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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第10章】同じ空の下なのに
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10−17 次の当主

 カーヴェラの中央部にほど近い、貴族街。中でも、一際目立つ青い屋根の豪邸は知る人ぞ知る、ルルシアナファミリーの本家であり、泣く子も黙るマフィア・アズル会の拠点でもある。

 表向きは交流会を開いているらしい屋敷は、朝から物々しい雰囲気を醸し出していた。定期的に漂い始める貴族の居住区には不釣り合いすぎる雰囲気に、当然ながら眉を顰める者も多いのだが……その権威に楯突くような正義漢は堕落した彼らの中から、今も昔も出るはずもなく。

 そんな近隣住民達にしたら、地雷原としか言いようのない豪邸の一室。外の空気に負けず劣らず、物々しい面々が顔を突き合わせて……今日のお題、「シマ荒らし」について懇々と意見交換をしていた。


「先日、うちのペラルゴが随分と恥をかかされたみたいでな。しかも、そいつがブルー・アベニューで若い衆を伸したのと、同じ奴だって事も分かってる。……で、ペラルゴ。そいつの名前は?」

「グリードですよ、オジキ! ったく、武器商人だか何だか知らないが、我が美術館で私の顔に泥を塗りやがって……」

「……だ、そうだ。ワシは聞いたことがない名前だが……こいつについて、知ってる奴はいるか?」


 ペラルゴに「オジキ」と呼ばれた、最上座に座るドン・ホーテン……ルルシアナ家の当主にして、アズル会の首領にそんな事を言われたものだから、何か発言をしなければと幹部達が次々にデタラメな内容を口にする。

 ホーテンが聞いたことがないと包み隠さず言うということは、皆の意見を聞いてまで詳細を掴みたい重要な相手だということを意味する。だから、彼らの発言の根っこには、知らないとは言えない情けない虚栄心が燻っており……見栄と誇張が曲解を生んで、ありもしない噂を元に、渦中の武器商人像を大げさに拡張させていった。


「確か……かなりヤバい武器を扱っている話は聞いたことがあります」

「なんでも、街1個を簡単に滅ぼせる程の武器を持ってるとか……」

「ほぉ……なるほどな。指を落とされたグラニドの話だと、かなりの美女を侍らせていたらしくてな。その美女曰く、グリードは個人で国を相手に取引をしている大物とかで……行く先々で王宮の騎士相手に、剣の稽古をつける程の手練れなのだそうだ。……ペラルゴ。どうして、そんな奴をみすみす逃した」

「えっ……?」


 自分の屈辱を晴らしてくれると期待していたペラルゴにしてみれば、詰るような口調に変わったホーテンの鋭い視線を向けられることは、想定外だ。グリードと名乗った生意気な商人を打ちのめして……あの美人をどう物にしようか、算段を整えるはずだったのに。どうして、睨まれなければいけないのだろう。


「だって、私はそんなこと知りませんし……。第一、その美人を食事に誘おうとしただけなんです! それなのに……」

「ワシはそんな奴に遭遇した時点で、どうして気付かなかったと聞いてるんだ。言い訳を聞くつもりはない」

「ゔ……」

「全く。美人とあらば、誰彼構わず鼻の下を伸ばしおって。そんなんだから、気付かなければいけない事も気づけないんだろうよ。……やはり、お前にこのルルシアナの家督を任せるのは、難しいようだな」


 いかにも失望したと、ホーテンが嘆かわしげに首を振る。それでなくとも、この甥っ子……ぺラルゴは非常に出来が悪い。とてもではないが、人の上に立てる器ではない。


「……よし、決めた。ならば、この場で跡目を譲る条件を明言しよう。かの大物商人を我がファミリーに加えられた者に、ワシの跡目を譲る。ワシも、もう歳だ。男子の後継に恵まれず、ワシの血縁に最も近いはずの男子……ペラルゴはこの通り、使い物にならん。我が一族の地盤を固める上で、是が非でも武器を買い付けられるようにしたい。その渡りを付けられた者が、次の当主だ」

