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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第10章】同じ空の下なのに
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10−24 スペルディザイア

「いや〜ん! ギブギブ! ベルちゃん、ギブ〜〜〜〜!」

「うるさいッ! 曲がった根性も軌道修正してやるから、覚悟しろ!」

「えっと……どういう状況なんだ、これ……」


 マハを連れて、ベルゼブブの部屋にたどり着くが。その悪趣味さを彼に説明する間も無く……何故かマモンにどこぞのインプよろしく、コメカミをグリグリと締め上げられているベルゼブブの姿が真っ先に目に入る。そして、クロヒメがまだ見覚えのある姿で立ち尽くしているのを見る限り……どうやら間に合ったようだ。


「クロヒメ……!」

「だ、旦那様⁉︎ どうしてこんな所に……! それにお頭も……」

「あ? ハーヴェン、どうしたよ?」


 マハに声を掛けれられて、驚くクロヒメの横から……マモンが事もなげに俺に話しかけてくるが。「どうした?」と聞くべきなのは、間違いなく俺の方だと思う。


「いや、それはこっちのセリフなんだけど……一体、何があったんだ?」

「あの、さ……お前の親玉なんだけど! 配下にあろう事か、代償の説明もせずに最奥義を使おうとして……ったく、こいつの管理はお前の仕事だろーが! 危うく、クロヒメは何も知らないまま、言葉を失うとこだったんだぞ⁉︎」


 あぁ〜……そういう事でしたか……。強欲の真祖様がブレーキをかけてくれたから、クロヒメはまだ無事なんだな……。


「あ、うん……悪い。マハさんから、クロヒメがいなくなったって聞いて……これで、俺も大急ぎで来たんだよ。やっぱり、な……。あぁ、そう……そう、だよな……。ベルゼブブが真面目に説明してくれるとは思っていなかったけど……だけど、ちょっとくらい配下の今後を案じてくれるかもなんて、期待もしてたんだ。でもさ、本当にこのクソ悪魔は……! 何を軽々しく、可愛い子分に禁呪をホイホイ使おうとしてるんだよ……‼︎」


 怒りを滲ませる俺に何かを察し、無言でベルゼブブの首根っこを寄越してくるマモン。そんなマモンから既に若干ぐったりしている親玉と一緒に、お仕置きのバトンを受け取って……ここはオーソドックスに、お尻ペンペンと行きましょうか……?


「ちょ、ちょっと待って、ハーヴェン! ベルちゃん、もう頭が痛いんだけど⁉︎」

「問答無用ッ! 今日という今日は、徹底的にペンペンして……趣味の悪いソファに座れないようにしてやるから、覚悟しろ‼︎」

「お、お頭! ちょっと、待ってください!」


 体の大きさにモノを言わせて、小脇に抱えたベルゼブブの尻を打ち据えようとしたところに……渦中のクロヒメから待ったがかかる。何かに縋るような表情を見るに、もしかして……。


「言葉を失っても、構いません。この先、魔法が使えなくなっても平気です。私は大好きな旦那様のお側に、相応しい姿でこの先も居られれば、それ以上を望むつもりはないんです。だから……!」

「だけど、クロヒメ。それは分かっている以上に、大変だと思うぞ。失うのは、魔法だけじゃない。気持ちを伝えるのだって苦労することになるし、どんなに辛くても助けを求める事もできなくなるし……気分が良くても、鼻歌1つ歌えなくなったりする。そんな些細なことも含めて、言葉と一緒に失う日常はあまりに多い。クロヒメはそのままの姿でも、十分……」

「いいえ! 旦那様はいずれご結婚をして、奥様を迎えて……竜界のためにも、お子を成さなければなりません。ですが、実際にそうなった時、旦那様のお側で平然としていられる程……私は強くないんです。その光景を想像するだけで、私は……!」


