10−20 可愛い要素(+番外編「母性と子猫」)
的中して欲しくない予想が大当たりするとなると、もう何を言っていいのか分からない。大体……揃いも揃って、サボっているなんて。今は、内々の噂集めに精を出している場合ではないでしょうに。
「……全く。大天使ともあろう者が、情けない……。今度から盗み聞きなんてしなくていいように、扉を開けておいた方がいいのかな……」
「そうかも知れませんね。それに……魔界では盗み聞きも覗き見も、当たり前だったりするものですから。私はこの位、平気ですよ」
「え……それ、どういう事?」
ちょっと待て。盗み聞きと覗き見が平気って……どういう心境の境地なんだ?
「……お恥ずかしながら、色々と覗かれてしまっているものですから。主人も最初は毎回怒っていましたが、最近は当たり前になってしまったのか……グレムリンちゃん達がベッドに上がり込んできても、舌打ち程度で何も言わなくなりました」
いや、それはしっかりと文句を言った方がいいと思う……。少なくとも、私は絶対に嫌なんだが。
「それに主人はとっても寝相が悪いので、グレムリンちゃんがお腹の上で丸くなっている方がいいと言うか。多少、覗かれることくらい、お腹を冷やされるよりは遥かにマシです」
「それとこれとは話が違うような……。それにしても、マモンってそんなに寝相悪いの?」
「それはもう。とっても寝相、悪いんですよ? お布団を蹴っぽるのは序の口で、ベッドから落ちるのもしょっちゅうです」
しょっちゅう、ベッドから落ちる。あの真祖様は寝相が悪くて、ベッドからよく落ちる。……マモンは寝ている間もヤンチャらしい。
「フフフ、普段はあんなに隙がなくて、キリッとしてるのに。寝ている時は物の見事に、無防備なんだから。それでも……今までは熟睡できなかったと言っていたので、いい意味で安心してくれているのかも知れません。かつては他の悪魔さんに袋叩きにされるのにも怯えて……刀を抱いて、ラベンダー畑で仮眠を取ることしかしなかったって、言っていましたから……」
いくら実力があっても、弱いと認定されれば他の悪魔から袋叩きにされる。それは真祖であっても、下級悪魔であっても変わらない……それが魔界という所なのだろう。
ハーヴェンが以前のマモンは真面目で高潔だった……今はその状態に戻ったのだろうが……と話していた事があったが。そんな以前のマモンにしてみたら、格下の相手に寄ってたかって痛めつけられるのが、どれ程までに避けたい事であるかは、想像に難くない。そのせいで今までは安心して眠る事すら、できなかったということか。
「そっか。それがちゃんと眠れるようになったのであれば……リッテルの派遣は、そういう意味でも有意義だという事だよね。それにしても……マモンも随分と甘えん坊なんだ? ……なんだろう、ちょっと安心してしまった」
「そうなのですか?」
「うん。私の方が甘えている上に、ハーヴェンはちょこちょこ意地悪だから。どちらかと言うと、アドバンテージは何だかんだであちらが握っているかな。今朝も色々とからかわれて……もぅ、必要以上に私を子供扱いするんだもの。あのピーマン男は」
「フフフ、そうなのですね。私達の場合は、どちらかと言うと……彼の方が甘えん坊かしら? もちろん、私も彼に甘えたりはしますけど。彼の方がとても寂しがり屋で、繊細だったりするので……。それに……」
そこまで言いかけて何かを思い出したのか、リッテルが急に赤くなって俯く。そうして、しきりに辺りを気にしてモジモジし始めたが。一体……何を思い出したのだろう?
「どうしたの? 私、変な事を言ってしまったかな?」
「あ、そうではないのですが……主人が天使は子供を産めないことについて、聞いてきた時に……」
「……リッテルも子供が欲しいと思った事があるの?」
「いいえ、そういう訳ではないんです」
「もしかして……まさか、マモンの方が?」
「とんでもない。自分は父親ってガラじゃないと、言っていました」
「それじゃぁ、何が問題になったの?」
「子供について、というよりは……彼の本性が発揮されたと言うか。その……ルシエル様は、甘えてくる旦那様を可愛いと思ったことはありますか?」
「はい?」
旦那様を可愛い? 可愛い……どの辺がどう?