「そ、そんな! 跡目は私に頂けるはずだったのでは?」

「……隣で情けなく喚くな。跡目候補だったはずのお前は、現に美女に目が眩んで、このザマだろう? カーヴェラをシマとしている以上、規模も大きくなりつつあるアズル会を纏め上げるには、それなりに頭の回る奴でなければならん。お前はそういう部分でも、論外だ。……もしどうしてもというのなら、ここにいる皆と同じ条件でグリードを説得する事だ」


 流石にカーヴェラ一帯を縄張りとしているマフィアのボスは、お年を召していても、頭のキレは衰えていない。老体ゆえに足腰は随分弱っているが、それでも……周囲に有無を言わせない彼の威圧感は、その場を黙らせるのにも、十分な威力を発揮していた。


「話は以上だが……今はシャリアにとっても大事な時期だ。お前ら、併せてくれぐれも外聞の悪い失態はしないように気をつけろ。特に、ルルシアナの評判を落とすような事は絶対にするな。いいな?」

「承知しました。……言われてみれば、もうそんな時期でしたね」

「うむ……」


 幹部の中でも、ホーテンの懐刀と言われるジャーノンがそう請け負うと、力なく頷くホーテン。

 彼の娘・シャリアは現在カーヴェラ区長の任期中だが、任期が来月で満了とあって……今は職務に再選されるかどうかの大事な時期なのだ。前回も表向きは「投票によって選ばれた」とされてはいるが、当然ながら、彼女の当選にルルシアナの息がかかっていたのは、言うまでもなく。彼女の再選を望むのなら、カーヴェラ商人会の権威も大きくなっている以上、下手な真似もできない。

 ローヴェルズ全体の景気が緩やかに上向いている現状で、思いの外、商人達の発言権が強まっているのは紛れもない事実だ。……今から彼らを抱き込もうにも、遅すぎるだろう。


「特にグリードとの小競り合いは、完全に我らの評判を落とすものだった。相手が悪かったのもあるが、真っ昼間から目立つ場所で騒ぎを起こしおって……! クラウム、お前は部下の再教育を徹底しておけ! 特に、チンピラまがいの行動は慎むようにと、グラニド以下には厳命しておくのだ。いいな!」

「この度は、部下が大失態をしでかしたようで……申し訳ありませんでした。今のドンのお言葉、肝に銘じさせます」

「頼んだぞ。落とし前の着け方は任せるが……彼我の差が分からんようなクズは正直、いらん。ワシの意図が伝わらんようだったら、いっその事、沈めてしまえ」

「かしこまりました」

「さて……と。ワシは少々疲れた。この後の話はジャーノン、一旦お前に預ける。……例の商人に関する周知と、網を張る準備は抜かりなくしておけ」

「ハッ。報告するべき内容がございましたら、逐次お耳に入れますので、ご安心ください」

「いいだろう。……それでは、皆。頼んだぞ」


 くたびれた様子でやれやれと……杖を突きながら、会議室を退出していくホーテン。そうして廊下を進む道すがらコメカミを軽く叩いて、今後の予定について考えを巡らす。

 確か、来週は「取引会」があったはずだ。その場でも、例の商人の話を聞いてみよう。所在の目星を付けるのも、もちろんだが。……彼との取引は可能であれば、独占したい。もしグリードと取引をしているものがあれば、情報を引き出して……取引権を「譲って」もらおう。


(それにしても……グラニドの話では、随分と若い商人だったようだが。その若さでそこまで手を広げられるとなると、余程に肝が据わっているのだろう。そんな奴に……是非、ワシも会ってみたいものだ)


 自室に戻ってワインレッド色のソファに身を預けながら、噂の大物商人に思いを馳せる。色褪せ始めた人生の終盤で、枯れかけた希望を奮い立たせる若者の出現に、図らずとも心が踊るのが……何故か、ホーテンはとても嬉しかった。

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