 悲痛な叫びと共にいよいよ、ボロボロと泣き出すクロヒメ。そうして彼女を慰めるようにマハが抱き上げると、いつかのようにお姫様抱っこをしながら、頬ずりをし始める。


「あぁ、とっても艶やかで柔らかくて……君はとても愛しい抱き心地だよ……。ごめんね、クロヒメ。まさか、君がこんなにも追い詰められているなんて、今の今まで気づけなくて、本当ごめんよ。だけど、心配しなくても大丈夫さ。僕は君と一緒にさえ居られれば、一生独り身だったとしても平気なんだから。だから僕の元に帰ってきておくれよ、マイフェアレディ。もう……そんな心配はしなくて、いいんだよ」

「いけません……。私のせいで旦那様が本来、成すべきお役目を果たせなくなるのが、何よりも辛いのです。そして、今の私はお役目の邪魔しかできません。ですから……旦那様は私が言葉を失っても、変わらずお側に置いてくださいますか? ずっと一緒に居てくださいますでしょうか……?」

「……クロヒメ。どうして君は……僕にここまでしてくれるんだい? どうして……僕なんかのために……」

「もちろん……旦那様のためなら、何を失っても構わない程に……私はあなた様を愛しているのですから」


 彼女の告白に返事をする代わりに……綺麗な瞳から大粒の涙を流して、ひたすら「ごめんよ」と小さく呟くマハ。一頻り彼女のモフモフとした毛皮に頬を埋めた後、何かを決心したように彼女を床にそっと下ろす。

 ……そうか。クロヒメはこの先、言葉を失った竜族として生きていくことに……なるんだな。


「……ベルゼブブ様。あの……」

「ウンウン。分かったよ。ベルちゃん、喜んでクロヒメのお願い叶えてあげちゃう。だから……もぅ、ハーヴェンもサッサと下ろしてよ」

「へいへい。……まさか、こんな形で子分が減るなんて、思いもしなかったけど。クロヒメが納得しているのであれば、言う事もないか。まぁ、いきなり魔法発動にならなくてよかったよ」

「本当にな。つーか、ベルゼブブは激ヤバい魔法を使えるんだから、きちんと躾とけよ」

「うん。いや、マモンがいてくれて助かったよ。クソ悪魔だけだったら、冗談抜きでやらかしてただろうし。……時間があったら再教育しておいて、ってヤーティに頼んでおくわ」

「あ、それがいいかもな。あのトリ頭であれば、その辺のお作法もきっちり教えてくれそうだし」

「って、ちょっと! 2人で何、勝手に決めてるの! ベルちゃん、次からはそんな事しないよ!」


 趣味の悪いガウン姿の背後でマモンと世間話をしていると、ちょっと抗議をした後は珍しく真面目に魔法の構築をし始めるベルゼブブ。モノがモノだけに、普段使いできる代物でもないその構築は、流石の大悪魔でも苦労しているらしい。暫く真剣に呪文を呟いていたかと思うと……何でも願いを叶える反則級の魔法が、満を辞して発動された。


「純白の希望、漆黒の絶望……汝が言霊を糧に、永遠の願望を世に顕さん! 最後の言の葉に願いを乗せ、汝が望み叶え賜う! スペルディザイア‼︎ さぁ、クロヒメ! 魔法陣が消える前に、君の願いを強く思い描いて……それを言葉にハッキリと乗せるんだ!」

「はいッ! 私は……愛する旦那様の隣で、これからもずっと過ごすために……相応しい姿になる事を望みます! お願いです! 私を……旦那様と同じ竜族にしてくださいッ!」


 最後の言葉……願いを音に乗せ、1つ1つを受け取るかのように彼女の足元の魔法陣が煌くと、いよいよ最終段階に入ったのだろう。魔法陣が1度消失した後に、クロヒメの体が眩い光に包まれて。眩しさが落ち着く頃に恐る恐る瞼を上げると……そこには既に、見慣れたクロヒメの姿はなかった。


「……クロヒメ、なのかい?」


 クロヒメの代わりに立っている彼女に、マハが戸惑いながらも質問すると……無言で頷く少女。まるで元のクロヒメの姿を踏襲したような、垂れ耳にも見える真っ黒なツインテールに、パッチリとした真紅の瞳。そして……属性はきっと、そのままなのだろう。尻尾は綺麗な赤い色をしていた。