突飛な質問に混乱しながら、アレコレ考えを巡らせるけれど。……少なくとも、ハーヴェンに可愛い要素はない気がする。強いて挙げれば、本性の耳たぶと肉球がちょっと可愛いことくらいしか、思い浮かばない。
「あ、ルシエル様は……そんな風に思った事はないんですね」
「いや……どう考えても、マモンにも可愛い要素はないでしょ?」
「それが、そうでもないんです」
……そうなのか? あのマモンのどの辺に、可愛い要素があるんだ……?
「天使は子供を産めないって本当かと聞かれたので、正直に産めませんと答えたのですけど……彼の返答があまりに可愛くて……」
「マモンは何て答えたの……」
「私に甘えられるのは、自分だけかと真剣に聞いてくるので、どうしてと尋ねたら。例え自分の子供だったとしても、他の誰かが私にくっつくのは嫌なんだと言われまして」
……なるほど。マモンは強欲の悪魔だものな。独占欲の強さも、並大抵のものではないのだろう。
「まさか、そんな事まで心配されるとは思いもしませんでしたが……それ以来、彼が愛おしくて仕方ないのです。子供のように甘えられて喉をゴロゴロと鳴らされると、自分が必要とされている気がして。今まで甘える相手を持たなかった彼に、選ばれたのだと考えると……幸せ過ぎて、たまに泣きそうになるんです」
「私のちびっ子体型には、甘えらえる要素もないから……そんな会話自体が発生しないし。……なんだろう。かなり羨ましいんだけど……」
「まぁ、そうなんですか? ハーヴェン様は意外と、淡白なのですね?」
「あ、いや……そうでもないかな。色気のなさは小道具でカバーさせられている部分があるし……って、何を言っているんだ、私は。と、とにかく! リッテルも、私に変なことを言わせないで」
「は〜い、失礼しました。フフフ、ルシエル様も幸せそうで何よりです」
結局、リッテルと仕事の話以上に悪魔男子達の話題で盛り上がってしまったが。……その延長でハーヴェンの事を考えると、つい早く帰りたいと思ってしまう。
私のピーマン男はどうしているだろう? 今頃、夕食の準備をしていて……また飽きずにピーマンを刻んでいるのかもしれない。私はどう頑張っても、ピーマンは嫌いだけど。それでも彼が恋しいのは、私が甘えん坊だから……なんだろうな。
【番外編「母性と子猫」】
「なぁ、リッテル。……1つ、聞いていい?」
「あら、何かしら?」
「えっと。女って……どうしてそうも、器用に胸が出ているんだ?」
「へっ?」
日常生活の邪魔になりそうな膨らみには、子育て以外の機能がありそうな気がして。つい、興味本位でそんな事を聞いてしまうものの。一方で、俺の質問が予想外すぎたのだろう。嫁さんはすぐに反応できずに、ちょっと呆気にとられた顔をした後、急に赤くなり始める。
「えっと……これは赤ちゃんにお乳をあげるためのもので……」
「でも、天使は子供を産めないんだよな? だったら、お前にはそれ……いらなくね?」
「そ、そうかも知れないけど! でしたら、あなたはどうなの⁉︎ これが無くなったら……」
「うん、とっても寂しいだろうな。だけど、そこが器用に出ているせいで……他の奴らの気も引きまくってるじゃん。特に、クソガキ共が無遠慮にくっついて……! 俺以外が触るのは、ナシだし! 俺以外がそこにくっつくのは……」
流石に……堂々とこれ以上を白状するのは、恥ずかしい。俺にだって、羞恥心はあります。結局、恥ずかしさ紛れに言いたい事も言えず……情けなく項垂れる俺の頭を、嫁さんが撫でてくれちゃったりする。
「もぅ、心配症なんだから。大丈夫ですよ? 私が抱きしめるのは、あなただけですから。フフフ。あなた以上に甘えん坊の子猫ちゃんは、いないもの。ですから……うんと甘えてくれて、構いませんよ?」
「別に、甘えている訳じゃないぞ。甘えている訳じゃ」
「あら、そうなの?」
さも嬉しそうに、君は笑ってみせるけど。これは首根っこを握られたんですよね、俺は。こんな風に子猫扱いされたら、真祖の威厳がますます木っ端微塵じゃありませんか。
……本当に……本当にありがとうございました……。




