかくサクサク進めないと、冗談抜きで日が暮れる。


「……終わったぞ。で、次のお前はなんて名前にしたんだ?」

「俺はレオにしたです!」

「ちょっと待って! 僕もその名前にしようとしてたのに!」

「あ、僕も……」


 目の前の奴がちょっと胸を張って、自慢げかつ声高に自分の名前を宣言すると。列の後ろから抗議の声付きで、数人が異議申し立てにやってきた。順番はともかく、これはこの場である程度、解決策を提示してやらないと後々喧嘩になりそうな気がする。


「なるほど、安直な名前は被るんだな……。ライオンだから、レオなのはいいけど。お前ら、もうちょい凝った名前にしておけよ。この先、他の奴ともきっと被るぞ、それ」

「えぇ〜!」

「俺が1番最初に使う事に決めたんだから、俺のだ!」

「そんなの、ズルイよ! 僕も格好いい名前で呼ばれたい!」


 見れば「レオ」の名前を取り合って、喧嘩を始めるゴブリン共。今後は領内での喧嘩も少なくできればいいなと考えていた矢先にこれじゃ、意味ないじゃん……。


「ハイハイ。そういう事なら、ネーミングセンス抜群の嫁さんを頼ろうな。リッテル、ちょっとこいつらの名前を捻ってくれる?」

「あら? あなたが付けてあげればいいじゃない。それではダメなの?」

「いや、ダメじゃないんだけど……。何となく、俺のセンスはルヴラレベルだと思うんだよな、多分」

「そうなの? それじゃ……例えば、この子につけるなら、どんな名前にするの?」

「え? ここで強引に振るのか、俺に……」

「物は試しでしょう? ほらほら、どんな名前にするのかしら?」

「ゔ……」


 1番手前にいたゴブリンを示しながら、嫁さんが意地悪く迫ってくる。急に言われても、格好いい名前なんてすぐに思い浮かぶはずもなく。以前、俺もルヴラに変な名前を付けられそうになった事があったが……今まさに、自分の脳みそにもその程度の名前しか浮かばない事に、図らずとも狼狽してしまう。


「あ〜……それじゃ、お前はピコピコで」

「そんな格好悪いの、嫌ですよ!」

「だよな〜……ハンマーを持ってるから、そんな感じにしてみたけど。やっぱ、ダメだよな。うん、ごめん。分かってた」


 俺が諦め半分で言っている隣で、いよいよ面白そうに大笑いしているリッテル。だから、俺にはセンスが無いって言ったじゃん。そんな風に笑われると、変に傷つくだろーが……。


「あぁ、もう! だから、嫌だったんだよ! 意地悪しておいて、そんなに笑うなよ!」

「ウッフフフフ……! ごめんなさい。あなたったら、本当に可愛いんだから……」

「……今の、どの辺が可愛いになるんだ?」

「内緒。それじゃぁ、あなたの代わりに私がお名前を付けるわね。そうね……あなたはシーザーでどうかしら?」

「おぉう! 俺、それだったらいいです!」


 なるほど、皇帝できたか。


「真ん中のあなたはアーサー。で、右隣のあなたはカイザーでどう?」


 そうしてリッテルが嬉しそうに、すんなりとオーソドックスでありつつも、統一感のある名前を提案すると。小ちゃな赤い瞳をこれでもかと輝かせて、ワクワクし出すゴブリン3名様。だったらさ、最初から俺に考えさせるなよ。……俺、傷付き損じゃないか。


「ハイハイ、ちゃっちゃと終わらせるぞ。一気にやるから、3人並べ」

「ありがとうございます、パパ!」

「……パパ?」


 無事に「格好いい名前」を貰った後に、リッテルからもクッキーを受け取って、嬉しそうにしているゴブリン達だが……しれっとパパ呼ばわりされて、嫌な汗が出ている気がする。えっと……それ、俺の事だよな?


「……あの、さ。俺は確かに、親の悪魔ではあるだろうけど。父親じゃないんだが。……その呼び方はやめろ」

「えぇ〜? どうしてですか?」

「グレムリンはパパって呼んでるって、聞きましたよ?」

「だから、俺達もパパって呼ぶです!」

「で、天使様はママです!」


 グレムリン共にパパと呼ばれるのだって、ギリギリ許容していただけなのに。なんで……こんな事になっているんだ……?


「……おい、クラン達。これ、どういう事だ?」

「何が問題なのです?」

「みんな名前を貰ったら、パパの子ですよぅ?」

「おいら達、悪いことしてないです」

「そうでしゅよ〜。あぁ、本当の意味でパパの子になれる、強欲の悪魔が羨ましいでしゅ……」


 嫁さんからちゃっかりクッキーをもらいつつ、後ろで大人しくしていたグレムリン達に背中越しで詰め寄るものの。俺がちょっと怒っているのも無視しながら、相変わらずの調子で平然と返されると、却ってムカつく。何で、こいつらは……空気を読むスキルがすっぽ抜けてるんだろう……?

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