「あぁ……! クロヒメ……! 本当に君なんだね……!」

「……!」


 言葉の代わりに尻尾を緩やかに振って、マハに応えるクロヒメ。そのままマハに抱きしめられると、嬉しそうに彼の胸元に頬を寄せる。


「……フゥ〜。こんなもん? こんなもんかな⁇」

「冗談抜きで、ウコバクが竜族になったな……いや、しかしさ。これって、他に制約とかないんだよな?」

「うん。願いが叶ってしまえば、大丈夫。魔力の大量消費は、効果の先払いの意味もあるからね。ま、魔界であれば、使い放題だけど……」

「どうだか。俺達真祖は分配の恩恵も薄いだろ。まぁ、お前は器も大容量みたいだから、残量を気にした事もないんだろうけど」

「そうなの? そうなの?」

「ハイハイ、お前は本当に色々と凄いよな。それも無自覚かよ……」


 どこか見慣れた風景になりつつあるマモンの諦め顔を余所に、きちんと発動されれば大丈夫らしいことが分かって、胸をなで下ろす。しかし……クロヒメはどんな竜族になったのだろう?


「そう言えば……これって祝詞とか、どうなるんだ? クロヒメは多分、ベルゼブブが名前も祝詞もやったんだよな?」

「うん。僕はちゃんと、みんなに名前と祝詞はあげてるよ? で、えぇと……多分、竜族としての祝詞で元の祝詞は上書きされていると思うけど……はて。確かに、クロヒメはどんな竜族になったんだろうねぇ。見た所、炎属性は間違いなさそうだけど……」

「種族が変われば、元の親でも祝詞は覗けないし……。リッテルの持っているサーチ鏡があれば、種類に関しては一発なんだろうけど……。今、あいつは家で診療中だし……」


 悪魔3人で首を捻っても、クロヒメの正体が分かる訳でもなし。一方で……マハはクロヒメの尻尾をマジマジと見つめていたかと思うと、思いもよらぬ事を言い出した。


「この鱗の色は……多分、ファイアドラゴンだと思うけど……。クロヒメ、ここで本性の姿になることは可能かい?」


 竜界のエレメントマスター様ともなれば、彼女の種類に当たりを付けられるみたいだな。マハの質問に少し何かを探るような表情をした後、力強く頷くクロヒメ。下級悪魔のクロヒメには元々、理性の姿も本性の姿も区別は無かったはずだが……。その辺もきっちりフォローされているようで、彼女は一呼吸置くと、きちんと本性の姿を顕してみせる。そして、そこに立っていたのは……綺麗な紫色の翼を持つ、真っ赤なドラゴンだった。


「うん、やっぱり。……そうか、クロヒメはファイアドラゴンになったんだね。あぁ、なんて美しいのだろう……! きっと神様は君を引き合わせてくれるために、僕に孤独を強いていたんだ。その暁に、こんなに綺麗なお嫁さんに出会えて……僕は本当に幸せだよ……! どうか、これからも側にいておくれ、僕のマイフェアレディ……!」


 感動のあまりに潤んだ瞳でクロヒメを見上げるマハと、マハに応えて甘えるように鼻先を寄せるクロヒメと。

 そこに明確な言葉はないかもしれない。きっとこの先、クロヒメがマハに慰めの言葉をかけてやれる事もないのだろう。だけど、彼女の慈愛に満ちた目元には……言葉以上のメッセージが詰まっていた。


(目は口程に物を語る……か。言葉を失っても、寄り添う相手が見つかったのなら……それはそれで、いいのかもしれない)


 頬ずりの後、元の姿に戻ったクロヒメを愛おしげにお姫様抱っこをするマハ。初めて彼らを引き合わせた時に、ウコバク相手でも絵になるのは流石だなんて、勝手に思っていたが。今はどこをどう見ても文句なく、2人の姿がお似合いに見えるわけで。

 代償以上に、クロヒメがこの先も幸せであるのなら。お頭としては、かなり寂しいが……元・子分の安寧を願うのは、当然だよな。

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